第5章 生まれ変わる人を超えたモノたち 鉄馬車レーデリアに愛される

89.目覚める愛らしい強者


 ウィガールースを襲ったの危機――力の魔王クドスが倒されてから、およそ1ヶ月後。


 イスト・リロスが六星水晶スタークオーツ級の英雄として名を広めた頃である。


 街の南東、50キロほど離れた荒野で、とあるギルドパーティが壊滅寸前になっていた。

 キャンプ地が何者かによって襲撃されたのである。


「アガゴ様! 前衛はちません! 一刻も早くこの場を離れてください!」

「バカを言うな! あれほどのを前にして、おめおめ逃げ帰れるものか。お前たちがだらしないからいけないのだ。さっさとを捕まえろ! これは命令だ!」

「しかし」

「言い訳無用! ワタシはあの娘を手に入れるのだ!」


 唾をまき散らしながら、ひとりの男が冒険者をなじっている。


 せぎすで神経質そうな顔付き。

 自尊心が高く、自らの欲望のためならば部下をコマとして扱うその態度。


 男の名前はアガゴという。

 ウィガールースでも五指に入る大手ギルド【ゴールデンキング】のギルドマスターである。


 遺跡発掘のため街を離れていた彼らは、ウィガールースの危機やイストたちの活躍を知らない。

 彼らを襲ったのは、ある意味魔王クドスよりも厄介な相手だった。


――――っ!』


 聞こえてきたのは、可愛らしくて元気のよい少女の

 彼女の「おはよう」で、屈強な男が3人、

 声に秘められた凄まじい魔力と圧力により、高レベル冒険者が為す術もなく吹き飛ばされたのだ。


 アガゴは悔しさと興奮を半々ににじませて、標的を見る。


 岩場のてっぺんに立つ、赤髪のツインテール。

 女性というにはまだ少し幼い顔付きだが、美人の要件は十分に備えている。目の肥えたアガゴが一目で気に入ったのがその証拠だ。


 ウィガールースへの帰還途中、突如として現れた謎の少女により、【ゴールデンキング】の冒険者たちは次々と戦闘不能に陥った。

 声による衝撃波の威力だけでなく、腕力も桁違い。細腕に取り付けられた大きなガントレット篭手をひとたび振るえば、名工の盾もまるで焼き菓子のように砕けた。

 少女のやや不可解な言動も、むしろ規格外な印象を見る者に与える。


 彼女の目撃情報は、実は遺跡発掘――実際はとうくつ、ルール違反である――のときからアガゴに届けられていた。おそらく少女は遺跡に眠っていたで、冒険者たちに刺激され目を覚ましたのだろう。

 実際に少女の強さを目の当たりにして、アガゴは確信を深めていた。


 これは稀に見るだ。

 アガゴは強く思った。「こいつ、欲しい」――と。


 美しく腕の立つ者を手元にコレクションする。アガゴという男のあくへきであり、あくみょうである。

 しかし、まったく歯が立たないのであればコレクションもなにもない。

 次第に焦りが出てくる。


「ギルドマスター殿」


 そのとき、ひとりの男剣士が進み出た。アガゴの護衛としてずっと付き従っている人物だ。


「自分が行きましょう」

「おお! やってくれるかクルタス。あの娘を大人しくさせるのだ」

「御意」


 静かな口調でうなずくクルタス。少女よりもさらに鮮やかなしゃくねつ色の髪がサラサラと揺れる。

 片刃の愛剣を手に、滑るように相手に接近する。


 戦況は劇的に変わった。これまで一方的なじゅうりんに過ぎなかったものが、クルタスと少女の一騎討ちによりこうちゃく状態になったのだ。


 アガゴはこれを好機とみた。


「おい。あれを用意しろ」


 部下の魔法使いたちに指示をする。やがて手に手に魔石を持った彼らが、一斉に詠唱を始めた。残った魔法使いは流麗な装飾が施された本を破り、燃やしていく。


 呪具を駆使した儀式魔法――。


「くくく。よく狙え。その魔法にはお前たちが一生かかっても払えないほど金をかけているからな」


 たのしくてゆがむ口を隠すように、あごに手を当てるアガゴ。


 クルタスの動きが鈍ってきた。遠目にも息が荒くなっているのがわかる。だがアガゴは、標的を消耗させればそれで十分と思っていた。

 あの娘を手に入れられるのなら、クルタスほどの冒険者コマを喪っても惜しくはない。


 魔法の構築が完了した。


「よし、放て!」


 アガゴが指示を飛ばす。


 直後、巨大な黒い霧状のうねりが魔法使いたちの身体から立ちのぼり、一直線に少女へと向かった。


 直撃。アガゴは拳を握る。


「強力な『服従の呪い』だ。いくら強者でもあらがいきれまい!」


 これでお前もワタシのものだ――勝利を確信しぐきき出しにするギルドマスター。


 だが次の瞬間、少女は黒いもやをまとったままどこかへと立ち去ってしまう。


「な……んだと……!? おい、儀式魔法はちゃんと発動したんだろうな!?」


 再び唾を飛ばして部下をきつもんする。強力な魔法行使の反動でへたりこんでいた魔法使いは、うなずくので精一杯だった。

 アガゴがその返事で満足するはずがない。


「この役立たずが!」


 手近にいた魔法使いの腹を蹴り上げる。

 奥の手を使ってまで獲物を逃してしまったことに、彼は冷静さを失っていた。部下への罵倒がようやく収まったのは、クルタスがアガゴの元まで戻ってきてからだった。


「申し訳ありません、ギルドマスター殿。取り逃しました」

「……ふう。まあいい。お前でダメなら他のクズどもが歯が立たなかったのも仕方ない。それにしても惜しい。惜しいなあ」

「……は」

「クルタスよ。何かあの娘について気付いたことはないか?」


 ややあって、剣士は答えた。


「『強い人に会いたい』……と、そう申しておりました」

「戦闘狂か。お前とり合いながらそんなことをのたまうとは。なかなか興味深い」


 ひざまずいている剣士の足許にリオ金貨を放り投げ、アガゴは思案顔になった。


「先の楽しみが増えた、と考えるべきかな。くく。服従の呪いは確かに直撃したのだ。焦らずとも徐々に効果が出てくるだろう。あれだけの上玉、絶対に逃がさん」


 傷付いた冒険者たちが無残に横たわる荒野で、アガゴの笑い声が長く長くこだました。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る