118.持ち帰ったモノとヒト


 地上に出ると、もう夕方だった。

 キエンズさんを連れ、足早に【ゴールデンキング】の敷地を出る。あと何回、ここをくぐるのだろうと俺は思った。できれば、その回数は少ない方がいい。


 のどかな街の様子を見ていると、ようやく普通に呼吸ができるようになった気がする。

 ただ、キエンズさんの表情は晴れなかった。道中、何度も後ろを振り返る。理由を尋ねても言葉を濁すだけで、なかなか答えてくれなかった。

 そうこうしているうちに、グリフォー邸にたどり着く。


「こ、こんな大きな屋敷にお住まいなのですか?」

「館の主のご厚意で、居候させてもらっているんですよ」

「はあ……」


 ぽかんと口を開けるキエンズさん。

 馴染んでいたから意識しなかったけど、自分たちの拠点を別に用意した方がいいのだろうか。いつまでもグリフォーさんにおんぶに抱っこでは申し訳ない気がする。


 館の正面扉を開け、中に入る。「おかえりー!」と元気な子どもたちの声がした。

 出発前は元気のなかったミティも、ミテラの横で「おかえりなさい、せんせー」と言ってくれた。少し持ち直したようだ。


「レーデリア。あれ、出せるか」


 漆黒の鎧を指先で軽く叩く。ややあって『ふぬぬ』と短い気合いの声がして、鎧から精霊氷が出てきた。子どもたちがどよめく。


「なにそれ!? 先生なにそれ!?」

「すげ。鎧から出てきたよ」

「ん……? ってことは、先生の身につけている鎧って、もしかしてレーデリア!? ウソ!?」

「ふふん。凄いでしょ」


 孤児院の子どもたちの驚く様になぜか得意げなフィロエ。

 俺はミティの前に精霊氷を持っていった。


「ミティ。これを」

「せんせー……これ、もしかして」

「約束だったろ? この氷の上に生えているのが、幻のキノコだよ」


 ふにゃっと表情が崩れるミティ。勢いよく抱きついてきた。


「せんせー! ありがとー!」

「どういたしまして」


 頭を撫でる。

 それからミティを促し、幻のキノコを採取させた。おっかなびっくりな手つきでキノコの根元をつかむ。思ったよりも簡単にキノコは精霊氷から離れた。


「とれたー! あっ!?」


 ミティが歓声を上げた直後、まったく同じ箇所に新しいキノコが生える。これにはミティだけでなく俺も驚いた。


「すごいな。採取してもすぐ次が生えてくるんだ。無限に採れるんじゃないか、これ」

「せんせー。とりすぎはダメ! だいじにするの」


 目をこれでもかと輝かせたキノコ好き少女に怒られる。ごめんな。

 ミティはスキップしながら、グロッザやメイドさんと一緒に厨房へ消えていった。さっそく調理するのだろう。


「イスト院長……そ、それはいったい」


 気がつくと、キエンズさんが隣で震えていた。


「これですか? ケラコル氷柱を探索したときに見つけたんです。精霊の力が凝縮された氷なんですって」

「なんと! それは誰に教わったのですか」

「あそこで子どもたちにモフモフされている大精霊から」

「なんとお!?」


 キエンズさんは目を剥いて驚いていた。どうやら雪ウサギ――大精霊レラをアルモアのペットか何かと思っていたようだ。無理もないけど。

 わなわなと肩を震わせ、しきりに片眼鏡をいじる。


「これは、溶けないのですか!?」

「そうみたいです」

やっこいのですか!?」

「冷や……? い、いえ。そこまでは」

「なんとなんとぉ……! け、研究したい……!」


 ぼそりつぶやくキエンズさん。やっぱり研究者の血はしっかり通っているようだ。ちょっと怖い。


 和やかな雰囲気の中、唯一固い表情のミテラが近づいてくる。俺はうなずき、子どもたちに解散を告げた。精霊氷はメイドさんに預け、とりあえず厨房まで運んでもらうよう頼んだ。

 それからキエンズさんを連れ、別室に移動する。グリフォーさんの執務室だ。


「お疲れさん。また派手に活躍したようだな。その様子だと」


 椅子に深く腰かけ、豪快な笑みを見せるベテラン冒険者。

 俺とグリフォーさん、ミテラ、そしてキエンズさんの四人はそれぞれ向かい合って座った。


「それじゃイスト君。報告を聞かせて」


 どういう内容か、おおよそ予想が付いているのだろう。真剣なミテラに促され、俺は【ゴールデンキング】の依頼内容とそこで起こった出来事について話した。


 灰色の炎事件まで聞き終えたミテラとグリフォーさんは、そろって腕を組み、背もたれに身体を預けた。

 どうしたものか――と頭を悩ませている様子だ。

 理由は俺も理解できる。だが敢えて言葉にした。


「キエンズさんをこのまま帰すわけにはいかない。彼をかくまうことはできませんか?」

「そうだなあ……」

「あのアガゴが、【ゴールデンキング】を抜け出した研究者に対してお咎めなしというのは考えにくいんです。少なくとも、彼の安全が確認できるまでここに滞在してもらうのはどうでしょう」

「あなたらしいといえば、あなたらしいわね。イスト君」


 ミテラが腕組みを解いた。

 そして、俺の隣で固まっているキエンズさんに視線を向ける。


「でも、いくらギルド内で迫害されていたからといって、すぐに受け入れるのは難しいんじゃないかしら」

「そうだな。ましてや、相手はあの【ゴールデンキング】だ」


 グリフォーさんもミテラに同意する。


「あそこの雰囲気はワシも承知している。正直、いきなり信用しろというのは無理な相談だ」

「グリフォーさん」

「イストよ。ワシもこの男の境遇には同情するが、別の可能性を排除するわけにもいかん。事故を装い密偵を送り込む。それぐらいのことはやりかねない相手だ、アガゴという男は」

「それにね。仮にキエンズさんが無実の被害者だとしても、彼をかくまうということは、必然的に【ゴールデンキング】と対立することになるわ。小さな子どもたちを抱えた私たち。無用な争いはあなたも望むところではないでしょ?」


 正論だ。

 そして大事な視点である。

 俺は【エルピーダ】のギルドマスター、そして院長として、彼らの懸念を無視するわけにはいかない。


 だが、心の内では思うのだ。それでも――と。

 キエンズさんに手を差し伸べるべきだと。


 顎を撫で、俺が理性と直感の間で葛藤していると、不意にキエンズさんが立ち上がった。

 そして、直角に等しい角度で頭を下げる。


「私は【ゴールデンキング】で長らく研究職についていました。彼らが現在、どのような研究をしているか、ギルド全体がどのような力で動いているか、内情についてお伝えすることができます。また、私がこれまで挙げてきた成果をすべて差し上げることもできます」

「……まあ、興味はあるわな。うちのボスをさんざにしまくってる男の腹の中だ。ギルド連合会も欲しがる情報だろ」


 グリフォーさんがうなずく。

 キエンズさんは続けた。


「下働きでも何でもやります。もし私の知識と技術が必要なら、いくらでも提供します。どうか、どうか私の願いを聞いてください!」

「願い? ここにかくまって欲しいというのではなくて?」


 ミテラが怪訝そうに眉をひそめた。

 顔を上げたキエンズさんは、とても辛そうな表情をしていた。


「実は……あの地下研究施設には、年の離れた弟が囚われているのです」


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