197.いつもの騒ぎ


「とりあえず、今日のところはウチに泊まってもらったらどうだ。イスト」

「ええ。そうですね」


 グリフォーさんの提案で、リオとギールトーさんが六星館に滞在することになった。

 恐縮するギールトーさんに「気にしないで」と伝えつつ、リオを抱いて寝室へ向かう。


「まだ部屋の準備ができていないので、今日は俺の部屋を使ってください。ギールトーさんも同じ部屋でよろしいですか? 簡易寝具を出しますので」

「願ってもないことですが……それではイスト様は」

「気にしないでください。眠る場所はありますから」


 応接間のソファーでもいいし、何ならレーデリア内の孤児院の中で横になってもいい。

 すやすやと眠り続けるリオをベッドに寝かせ、簡易寝台を準備し終えた俺は、肩を回しながら一階へと下りた。


 ……何だか、また大変な案件が降りかかってきたな。

 ディグリーヴァ聖王国五大領主の娘、ギフテッド・スキル、そしてレベル99。


「これは、キエンズさんの知恵も借りた方がよさそうだ。あの人、今日も研究所かな」


 エルピーダの大人たちで今後のことを考えなければ。ミテラたちには声をかけておこう。


 応接間に戻る。

 ミテラはソファーで腕を組み、じっと考え事をしていた。グリフォーさんの姿はない。

 頼れる補佐役に声をかけようとしたとき――。


「イストさんが戻ったって本当ですかああっ!?」


 物凄い勢いで玄関の扉が開かれた。出迎えたメイドさんがびっくりして後退るのも構わず、エルピーダの天才少女たちが応接間に駆け込んでくる。


「イストさあああんっ! 捜しましたよう!」

「まったく……いったい……どこを……ほっつき歩いて……ぜえぜえ」

「ちょっと大丈夫、アルモア? 肩で息してるよ」

「……私もそれなりに鍛えてるつもりだったけど、あなたたちの体力はどうなってるの……パルテ?」

「そりゃあ姉様を護るためだもにょ

「……。だったらフィロエ、あの子の元気っぷりは」

「まあイストのことになると元気になるし」

「……」


 フィロエに正面から抱きつかれる一方、アルモアからは睨まれた。身に覚えがある分、何も言えない。


 少し遅れて、ルマとクルタスがやってきた。

 ルマは俺と目が合うと、少し涙を浮かべて微笑んだ。


「戻ってきて下さったのですね、イスト様。安心いたしましたわ」

「心配かけてすまなかった。皆で捜してくれたと聞いたよ」

わたくしこそ申し訳ございません。未熟なばかりに、お側にはべることができず痛恨の極みですわ。【全方位超覚】で発見できなかった以上、どこか秘密の店内でお楽しみだったでしょうに、その場に私たちがいなかったのは誠に悔やまれます」

「ん?」

「英雄色を好む、ですわ。とても素敵」


 ――アルモアからすごい目で睨まれた。殺気に反応して雪兎型の大精霊――レラがパチパチと氷の粒を生む。先輩大精霊のアヴリルは寝てた。

 こちらは身に覚えがない分、はっきりと「違う」と主張しておく。


「それなら、いったいどこに行ってたにょよ。レーデリアに聞いてもあんまり要領を得ないし、ノディーテはノディーテで『いっぱい遊んでた』しか言わにゃいし」


 パルテが腰に手を当てたずねる。俺は頬を掻いた。


「中央商店街とその周りを散策してたんだ」

「嘘よ。だったら姉様のギフテッド・スキルに引っかかるはずだわ」

「確かに、俺もそう思ってた。ただ」


 二階を見上げる。


「見つからなかったのは、どうやら俺の客人の力だったみたいなんだ。ルマたちのせいじゃないよ」

「客人? 誰? どこにいるのよ」

「遠くディグリーヴァ聖王国から来た女の子だよ。今は俺の部屋で眠ってる」


 ――一瞬、無音になった。


「女の子?」「イストの……部屋?」「眠ってる?」


 言い知れぬ圧迫感を覚え、俺は口を開く。


「別に変な意味はないぞ。一緒に商店街を歩き続けたから、疲れて眠ってしまったんだ。相手はまだ八歳の子なんだから」

「一緒に歩く!? しかも八歳!?」


 ああ……。アルモアの視線がさらに強烈に。

 パルテは「ふーん?」みたいな顔をしてるけど、フィロエは俺に抱きついたまま固まっている。俺を見上げる目は、いつぞやルマとパルテを孤児院に迎え入れたときと同じだった。

 つまり――魂が抜けて停止している。


「ふむ。イスト様が八歳の幼女をデートに連れ回した、ということですか」


 顎に手を当て、神妙な表情でルマがつぶやく。

 ゆっくりとした足取りで俺の側まで来る。何か重大な真実を発見したかのような口ぶりで言った。


「アリですね」

「ないよ」

「イスト様のハーレムはそれだけ守備範囲が広いということで」

「違うよ」


 何てことを言うのかこの娘は。

 こくんと首を傾げるルマ。揺れるポニーテールの先が、「違うんですの?」と物語っているようだった。本当に心からの台詞だったのだろう。やめて欲しい。


 精霊をまといながら、今にも噛みついてきそうなアルモア。

 いまいち事情が飲み込めてなさそうなパルテ。

 新しいハーレム要員が増えたと信じて疑っていないルマ。


 そして。


「うわああああん、イストさんがっ。イストさんが女の子を寝室に連れ込んだああああっ!」


 復活して叫ぶフィロエ。


 ――リオの問題の前に、身内の問題があろうとは。


 俺はミテラを振り返った。だが彼女はずっと考え込んでいるようで、こちらの騒ぎに気付いた様子がない。きっとリオについてどう対処するか考えを巡らせているのだろう。実に頼もしい。

 おかげで孤軍奮闘である。


 ふと、ミテラが顔を上げる。目が合った。


「……? 何してるのイスト君。皆と戯れている場合じゃないでしょ」

「あ、はい。ごめん」


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