第7話

「またイルカさん見に行きたい・・・。」

お土産に買ったイルカのぬいぐるみを抱いた沙莉がベッドの中で微睡んでいる。

「うん、また見に行こうね。」

「ママ・・・沙莉の事好き?」

「大好きよ。」

「・・・・パパの事も?」

「・・・・また、パパと3人でイルカ見に行きましょう。今度は遊園地お願いしてみようか。」

「遊園地!行きたい!」

嬉しそうにイルカを抱きしめる沙莉を、私はただ抱きしめる事しか出来なかった。



沙莉を寝かしつけリビングに戻ると、豪君がテレビを見ていた。

「・・・コーヒー、要る?」

「じゃあ、もらおうかな。」

リビングに行かず、キッチンに向かう目的を作ったのはさっきのイルカショーの事。

あの後以来、豪君の顔を見れない自分が居た。


豪君の前にコーヒーを置く。

気まずさにその場を離れようとした時、豪君が私の手を握った。

「豪君・・・・。」

「ちょっと、話しよう。」

言われた通り、座り直すと豪君が少し気まずそうにしながら呟いた。

「アイツと、会っていたのか?」

「それは・・・」

「杏子。ちゃんと話して欲しい。」

「・・・・沙莉の入学式、あったでしょ?」


私は沙莉の入学式での事を豪君に話した。

「あいつが沙莉の・・・」

「私も急に目の前に現れて驚いたの。入学式の時は人違いって言ったけど、水族館のトイレの前でたまたまぶつかっちゃって、好孝も気付いちゃったみたい。」

「そうか・・・・。」

渋い顔をして下を向く豪君。

「私つい動揺してその、」

「もういい。」

話にならない言い訳を並べる私を豪君は黙らせるように抱きしめた。

「でも、豪君」

「本当はあいつが居ない場所まで移りたい気分だよ。またあいつに杏子が苦しまなきゃいけないのは、俺は見ていられない。」

「豪君・・・・。」

「でも、確認したい。杏子、あいつに会えて少し嬉しいと思ったか?」

「!」


それは核心を突かれたような、私の心の動揺の理由を暴くような問いかけだった。

気まずいように下を向いていた顔を上げると、豪君の目と合った。


”どうか、何も思ってないと言ってくれ。”

そう豪君の目が言いかけている。

豪君、言葉にしなくてもそんな目で見られたら本心がバレちゃうんだよ。

でも私はその素直で、真っ直ぐな豪君だから心から愛する事が出来た。

その気持ちには偽りはない。


「少しは、思った。」

「!」

あからさまにショックと言いきれない豪君の顔を優しく撫でた。

「でも、私はもう昔の私じゃない。沙莉も居るし、豪君も居る。好孝に頼らないと自信がつかない私はもう居ないわ。」

「杏子・・・・。」

「でも、ごめんね。心配かけて。でも、こんな事で沙莉が折角慣れてきたクラスを離れさせたくないわ。だから、なんとかやり過ごす。」

「そうか。でも、何かあったら言ってくれよ。隠し事はなしだ。」

「うん。分かった。」

「・・・・良かった。」

そう言うと豪君は安心したように私を抱きしめ直した。

「豪君・・・」

「俺には、杏子しか居ないから。」

「・・・分かってる。沙莉も忘れないでね。」

「当たり前だ!」

そう言って豪君はいつもの笑顔を浮かべた。


「今度は俺が杏子の自信になるって。」

豪君がそう言ってくれたから、私はこうして沙莉を産んで、幸せな奥さんになっている。

なのに、なのに。

豪君、ごめんね。隠し事はなしだって言われたのに。


「俺、ずっとお前を探してたのに。」

懐かしい香水の匂い。変わらない面影。

紛れもない元彼の姿に私の心はまだ疼きを落ち着かせられなかった。





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