119.非道な男のコンプレックス


 年の離れた弟さんが。

 囚われている?

【ゴールデンキング】の地下研究施設に?


「どういうことか、詳しく聞かせてもらえますか?」


 俺と顔を見合わせたミテラが、続けて尋ねる。キエンズさんはうなずいた。


「数年前から、ギルドマスターのアガゴは様々な実験施設を作りました。分野は多岐に渡りますが、基本的な目的はひとつです。『より強い配下を生み出すこと』。必然的に、人に手を加える実験が増えていきました」

「まさか、そうした研究の実験体に弟さんが!?」


 再度のうなずき。


「あるとき、急にでした。冒険者たちが弟を連れてどこかの研究室へ……そして、私には『これからも研究に励むように』と……」


 ミテラとグリフォーさんは揃って天を仰いだ。長いため息をつき、眉間に皺を寄せ、何事かをりょうしている。

 俺は二人ほどモノを考えられない。

 だから、思いつくままを尋ねた。


「弟さんは……何歳になられましたか」

「今年で、五歳です」


 ミティより年下。

 膝の上で固く固く拳を握る。

 人体実験。人を道具のように。

 それも――まだ年端もいかない男の子を!


「ミテラ。グリフォーさん」


 自分でも声が震えたのがわかった。

 頭と腹の中をグルグルと感情が回って、言葉が継げない。

 だが、これまで困難を共にしてきた二人には、不器用な俺の思いがしっかりと伝わったようだ。


「わかった。お前がそう決めたなら、それでいいだろう」

「なんだか私、ここのところイスト君の無茶なお願いばかり聞いている気がするわ」


 眉間の皺を緩め、二人は言った。

 俺は深く頭を下げた。

 そして、キエンズさんに向き直る。


「わかりました。あなたの保護、そして弟さんの救出。【エルピーダ】の院長にしてギルドマスターのイスト・リロスが、確かに承りました」

「ああ……ありがとうございます。ありがとうございます!」


 キエンズさんもまた頭を下げる。その拍子に、小さく光るものが空中を飛んだ。今日二度目の涙だった。


 ミテラが席を立つ。何をしようとしているか察した俺は、一緒に部屋を出た。厨房に行き、全員分の温かいお茶と軽食を分けてもらう。


「現実的な話、いい?」


 お茶を乗せたトレーを運びながら、ミテラが言った。


「キエンズさんを受け入れたこと、実のところ、そんなに悪い手ではないと思うの」

「損得問題かなあ……」

「我慢して聞いて。それが私の役目なんだから。キエンズさんを匿えば【ゴールデンキング】に目を付けられるデメリットはある。けど、それ以上に内情に通じた人が協力者になるメリットは大きいわ。今後、アガゴと相対することを考えるとね。もしかしたら、かのギルドの急所に近いところまで迫れるかも」

「まさかとは思うが、ミテラは【ゴールデンキング】を潰す気か?」

「受け入れ先くらいはあっせんしないとね」


 冗談とも本気とも取れる発言をする姉。


「……っていうのが、【エルピーダ】の渉外担当としての意見。で、ここからは私個人の私情なんだけど」

「うん」

「地獄で百回食われてしまえと思うくらい腹立つ」


 笑顔である。俺は無意識に姿勢を正した。


「普段、ミティたちと接していると思うの。子どもたちは宝だって。間違っても、モノじゃない。道具じゃない」

「ああ」

「全力を尽くすわ。たぶん、グリフォーさんも同じ気持ち。一緒にギルド連合会へ相談に行ってみる。そのためにも情報が必要。辛いだろうけど、キエンズさんには知っていることをすべて話してもらわないと」


 いちいちもっとも。俺はうなずいた。


 執務室に戻る。

 キエンズさんは少し落ち着いたようだ。お茶と軽食を出して、いたわる。

 折りを見て、ミテラが口火を切った。


「あなたから見た【ゴールデンキング】、そしてアガゴ。実際に働いていた人間として、話してくれませんか」

「はい」


 ソーサーを置き、キエンズさんは居住まいを正した。


「【ゴールデンキング】が現在の体制になってから、我々研究者へのプレッシャーは強烈でした。より強く、より美しく、より価値ある存在を手中に収める。そのために、強力な魔法や薬を開発することを求められました。私が所属していたのはそのひとつ、理性のたがを外し、限界を超えた力を発揮する狂戦士化薬の開発チームでした」


 改めて説明するまでもなく、劇薬。危険な代物だ。加えて製法も手探りで、何度も事故を起こしかけたという。


「今回の『灰色の炎』……あれは、混合する素材とタイミングに致命的な誤りがあったために起こった、事故です。霊峰ケラコルから採取した貴重で強力な素材でしたが、それゆえに暴発を招き、その場にいた研究者はほぼ全員が痛みと憎しみだけに縛られた炎と化した……私が助かったのは、本当に奇跡としか言いようがありません」

「なぜアガゴは、そのような危険で常識外れの薬を開発しろと命じたのですか」

「これは、現場で見聞きしたものを総合した私の推測ですが」


 キエンズさんは前置きした。


「アガゴは、振り払おうとしていたのだと思います」

「振り払う? なにを?」

「偉大な実兄の影を。アガゴにとって、前ギルドマスターの存在は自身のコンプレックスの象徴だったのではないでしょうか。兄よりも自分は優れている。兄と自分は違う。それを証明するため、先代が持っていなかったものを持つ必要があった。すなわち、有無を言わさぬ圧倒的な力です」


 グリフォーさんが「なるほどねえ」と顎を撫でた。


「十分にありそうな話だな。ワシは両方知っているが、確かにアガゴの兄に対する態度は凄まじかった」

「クルタス氏にひどく冷たく当たっているのも、彼に実兄の影を見ているのかもしれません。クルタス氏をこき使うことで、兄よりも自分が優位に立っていると思いたいのでは」


 なんだそれは。

 そんな理由で、ここまで非道なことを平気で行えるのか。

 なんだそれは。


「それと、研究の場にいて気になることがひとつあって」


 キエンズさんは声を潜めた。


「いくらアガゴが大金をはたいて研究に邁進させたとしても、この短期間では実現できないような技術がいくつか見受けられるんです。ケラコルへの転移陣など最たるもので。親しい研究者仲間の間では、ある噂が立っていました」

「噂?」

「アガゴには巨大な力を持ったが憑いている、と」


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