176.そこで見つけたもの
シグード支部長の【夢見展望】に従い、俺たちは西へと向かう。
街を出てからは、ギフテッド・スキル【縮地】を使った。スキルを持っていないパルテは、俺が背負って連れて行く。
「始まった……!」
背中のパルテが息を呑む。
振り返ると、上空ではレーデリアたちと魔王ディゴートとの激しい戦闘が始まっていた。
闇に染まりつつある空に、スキルと魔法による閃光が、まるで大輪の花のように乱れ散る。
「急ごう。俺たちは俺たちのできることをするんだ」
再び【縮地】を使って走る。
矢のように過ぎ去っていく景色。遠く爆発音を背に、ひたすら駆ける。
やがて、前方に大きな川が現れた。
川面がキラキラと輝いている。
レーデリアと初めて会った場所、聖なる水をたたえた滝壺と、同じ輝きだ。
おそらく源流が同じなのだろう。
川の中州には、破壊された建物の残骸があった。遠目で見た限り、壊れてからまだ時間が経っていないように思う。
「イスト様! あれを!」
ルマが緊迫した声で言う。
視線を巡らせると、川のほとりで数人の男たちに囲まれているグリフォーさんを発見した。
「グリフォーさん!」
叫ぶ。だが、グリフォーさんはこちらに気づいていない。剣を杖のように突き立てて、肩で息をしているのが垣間見えた。
周囲の男たちは武装している。だが、野盗の類とは違う異様な雰囲気を放っていた。不自然なほど前屈みで、手足が奇妙な方向に曲がっている。
――嫌なものを思い出した。
「俺が飛び込む。ルマは男たちを引き剥がせ。パルテは治療の準備だ」
「はい!」
「いくぞ!」
駆け出す。男たちがこちらに気づき、緩慢な動きで振り向く。そこへ、ルマの黒魔法が炸裂した。威力と方向を完璧にコントロールした魔力弾で、男たちを川まで弾き飛ばす。
俺は最短距離でグリフォーさんのところまでたどり着く。
「大丈夫ですか!? しっかり!」
声をかけながら容態を見る。冷や汗が吹き出た。
ひどい怪我だ。グリフォーさんでなければとっくに倒れているだろう。
前のめりに崩れ落ちようとした彼を抱き留め、肩で支える。そのまま、近くの木の根元まで運び、ゆっくりと寝かせた。すぐにパルテが白魔法で治療にあたる。俺は布で汚れを拭い、持ち合わせていた薬を塗ったり、装備品の締め付けを緩めて呼吸がしやすいようにしたりして、パルテをサポートする。
ごほ、と咳をしたグリフォーさん。次第に容態が落ち着き、穏やかな呼吸を取り戻す。
俺とパルテは同時に息を吐いた。安堵で小さく微笑むパルテに、「お疲れ。お見事だ」と俺は労った。
――なぜか睨まれた。口元がぷるぷると震えている。
褒めたのに。
「う……」
「グリフォーさん!」
意識を取り戻したグリフォーさんが目を開ける。
彼はゆっくりと自分の手を見て、握って、開いた。それから俺とパルテの顔を交互に見る。
「そうか……ワシは、助かったのか」
「ええ。よかった、無事で。間に合ってよかった」
グリフォーさんは少しだけ口元を緩めた。
だがすぐに、その表情が曇る。歴戦の冒険者は右手で顔を覆い、深く、深く息を吐いた。
「まったく……ワシは自分が情けないわ」
それは、いつも豪胆な彼らしくない弱気な台詞だった。
俺とパルテは揃って「そんなことない」と言うが、グリフォーさんは力なく首を横に振った。
「ワシは今日このときほど……己の力の無さを痛感したことはない」
「そんな。こうして生き残ったじゃないですか。あんな、絶望的な状況で――」
そこで気づく。
彼がウィガールースを発つときに協力を頼むと言っていた冒険者たちは、いったいどこにいるのか――。
「腹を決める時かもしれんな」
「グリフォーさん……」
それ以上何も言えずに、俺たちはただ彼の顔を見つめる。
やがて、グリフォーさんは身体を起こした。重い動き。だが、瞳には先ほどより力が戻っていた。歴戦の冒険者としての矜持を俺は見た。
「すまんな。さっきのことは忘れてくれ。……状況を報告しよう」
グリフォーさんとともに川のほとりへと移動する。
ルマ、パルテの双子姉妹が俺の両腕にぴったりとくっついた。彼女らの視線の先には、先ほど撃退した男たちが力なく浮かんでいる。モンスターの邪気と思われる黒い靄が、うっすらと彼らの身体から湧いていた。
――よく見れば、彼らの顔には見覚えがあった。
ゴールデンキングで俺たちを煽った、あの槍の冒険者たちだったのだ。
彼らまで支配下に置いていたのか、ディゴート……!
「イスト、中州を見てくれ」
グリフォーさんの言葉に視線を戻す。
崩れた建物を指差しながら、グリフォーさんは言った。
「ワシらが調べたところだと、あそこにあった建物はゴールデンキングの――いや、アガゴ個人の隠し拠点だ。特徴的な紋章が刻まれていたからな。あれは、アガゴが好んで使っていた符丁だ」
以前から奴のことは調べていたからわかる、とグリフォーさん。彼は続けた。
「聖なる水が流れる川の中州……。天然の対モンスター防御壁といったところか。それだけ、大事なものが隠してあったのだろう。今はもう、確認できないがな」
グリフォーさんはひとつ、呼吸を整える。
「ワシらが建物を発見してからしばらく経って、中から人影が飛び出してきた。凄まじい衝撃でな。建物は見ての通りの有様だ。飛び出してきたのは赤髪の少女だ。怖ろしい目をしていた……。死人形と化した冒険者や大地の鯨まで呼び寄せて……あいつは、ただ者じゃない」
「魔王ディゴート……」
俺のつぶやきに、グリフォーさんは「やはり、魔王クラスの存在だったか」と応じた。
俺は破壊された建物を見た。なるほど、アガゴは聖なる滝壺でノディーテの身体を回収し、ここに隠していたのか。そして、魔王ディゴートが空となった肉体を利用した――と。
だとしたら。
ディゴートの本体は、いったいどこに……?
「ん……?」
俺は目を細める。グリフォーさんが振り向いた。
「どうしたイスト」
「中州に、何か光るものが」
「よし、調べよう」
川の水深はそれなりにある。パルテの【重力反抗】を使って、俺たち四人は中州へ移動した。グリフォーさんは「相変わらず大した力だ」とつぶやいていた。自分たちは泳いで渡ったのだという。
中州に降り立ち、瓦礫が散乱する一帯を調べる。どうやら地下室に繋がる階段があったようだが、完全に崩落していて下に降りることはできなかった。
視界の端、瓦礫の下にうっすらと光る物を見つける。それも複数。
ひとつを拾い上げ、検分する。俺の両隣に来た双子姉妹が、顔を見合わせ首を傾げた。
「不思議な色をした『石』ですわ……」
「でも、形がいびつでゴツゴツしてるわね。イスト、それは何?」
パルテの質問に「少し待っててくれ」と答え、俺は川縁に近づいた。川面を明かりにして、『光る石』を改めて観察する。
「もしや……『アレ』か」
隣に来たグリフォーさんも気づいたようだ。俺はうなずいた。
この、虹色に輝く表面。無骨な形の奥で一際目立つ、白い筋。
「六星水晶……その原石ですね」
間違いないだろう。
だが、なぜこんなものがここに……?
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