190.神様を信じていれば


 ボヌースたちが立ち去ったのを確認して、俺はリベティーオたちを振り返った。


「大丈夫か。ふたりとも」

「なにがですの?」


 きょとんとするリベティーオに、俺は面食らった。今日何度目だろう。


「無事だったとはいえ、麻袋に入れられて拉致されたんだ。怖かったんじゃないのか」


 なおも目を瞬かせる亜麻色髪の少女。


 俺はノディーテを見た。元魔王の少女は、俺と視線が合うと首を傾げながらにこりと笑った。

 底抜けに明るく、ポジティブ思考の彼女と一緒だったから、あまり取り乱さずに済んだのかもしれない。

 だがそれにしたって、リベティーオは他の子どもたちと比べて感じ方考え方がだいぶ違うように俺には思えた。


 ため息をつき、ふたりの頭に手を乗せる。そのまま、ぐりぐりと振った。


「で? 勝手に飛び出して、お前たちはどこに行こうとしてたんだ」

「いやあ、あははー」


 ノディーテが愛想笑い。


「別にどこに行こうと決めてたワケじゃないんだけどさあ。色々見て回ろうとして、迷っちった」

「まったく……捜したんだぞ? 全然見つからないから、一軒一軒店の中を捜して回らないといけないかと覚悟した」

「ごめんごめん」

「誘拐されたことだって、一歩間違えば大変なことになっていた。リベティーオは元より、ノディーテだって今は人間なんだ。普通に怪我もするし、命の危険だってあったんだぞ」

「だからごめんて」


 両手を摺り合わせて謝る元魔王。


「でもすっごい偶然だねー。たまたま誘拐されたのに、最初にそれを見つけたのがお兄だったなんてさ」

「まったくだ」

「それにさっきは格好よかったよー。道を踏み外した人間たちに、許しとチャンスを与えたんだから。さすがお兄。伝説の勇者様!」

「調子のいいことを」


 ぐいぐいと上から頭を押す。ノディーテが黄色い声を出してはしゃいだ。


 その様子を、隣でじーっとリベティーオが見上げる。

 やおら、自分の頭を俺に差し出した。


「ん」

「なに?」

「ん!」


 同じことをしろというご用命か。

 嘆息しながら、小さな頭を軽く押す。ノディーテそっくりの黄色い声を出す少女。


 このふたり、まるで生まれながらの姉妹みたいだな。

 何というか、厄介な部分がそっくりだ。


「リベティーオ」

「なんですの?」

「いくら君が客人と言っても、勝手に出歩くのは感心しない。実際、こうして迷子になって、誘拐されかけたんだよ」

「おかげでイスト・リロスのところまで戻るてまがはぶけましたわ」


 実に楽しそうに言う。

 誘拐犯を送迎馬車か何かと思っているようだ。

 勝手に出歩いたことも、誘拐されかけたことも、まったく悪びれていない態度だった。

 さすがに呆れてしまい、たずねる。


「危ないとは思わなかったのかい、君は。彼らが君を痛めつける可能性だってあったんだぞ?」


 するとリベティーオは、胸を張って答えた。


「神様を信じていれば、この世はすべてうまくいくものですわ。わたくしには神様からさずかった、ギフテッド・スキルがありますから!」

「なんだって? ギフテッド・スキル!?」


 予想外の言葉が出てきた。

 耳元の運命の雫に触れるリベティーオ。


「わたくしのスキルは【天の見守り】。その名の通り、神様から大いなるひごをうけて、とても強い運にめぐまれる力なのです」


 ギフテッド・スキルには、一度発動すれば効果が永続するものがある。フィロエの【槍真術】、アルモアの【命の心】などがそれだ。

 リベティーオの持つギフテッド・スキルは、永続的に強運を得られる効果だという。


 彼女と初めて出会ったときのことを思い出す。

 確かに、類い希な――それこそ『あり得ない』レベルの運の良さがなければ、こうしてリベティーオと話をすることもなかっただろう。


「お兄。たぶんリオちーの言ってることは本当だよ。ウチ、この子に何か感じるものがあるし」

「その辺の感覚は、生まれ変わる前と一緒というワケか。それよりノディーテ、また勝手にあだ名を付けたんだな」


 いいじゃん、と笑う。「ねー、リオちー」「ですわ!」とうなずき合うふたりを前に、俺は自分の額に手を当てた。ちょっと頭が痛い。


 まあ、でも。

 空から降ってきたこと、誘拐犯と遭遇して無傷だったこと、そしてノディーテが特別な気配を感じていること――おそらく、リベティーオの言うギフテッド・スキルは本物なのだろう。

【覚醒鑑定】の『モニタリング』で調べるのは野暮というものか。

 執事のギールトーさんが手紙で伝えていたのは、このことだったのだ。


 だが――。

 リベティーオに怪我がないか改めてチェックしながら、俺はある疑問を抱いた。


 ギフテッド・スキルを所持している天才少女が、なぜわざわざ俺のところにやってきたのか。

 それも、ディグリーヴァ聖王国なんていうとんでもない遠方から。

 俺が世界でも珍しい六星水晶スタークオーツ級冒険者だから? 伝説の勇者の噂を聞きつけたから?

 それだけでは、説明が付かない気がする。


 俺に、何をさせようとしているのだろうか。


「あのさ、リベティーオ――」


 幼い彼女に聞くべきではないと思いつつ、口を開く。

 ところが、質問をぶつける前に勢いよく手を引っ張られ、機会を失う。


「わたくし、まだまだあそびたりない! 案内しなさい、イスト・リロス!」

「えぇ……」

「そうだね。さっきは迷子になっちゃってろくに回れなかったし。行こうよ、お兄!」


 しまいにはノディーテまで一緒になって手を引いてくる。


 ……やれやれ。

 本当に一方的だが……一応、遠くからはるばるやってきた客人。無視するわけにもいかない。

 それにまだ、相手は小さな子どもだ。

 たとえギフテッド・スキルを持っているとしても。来訪の目的が定かではないとしても。


「今度は迷子になるなよ。俺から離れないように」


 飛び上がって喜ぶ亜麻色と黒色の髪の少女たちに、俺は苦笑した。


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