(6)控え目なあの子は力持ち


 翌朝。


 リギンたちは宿から歩いて30分ほどの場所にある林にやってきた。

 ルガリ山という大きな山のふもとにあたるところだ。


 アルーナの依頼は、ここに自生する『づき草』という薬草を採取することだった。

 麓にたどり着いた一行は、林立する樹々とその下に点在する湿地を目にした。

 重なり合うこずえで陽光が邪魔され、湿地帯はやや薄暗く陰気な場所になっている。

 三日月草は、こういう日陰に群生するのだという。


 アルーナが出かけに言っていた。


「だいじょうぶ。そんなに珍しい薬草じゃないし、形も特徴的だからすぐにわかるわ」


 ――なので。

 すぐに見つかるだろうとリギンたちも考えていたのだが。


「もうっ。ぜんぜん見当たらないじゃない」


 メルムがふんぜんと腰に手を当てる。

 地面は湿地。あしもとはぬかるみ、歩きづらい。


「日陰に群生するってのはわかるけど、よりによってこんな湿地帯でなくてもいいのに……」

「つーかさ。ここの水、どっから湧いてきてるんだろうな」


 リギンが首を傾げる。こちらはさしていらついた様子はない。


 その一方、いつもならベタベタとリギンにくっついているシニスは、今日に限っては少し距離を取っていた。

 リギンが眉をひそめて近づく。


「おいシニス?」

「うひゃい!? な、なに!? ……って、わきゃっ!?」


 あと退ずさったひょうにぬかるみに足を取られ、シニスの身体がぐらりとかたむく。


「あっぶね!」


 シニスの手を取り引き寄せる。


「そっちぬかるみが深いから気をつけろってのに」

「あわわ……」

「シニス? おいシニス?」

「わ、私あっち探すね。ガンバルゾ、おー!」


 ひとり無意味に気合いの声をあげ、探しに出てしまう。

 頭に疑問符を浮かべるリギンの後ろで、メルムはおおよその事情を悟った。


「打たれ弱いなら無理に突撃しなければいいのに……」


 額に手を当て、ふう、と大きくため息をつく。


「ま、固まって探してもラチがあかないのは確かだわ。シニスにならって、手分けして探しましょ」


 メルムの声かけで、おのおの湿地帯に入っていく。


「おーい。三日月草やーい。出でこいやこらー」


 リギンはひとりぶつぶつ言いながら歩く。

 最初こそ物珍しさでキョロキョロしていたが、じーっと足許を見ながらぬかるみの中を歩くのは思っていたよりもキツい作業だった。

 10分もしないうちに立ち止まってしまう。


「ふう。見つからねえ。じっと同じ姿勢だと首と腰が痛くなりそうだぜ。爺さん婆さんの悩みってこんな感じなんだなあ」


 あらためて周囲を見る。


「こういうときに限って俺の【危険感知】スキルが使えないんだよなあ。いっそ毒があるヤツなら見つけられそうなのに。『三日月草』ってふつーに害がないモンみたいだしなあ。まあ、当たり前かあ」


 天をあおぐリギン。そこへ声をかける少女がいた。


「あ、リギン……」


 振り返ると、パーティで一番背の高い女の子――デクアトラが立っていた。


「おうデクアトラ。お前もこっち探してたのか。退屈してたんだ。いっしょに探そうぜ」

「う、うん……」


 リギンの申し出に、デクアトラは大人しく従う。


 彼女は大きなリュックを背負っていた。アルーナから借り受けた装備一式である。

 他にも大小様々な荷物が彼女の手にある。

 今回に限らず、重い荷物は主に彼女が背負うことになっている。


 別にリギンやメルムたちがいじめているわけでも押しつけているわけでもない。他ならぬデクアトラ自身が荷物持ちを望んでいるのだ。

 もう何度か見てきた光景とはいえ、リギンは感心せずにはいられない。


「相変わらずスゲェなデクアトラは。それ重くねえの?」

「慣れてるから……」

「そうは言ってもよ。足許はこんなにズルズルなのに。よく歩けるな」

「慣れてるから……」


 あいまいな笑みを繰り返すデクアトラ。

 3人娘の中で最も力が強く、最も控え目なのが彼女だった。


「ほら」


 リギンが手を伸ばす。


「さすがに1個ぐらい持つよ。それ背負って地面探すの大変だろ」

「う、うん……」


 水のない場所まで上がり、デクアトラから荷物をひとつ受け取るリギン。


「――っておもッ!? ッッも!」

「や、やっぱり私が持とう、か……?」

「いーや大丈夫だッ! 一度口にしたことをあっさり変えたらカッコ悪いだろ! ふんぬうううううっ!」


 無駄に気合いを入れて背負う。なんとかバランスを取り、ようやく一息つく。

 リギンは尊敬のまなしを向けた。


「デクアトラ、やっぱすげぇよお前」

「そ、そうかな……?」

「そうだぜ。いつも簡単に持ち上げてるだろ。ほんとソンケーする」

「慣れてる、から……でも、ありがとう……」


 控え目に笑う。リギンも応じて「にかっ」と笑った。


「それにしても、これだけ探してるのになんで見つからないんだろうなあ」

「他のひとが、取っちゃったとか……? 新しそうな足跡も、けっこう、残ってたし……」

「むう……先回りして根こそぎ取り尽くすなんて許せん奴らだ。どこの誰か、しらんけど! つーか、そいつらとっ捕まえて三日月草わけてもらった方が早くないか?」

「いや、それはさすがに……もうどっかに行ってるよ……」

「残念。俺のスキルが火をく絶好の機会だってのに。まあ冗談だけどな。そんなスキル持ってないけどな! あっははー!」

「ふふふ……」


 リギンの明るさに、今度は声に出して笑うデクアトラ。


 ――リギンは「尊敬する」と言っていたが、この控え目な少女からすれば、リギンこそ尊敬できる人であった。

 3人娘の中で一番おくびょうで、くらで、いつも皆の後ろを歩いているような彼女にとって、どんなつらいことも笑い飛ばすリギンは、まるで太陽のような存在だった。


 彼の側にいると、元気をもらえる。


 メルムやシニスがリギンを『男の子』として見ているのに対し、彼女はこの底抜けに明るい少年を憧れの目で見ていた。

 大好きな皆の後ろ姿を見ているだけで満足――デクアトラは心からそう思っている。


「それじゃ、一緒に探すか」

「うん」


 うなずき合って再び湿地帯に入ろうとしたとき。


「あッ――」


 2人は同時に足を滑らせた。


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