198.割れる見解


 ――夜になった。


 他の皆が自室で休んだ頃合いを見計らい、外に出る。

 遠出でも散歩でもない。目指すは敷地内の研究所。キエンズさんが普段詰めている場所だ。

 そこにエルピーダの大人たち――俺、ミテラ、クルタス、グリフォーさん、そしてキエンズさんが揃う。


「……まったく。相変わらずなんだから。フィロエたちにはちゃんと言って聞かせないとダメよ。イスト君」

「面目ない」


 俺は肩を落とした。なかなか理不尽な気もするが。


 ――皆が集まったのは、もちろん俺が小言を受けるためじゃない。


 エルピーダの大人組で、今回の件を話し合うためだ。

 生まれたときからレベル99という少女リオ。人よりも成長しない彼女の状況を打破して欲しいという依頼を、どう考えるか。


「キエンズさん。あなたはご存知ですか? 今回のような事例」


 俺は白衣で片眼鏡をしている研究者に尋ねた。一通りの状況は、夕食時に伝えてある。

 キエンズさんは腕組みをして唸った。眉間に皺を寄せている。


「申し訳ありません、イスト院長。私も、そのような事例は聞いたことがありません。レベル99で、しかもまだ八歳だなんて」

「そうですか……」


 博識の研究者である彼でも知らないのだ。やはり普通のことではないようだ。

 分厚い本を手に取り、パラパラとめくっていくキエンズさん。その間も表情は晴れない。


「研究者としてはじくたる思いです。不勉強でした。こんなことならもっと書物を漁っておくべきでした」


 そんなことありませんよ、とフォローする。レベルの専門家なんて聞いたことがないのだ。

 知らない事柄があったことを反省するのはキエンズさんらしいけれど。

 本を閉じたキエンズさんは、俺を見た。


「私はてっきり、この大陸で最もレベル99に近いのは院長だと思っていました」

「まさか」


 俺は軽く笑う。だが、他のメンバーは口角すら上げなかった。キエンズさんの意見に全面的に同意している顔である。やめてほしい。


「キエンズさん。何か、原因に心当たりはありますか?」

「そう、ですね。リベティーオ嬢がギフテッド・スキルを所持していることが、何らか関係しているかもしれません。これも推測の域を出ませんが」


 ただ、と彼は付け加えた。


「たとえ原因が別にあるにしても、私はあまり気にしなくてもよいと考えます」

「というと?」

「私自身もそうですが、一般庶民はたとえ一生レベルアップしなくても普通に暮らしていけます。逆にレベル99だからといって、生存のために特別な何かが必要になるわけではないでしょう。冒険者にでもならない限り、現状、気にすることはないかと」

「私も同意見」


 ミテラが手を挙げる。


「ご両親は心配なさっているようだけど、リオちゃんが『将来にわたって成長しない』というのは、あくまで憶測に過ぎないわ。その証拠に、少しずつだけどちゃんと身体は成長してる。赤ん坊のまま成長が止まったわけじゃない」


 確かに、と俺はうなずく。

 ミテラは続けた。


「リオちゃんは他の子と比べて成長が遅いと思う。けれど、ウィガールースにも成長速度がゆっくりな子はたくさん存在するわ。適切な養育さえできるのならば、ご両親は過度に不安になる必要はないと思うの」

「なるほど。少し神経質になっている、と」

「ええ。ご両親や私たちに必要なのは、彼女の成長に合った教育であり、見守りだわ」


 普段、エルピーダの子どもたちと接するミテラの言葉だ。説得力がある。


 俺は沈黙したままの残り二人に視線を向けた。


「グリフォーさんたちはどうです? 今回の件、どう思いますか」

「ふーむ」


 大きな息をひとつ、吐く。

 ベテラン冒険者と凄腕の剣士は、キエンズさんよりも険しい表情をしていた。


「キエンズやミテラ嬢ちゃんには悪いが、ワシはまったく別の見方をしている」

「別の見方?」

「レベル99であること、だ」


 グリフォーさんは右手を掲げると、ぎゅっと握り拳を作った。引退してもなお逞しい筋肉が隆起する。


「レベルアップによる成長は、単に身体がでかくなることとは意味が違う。戦闘力、生命力――人として生き抜く強さの度合いを表しているとワシは感じている」

「左様」


 クルタスがうなずいた。彼は愛剣『れいめい』の柄頭を握っている。


「レベルは確かに『強さ』を表しておりまする。我々、剣を握る者ならば大なり小なり実感していること……。しかし、この部屋にいる我らの誰よりも高いレベルにもかかわらず、あの娘は『ひ弱』であると聞きました。この事実は、市井の住民と同じ水準で語るべきではないと考えます」


 ミテラが俺を見た。「そうなのか?」と問う視線にやや躊躇ったのち、うなずきを返す。

 確かに、グリフォーさんたちが言うこともわかる。実感として、俺も理解できる。


 グリフォーさんは言った。


「イストよ。今回の件、軽く扱うべきではない。何か重大な真実が隠されているか、もしくはワシらが見落としていると考えるべきだ」

「自分もグリフォー殿と同感です。せいじょう


 実力者ふたりが口を揃える。この事実もまた、重い。

 皆の視線が俺に集まる。


「イスト君。どうする? あの子のこと」

「……」


 意見を求められ、俺はしばらく天を仰いだ。

 そしてすぐに、視線を戻す。


「クドスのときも、ディゴートのときも、俺の信念は同じだ。子どもたちの未来のため、できることをする。それがイスト・リロスの信念だし、エルピーダの理念だ」


 リベティーオ・グロリアは成長が他の子よりも遅いレベル99。

 知力、体力が足りないなら、教え鍛える。

 不可解なレベルが大きな事態を引き起こすなら、それを防ぐ。

 俺はそう静かに告げ、口元を緩めた。


「なに。俺たちは魔王を二度も退けたんだ。皆の力を信じている。やってやれないことはないさ」

「それがお前さんの意思か」


 グリフォーさんが言った。さっきより表情が柔らかくなっていた。


「了解した、院長。お前さんに従おう」

「神王国の人間と繋がりを持つのも悪くはないわね」


 ミテラも微笑んで応じる。クルタス、キエンズさんも同様だった。

 頼もしい仲間だと思った。


 ――こうして。

 リオのことは、俺の意向に従うという形で皆の意見がまとまった。


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