107.余裕なき冒険者


 円形の部屋に居並ぶ【ゴールデンキング】のメンバーたち。

 人数は六人。男性が一人で、後は全て女性だ。この構成比は、アガゴの趣味なのだろうか。

 全員、すでに完全装備といった様子だった。頭部までカバーした分厚い防寒着。要所要所に紋様入りの金属で補強がしてあるから、特注品なのだろう。

 俺たちとはずいぶん違う。


 手にした武器も立派なものだ。槍、杖、短剣――柄の部分に至るまで流麗な装飾が施された逸品である。

 この使用武器の種類、フィロエたち【エルピーダ】のメンバーが使う武器と共通していた。


 そして、お約束のようにもくが整っている。皆、この防寒着がなければさぞ人目を引く容姿をしているのだろう。


 クルタスさんが俺たちに声をかける。


「彼らが今回、共に任務をこなす者たちです。右から――」

「おい。なんのつもりだ」


 メンバーを紹介しようとしたクルタスさんを遮ったのは、唯一の男性冒険者。二メートル近い槍を担いでいる。

 男は敵意を剥き出しにしている。クルタスさんは静かに尋ねた。


「なんのつもり、とは?」

「とぼけるな。なぜこいつらより先に俺たちを紹介しようとする?」

「特に他意はありません。これより同じ任務に就く者同士、自己紹介くらいはすべきではないかと」

「だからお前は気に入らないのだ」


 男の全身に力が入ったのが、分厚い防寒着越しでもわかった。

 クルタスさんは至極まっとうなことを話しているはずなのだが……。


「こいつらはあくまで数合わせ。いや、はっきり言ってお荷物だ。見ろ、これから向かうところがどんな場所かまったく理解していない、みすぼらしい装備だ。しかもなんだ。ほとんど子どもじゃないか。俺たちは子守のために冒険者をやっているわけではない」

「しかし、彼らの参加はギルドマスター殿が認めたことです。それに皆さん、黄紫水晶アメトリン級以上の立派な冒険者です」

「知っている。だがな。俺たちを待たせておいて、挙げ句俺たちの方から紹介するだなんて、あんたはそれでも【ゴールデンキング】のメンバーか」

「……申し訳ありません」

「クルタス・ウスバ。お前はいつもそうだ。ペコペコ謝ってばかりのくせに、俺たちがいくら努力してもたどり着けない地位にいる。どうせ前のギルドからの縁故採用コネなのだろう」


 男性冒険者が近寄ってくる。クルタスさんの胸に指を突き立てた。


「もう一度言ってやる。だから俺は――俺たちはお前が気に入らないんだ」


 えんのこもった口調に、クルタスさんは黙っている。

 見れば、後ろの女性冒険者たちも似たような視線を向けていた。


 俺は唇を噛む。

 クルタスさんは、ギルドの同僚からもないがしろにされているのか。


「すみません」


 俺は二人の間に割って入った。クルタスさんをかばうように男性冒険者と相対する。


「今日はよろしくお願いします。俺は【エルピーダ】の――」

「名乗りは不要だ。成り上がり者」


 今度は俺にもてきがいしんを向けてくる男性冒険者。

 成り上がり者、か。どうやら俺のことは知っているらしい。

 ならばこちらも相手の名前くらいは知っておきたい――そう話すと、男は再び「不要だ」と言った。


「俺たちは俺たちで勝手にやる。あんたも勝手についてくるといい。もっとも」


 そこで初めて、男は笑みらしき表情を浮かべた。


「そんなナリでは、立派な立派な六星水晶スタークオーツ級冒険者様とは到底思えないがな。魔王クドスを倒した人間と入れ替わっているんじゃないのか?」


 鼻で笑う。

 それから【ゴールデンキング】のメンバーたちは踵を返し、部屋の奥にある扉を開けて中に入っていった。


 淀んだ空気が少し軽くなる。

 俺は【エルピーダ】の少女たちを振り返った。


「よく我慢したな。ありがとう」


 今にも飛び出していきそうなところを、ギリギリで踏みとどまった、という顔をしていたが。

 アルモアが大きなため息を吐いた。気持ちを落ち着かせるためか、首を回す。


「ミテラ姉さんに言い含められていたから。【ゴールデンキング】の前ではできるだけ派手な真似はしないようにって。侮られているくらいがちょうどいいって」

「それにミティのためでもあるしね、今回の任務。ああー、でも悔しい! どうなってんのよ。ここの連中の性根は!」


 パルテが「うぎぎ……!」と拳を握る。

 ルマが上品に指先を口元に当てた。


「さすがに冒険者ランクで競おうとは思わなかったようですわねぇ。この街で最もランクが高いのはイスト様。これは天地がひっくり返ろうと変わらぬ真理ですから。それでもイスト様を下に見ようとする態度。なかなか理解しがたいものがありますねぇ」


 間延びした口調。実は一番怒っているかもしれない。


 フィロエが俺たちのところへ寄ってきた。


「あの、クルタスさん。大丈夫ですか?」


 心配そうに声をかける。もしかしたら、かつていじめられていた自身のことを思い出したのかもしれない。

 しかし、クルタスさんの表情は変わらなかった。見ていると辛くなるほどに。


「ご心配をおかけしました、フィロエ殿。いつものことなので、問題はありません」


 フィロエは二の句が継げなくなっていた。

 彼女の代わりに俺は言った。


「クルタスさん。部外者が差し出がましいですが、一度、きちんと話をすべきだと思います。あなたほどの実力者、【ゴールデンキング】でも貴重なはず。そんな人にあのような態度で接するなんて、あまりにも敬意に欠ける」


【剣真術】による一撃は鮮明に思い出せる。正直、【ゴールデンキング】のメンバー六人が束になってもこの人には勝てないのではと思うほどだ。

 だが、クルタスさんはやんわりと応えた。


「彼らは実力者です。そうでなければ【ゴールデンキング】ではやっていけない。ただ、少し余裕を失っているだけでしょう」

「余裕、ですか」

「六星水晶級であっても罵倒の対象なのです。自分相手ならば、なおさら」


 さらりと告げられたぎゃくに、俺はクルタスさんの闇を見た気がした。


「先ほどはかばっていただき、ありがとうございます。イスト殿。それと、お見苦しいところを見せてしまい申し訳ない」

「構いません。今回の任務、味方はあなただけだと思う事にします。クルタスさん」


 俺がそう言うと、後ろの少女たちも「その通りです」とうなずいてくれた。

 クルタスさんは口角を上げた。


「自分も心強いです。それでは、参りましょうか。今回の目的地、霊峰ケラコルへ」


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る