191.子どもらしさと違和感と
それから俺はリベティーオとノディーテを連れて、改めて中央商店街へ足を運んだ。
亜麻色髪の少女は目を離すとすぐにどこかへ行ってしまうので、しっかりと手を繋ぐ。
本人は嫌がるかと思ったが、予想に反してリベティーオはご機嫌だった。
「実家では、こうしてだれかと手をつないで歩くなんて、めったになかったですわ」
――とのことらしい。
親御さんとは出かけないのか……まあ、そういうこともあるか。さすがに領主ともなると忙しいはずだ。
加えて、良家のお嬢様となると、逆に周りからは距離を置かれることもあるかもなと思った。
「ほわああああっ」
商店街の入口に立つなり、リベティーオが感嘆の声を漏らす。
俺を見上げて、力説する。
「とてもかっきがありますわ! わたくし、わかります。ここではたいくつしません。きっと!」
「はは。それはよかった。ここはウィガールースで一番賑やかな場所だからね」
言いながら、内心で胸をなで下ろす。
何せ、この子はウィガールースよりも何倍も大きな聖王国出身だ。いかにこの街が大都市といっても、比較対象が聖王国では規模が全然違う。「思ったより大したことないですのね」と言われても仕方ないと思っていた。
リベティーオ、意外と庶民的な感覚を持ってる子で助かった。
「イスト・リロス! あれ、あのお店! とてもかわいいアクセサリーを売ってますわ」
「本当だ。良い感じの露店だね」
「買ってくださいまし」
「どれを?」
「ぜんぶ!」
「ちょっと」
「お店ごとでいいですわ!」
「よくないよ。どれかひとつにしなさい」
「ぶーっ!」
訂正。
やっぱりとんでもなく良いところのお嬢様だ。
「リオちー、リオちー。こっちこっち。変な食べ物があるよ。伸びるお菓子だって。ほら、のびーる」
「のびーる、のびーる……ホントですわ。あはは、おもしろい!」
小さな木の棒にくっついたやわらかい飴玉を、笑いながら食べるノディーテとリベティーオ。
いやはや。本当に年の離れた姉妹みたいだな、こうして見ると。
まあ……ミティぐらいの年齢の子と同レベルの会話ができるノディーテもどうかとは思うが……。
「……あ!」
飴を舐め終わったノディーテがパッと表情を明るくする。
「見て見て。当たりだって! やったー、ラッキー!」
「むぅ。わたくしはハズレですわ」
木の棒を見つめながら頬を膨らませるリベティーオ。
おや?
ギフテッド・スキルで強運に恵まれているはずだけど……。
それとも、いわゆる『くじ運』みたいなのは、また別?
首を捻る俺の前で、リベティーオは目尻に大粒の涙を浮かべる。ふにゃりと表情を崩した。
「ハズレ……なんどみても、やっぱりハズレですわぁ……」
「ま、まあまあリベティーオ。そういうこともあるよ」
慌てて慰めようとすると、亜麻色髪の少女はぐいと涙を拭った。
「そうですわね。これも神様のおみちびきなのです」
「え?」
「もっとくろうして手に入れろというおつげ! イスト・リロス、どうすればあのあめだまが手に入りますか!?」
わお、前向き。
このままでは露店の店主に突撃しそうな勢いだったので、もう一個買って渡す。
「いつか自分で買えるようにね」
「わかりましたわ! こんかいのことは、それを学ぶための神様のしれんだったのですね! かみしめながらこのあめだまをいただきますわ! ぺろぺろ」
やっぱり前向き。神様を信じているからこそ、気持ちの切り換えも早いのかな。
それは素直にすごいと思う。
本当、美味しそうに飴玉をなめる姿はミティたちと全然変わらない。
――と、そのとき。
俺たちの後ろから、数人の男の子たちが勢いよく追い抜いていく。
はしゃいで周りが見えていなかったようだ。男の子のひとりが露店の棚にぶつかって、置かれていた商品の豆類を盛大に地面にばらまいてしまう。
やば――と思ったときには手遅れだった。
「
「ぷぎゅ!?」
俺とノディーテは豆に足を滑らせ、その場にすっ転んでしまう。ノディーテなんか顔面からだ。すげぇ痛そう。
「あたた……おい、大丈夫かノディーテ。リベティーオも……」
「なんですの?」
きょとんとした表情で二個目の飴をなめているお嬢様。
こちらを振り向いたまま――つまり前方不注意のまま――てくてくと先に歩いていく。
リベティーオの周りにも多くの豆が散乱しているにもかかわらず、なぜか彼女が足を置く場所だけ何もない。
すごい偶然だ。
まさか、【天の見守り】の効果……?
商品を台無しにされた店主が怒鳴り声を上げる。周囲の大人たちに捕まえられた男の子らは、しゅんとしながら店主の説教を受けていた。
リベティーオはじっと彼らを見つめる。
「ねえイスト・リロス」
「なんだい」
「あの方たちは、なぜおこられているのです?」
ぺろぺろと飴をなめ続けながら、実に不思議そうにたずねてきた。
うーん。マジですか。
「あの子たちは悪いことをしたから、繰り返さないように教えられているんだよ」
「悪いこと」
リベティーオの大きな目が、俺を見上げる。
「この世にやって悪いことがあるのですか?」
「え?」
「神様をしんじてこうどうすれば、すべてうまくいきますのに。あの方たちは、しんじる心がうすかったのかしら」
……どうやら本気で言っているようだ。
「リオちーはすごいなあ」
ノディーテがお嬢様の髪をいじりながら言う。
「ウチ、お兄やエルピーダの皆を信じたことはあるけど、神様を信じ切ったことはないなあ」
「わたくしにとって、神様をしんじることは当たり前ですもの。ノディーテにはノディーテの神様がきっとついているのですわ」
「そっかー。よし、ウチも信じるぞー。お願いしますー、鼻血よ止まれー」
顔面をぶつけた拍子に流れた血を神頼みで止めようとするノディーテ。俺は【神位白魔法】で鼻の傷を癒してやった。
それからは、リベティーオとノディーテのふたりで手を繋ぐ。
歩幅を合わせながら仲良く歩く彼女らを後ろから見つめながら、俺は目を細めた。
微笑みを消す。
――リベティーオが持つギフテッド・スキルの、微妙な違和感。
ただ単純に『運が良い』とは、どこか違うように思う。でも、違和感の正体が何なのか、それはまだわからない。
それに。
リベティーオの行動、考え方にはどこか危うさを感じる。
うまく言葉にできないが……こう、『周りの世界が見えているようで見えていない』ような、そんな頑ななところが――。
「イスト・リロス。なにをぼぅっとしているのですか」
「はいはい。今行きますよ」
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