204.看病――フィロエとアルモア


 四人分の薬草スープを作った俺は、飲み物や替えのタオルなどを持ってフィロエたちが休む部屋をひとつずつ訪れた。

 まずはフィロエの部屋をノックする。


「フィロエ。起きているか?」


 しばらくして「どうぞ……」と小さな声がしたので、扉を開け中に入る。


 彼女の部屋には何度か入ったことがあるが、変わらず調度品が控え目で、すっきりした印象だった。普段、明るく元気な姿を見せるフィロエだが、一方で『騎士になること』へのこだわりもある。この部屋は、そんな彼女の決意を表しているように思える。


 壁際には、彼女を護り支えるふたつの武具――エネステアの槍と暁の盾が、綺麗に磨かれた状態で専用の台に立てかけられていた。武具を収納する台は、この部屋にあるもので唯一、彼女がこだわったものだった。

 かたわらには、冒険者タグをはめ込んだペンダントもしまわれている。フィロエが大事にしているものだ。


「イストさん……」

「ああ、いいから。お前は寝てろ」


 起き上がろうとしたフィロエを制し、ベッドに寝かせる。

 乱れていた寝具を整え、額のタオルを取り替える。水気を切った新しいタオルで、彼女の顔を軽く拭く。

 汗はそこまでかいていないが、まだ熱はありそうだ。


「イストさん……すみません。こんなときに風邪を引いてしまって」

「気にするな。今は休んでろ。ほら、スープを作ってきた。食べられそうか?」


 薬草スープを小鉢によそう。

 ふにゃ、とフィロエが笑った。


「良い匂い……」

「ふぅー、ふぅー。さ、口を開けて。あーん」

「あー」


 どことなく嬉しそうに口を開けるフィロエ。スプーンで野菜スープを食べさせると、彼女はいつまでも口の中でモゴモゴしていた。


「こら。食べ物で遊ぶんじゃない」

ふぁってだってもっひゃいないんでふものもったいないんですもの


 こくん、と飲み込む。そしてまたふにゃりと笑った。


「美味しいです……」

「そうか。良かった。……ふぅー、ふぅー」

「えへへ」

「どうした」

「こうして看病されるのも、悪くないなあって。イストさん、次も食べさせてください……」


 言うなり口をあーんと開けるフィロエ。

 すっかり甘え状態になった彼女に苦笑しながら、俺は小鉢が空になるまで薬草スープを飲ませていった。


 その後満足して寝息を立て始めたのを見て、俺はフィロエの部屋を後にする。


 ――次はアルモアだ。


 フィロエのときと同じように声をかけ、扉をノックする。すると中から、アルモアのか細い声がした。


「イスト……私はいいから。入ってこなくていい」

「いや、そうは言ってもな」

「恥ずかしい、から」


 どうしたものかと肩をすくめる。後で手の空いたメイドさんに頼んで、運んでもらおうか。

 ふと、部屋の中から「アヴリル……? レラ……?」という声が聞こえた。

 するとひとりでにドアノブが動き、扉が開く。

 見ると、大精霊アヴリルと大精霊レラ――どちらも今は小型サイズだ――が協力して器用に扉を開けていた。


『はいって』


 アヴリルが言うと、主たる精霊術者は慌てた。


「もう、いいって言ってるのに……」

「ふたりはお前のことが心配なんだよ。もちろん、俺もな」


 入るぞ、と一言断ってから室内に足を踏み入れる。

 そういえば、アルモアの部屋に入った記憶はないな。

 物珍しさから辺りを見回す。


 綺麗に片付いているが、こちらはフィロエと違い、可愛らしい置物や人形、暖色系のカーテンなど、全体的に温かで女性らしい内装だった。

 ベッドに目を向けると、アルモアは頭までシーツを被っていた。


「……笑えばいいわよ」

「笑わないよ。綺麗で可愛らしい部屋じゃないか」


 机の上に置かれた猫のぬいぐるみを見る。ふわもこで実に愛らしい。

 アルモアが目線のところまでひょこり顔を出す。


「……エーリが」

「ん?」

「エーリが、作ってくれたのよ……あの子、優しいから……」

「そうだな。さすがだよ。アルモアも、大事にしてるんだな、あのぬいぐるみ」

「……当然じゃない。あの子が頑張って――」


 そこまで言ってから、再びシーツを被るアルモア。

 恥ずかしくなったらしい。どうしてかはわからないが。


「アルモア。スープを作ってきた。何か腹に入れた方がいい」

「……ありがと。置いといて。自分で食べる」


 頑なな銀髪少女。

 俺は苦笑し、大精霊たちを見た。


「手伝ってくれ」

『うい』


 大精霊アヴリルがシーツの端をつまみ、めくりあげる。慌てた銀髪少女の頭の上に、大精霊レラがぽすんと収まる。氷の精霊が集まって生まれた大精霊は、生きた氷嚢だ。

 気持ちよいのか目を細めたアルモアに、俺は薬草スープで満たしたスプーンを差し出した。


「ほら、あーん」

「……いい。恥ずかしい……」

ーめ。あーん」

「…………むぅ」


 強気に迫ると、アルモアは観念したのか小さな口を開いた。

 腹は減っていたらしく、一口すすった後はあっという間にスープがなくなっていった。

 アルモアもまだ熱は下がっていない。

 タオルを替え終わった俺は、アヴリルに頼んで薬草スープを入れた鍋に軽く熱を加えてもらった。これで他の娘たちにも温かいスープが届けられる。


「それじゃあアルモア。大人しく寝てるんだぞ」

「……この、お節介」

「はいはい」

「……でも……ありがと」


 こちらに背を向けてつぶやくアルモアに、「どういたしまして」と答え、俺は彼女の部屋を後にした。


 残るは双子姉妹だ。

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