163.エルピーダの実力
老冒険者と同じ悲鳴は、やがて敷地内のあちこちから上がり始めた。
中には、幼い子どもの砂像もあったらしい。俺の脳裏に、スノークの姿がよぎった。
湧き上がる怒りの感情を、唇を噛んで抑え込む。
「アガゴを探そう」
俺はフィロエと数人の冒険者を伴い、ゴールデンキングの拠点建物に踏み込んだ。
建物の扉に鍵はかかっておらず、逆に少し内側に開いた状態だった。綺麗に清掃が行き届いた絨毯はそのまま。ここも沈黙が支配していた。
手分けして建物内を探す。
屋外よりも、さらにひどい光景が俺たちを待っていた。
折り重なって崩れた砂の顔。
厨房の食器棚に身を預けたまま固まった砂像。
部屋の扉を開けた直後に何かを目撃したような姿のものもあった。
だが、これだけ探しても肝心のアガゴは見つからない。
以前、アガゴに呼びつけられて通された部屋に入る。大きな長テーブルは記憶のままそこにあったが、やはり、館の主の姿はなかった。
「どこに消えたんだ。アガゴは」
「もう隠しきれないと思って、どこかに逃げたのでしょうか」
「ちょっと考えられないな。あの男が、尻尾を巻いて逃げる姿なんて」
想像できない。
だが、一方で気になるのが建物の内外に放置された砂の人形だ。もしこれらが、ゴールデンキングで働いていた人々の変わり果てた姿だとしたら。
これだけの人数を砂に変える存在がゴールデンキングに潜んでいたとしたら。
それができるのは、おそらく魔王。
そして、御しきれなくなった強大な存在に恐れをなして、アガゴがすべてを見捨て逃げ出していたとするならば。
「いや。やはり、それはない」
俺は自分に言い聞かせた。そして思い出す。アガゴの目つき、アガゴの言動、アガゴのまとう雰囲気。
あの男は良くも悪くも、『諦める』ような人間ではない。
再び怒りがぶり返してきた。
奴はすべてを見捨てて逃げ出したのではなく、これまで助け支えてくれた人間たちを自らの目的のために容赦なく切り捨てたのだとしたら。
暗い感情に沈みかけていた俺を、ルマの声が引き戻す。
「イスト様! 裏庭へ、地下研究施設の入口へお越しください」
彼女の先導で、急ぎ建物を出る。
裏庭、もう見るのも何度目かの建物まで来る。そこにはすでに、多くの冒険者たちが集まっていた。皆、難しい顔をして建物を見つめている。
最前列で、エルピーダの少女たちが待っていた。「どうした」と問いかけようとしたとき、気付いた。地下研究施設の入口に、禍々しい力がこびりついている。
「結界。それも、かなり強力でタチの悪いやつ」
アルモアが言った。彼女の契約精霊、アヴリルとレラは、警戒感を剥き出しにして扉を睨んでいる。
スキルを持っていない者にも視認できるのだろう。冒険者たちも一定の距離を取って近づかない。
『マスター。この先に強い力を感じます。我と同じ気配です』
頭の中にレーデリアの警告が響く。
フィロエたちは、判断を伺うように俺を見上げていた。居並んだ冒険者たちも同様だ。
俺の答えはひとつである。
「破る。フィロエ、アルモア、ルマ、パルテ。力を貸してくれ」
「はい」
少女たちが静かにうなずく。
周囲の冒険者が固唾を呑む音を聞いた。何が起こるのか。何を起こすのか。俺たちを見る目がそう語っている。
「下がって」
近くに立っていた冒険者に伝えると、彼は慌てて他の仲間を下がらせた。
俺の両脇に四人の少女たちが並ぶ。
「ギフテッド・スキル」
声が重なる。後ろの冒険者たちがかすかにざわめく。
これまで何度も共に困難を乗り越えてきたエルピーダの少女たち。息づかいまで感じ取れる気がした。
そして。
「【――】」
五人分の天賦のスキルが、入口を塞ぐ結界に突き刺さった。
発光。破砕音。噴煙。後ろにいる冒険者たちの大小の悲鳴。
――手応えあり。
アルモアの精霊術により砂煙が風で取り払われる。
大穴の開いた結界と半壊した入口扉が姿を現した。
「少しやりすぎましたかね、イストさん」
フィロエが槍の持ち手でコツコツと自分の額を叩く。問題ないと俺は答えた。地下への階段が塞がったわけではない。むしろ入口が広がって大人数でも通れるようになった。
後ろを振り返ると、絶句している冒険者たちと目が合った。中にはその場にへたり込んでいる人もいる。
「これが……ウィガールース最強ギルド、エルピーダの実力……」
誰かがつぶやいた。このときばかりは、フィロエもルマも肩をすくめる。今は呆けている場合ではない。
俺はベテラン冒険者に声をかけ、味方を突入組と残留組に分けた。これだけの人数全員が地下に降りるのは難しい。残留組には砂像と化した人々の確認と、外部からの襲撃への備えを指示した。
突入組の人数は、フィロエたちを除いて約二十人。皆、相応のレベルを持った実力者ばかりである。かつてゴールデンキングに所属したことのある冒険者も含まれていた。この先は何が起こってもおかしくない。内実を知る人間が一人でも多く同行してくれるのは心強い。
「サンプル発動。ギフテッド・スキル【絶対領域】」
仲間の冒険者たちに護りの壁を施し、俺は歩き出した。
「探索開始」
「了解」
静かな、しかし力強さも伴った返答がある。
俺たちは地下研究施設の階段を降り始めた。
俺とルマの【全方位超覚】で奥の様子を探りつつ、一歩一歩進んでいく。壁に設えられた燭台はまだ生きており、石造りの階段に陰影を付けていた。
違和感を覚えたのは、階段を降り始めてしばらくしてからだった。
「おかしい」
なかなか地下のホールにたどり着かない、見えてこない――それもある。
だがそれ以上におかしいのは、階段そのものだった。
「イストさん。この階段……」
「ああ。
俺たちは確かに地下へと降りていた。
だがいつの間にか、階段は上へ上へと続くようになっていたのだ。単なる錯覚ではないことは、後に続く冒険者たちの立ち位置が俺の目線より下になっていることでわかる。
全員に緊張が走る。
どのくらい上ったか。
やがて階段の先に、大きな扉が見えてきた。階段はそこで途切れている。
結界の類は感じない。罠も仕掛けられていないことは仲間の冒険者が確認してくれた。
レーデリアの鎧に護られた俺が扉に手をかける。少しだけ、押す。重厚な見た目に反し、かたん、と乾いた木のような軽い音がした。
それからゆっくりと、扉を押し開けた。
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