(5)シニス、自慢のスタイルで夜這いをかける
買い出しから戻ったリギンとメルムは、他の仲間たちとともに【せせらぎの薫風亭】の臨時従業員のように働いた。
彼らにとって接客業は初めての経験だ。右往左往するばかりだったが、アルーナも宿泊客もおおらかな人ばかりだったので、むしろ楽しく働くことができた。
そして日が暮れる。
客は夜の街に出かける連中と、そのまま休む者たちとに別れ、【せせらぎの薫風亭】は落ち着きを取り戻す。
「ふう。お疲れ様、みんな」
「はいぃぃ……」
テーブルにぐったりと
アルーナは目を細めた。
「本当によくやってくれて助かったわ。あなたたち、まだパーティを組んで日が浅いって聞いたけど、とてもそうは見えなかったわよ」
そう言って、隣同士に座ったリギンとメルムの肩を叩く。
「特にリギン君とメルムちゃん。口では悪口言い合ってるけど、息はピッタリだったわ。お客さんも仲が良いって
「そ、そうですか? えへへ」
照れるメルム。
隣でリギンが身体を起こす。
「そういや、『お前たち、きょうだいみたいだな』って言われた。やっぱ他人からもそう見えるんだな。へへ。なんか嬉しいぜ」
「嬉しい? ホント?」
「あん? メルムは嬉しくないのか?」
「そ、そんなこと言ってないじゃん!」
「なんで
「怒ってない!」
まあまあとアルーナが取りなす。
美人お姉さんはちらりとシニスを見た。
「お買い物のときにいろいろあったのかもね」
「いろいろ……」
「頑張ってね」
耳元で
「さあ皆。疲れたでしょう。部屋は用意してあるからゆっくり休んでね。お湯も沸かしておいたから、身体を
「はーい」
「あ、ちなみに前のお客さんがちょうどチェックアウトしたばかりだから、2部屋使っていいわよ。やったねリギン君。一人部屋だよ」
「うーん……」
「あら。嬉しくないの? もしかして女の子たちと一緒の部屋が良かった?」
ダメダメダメ! と慌てふためいたのはメルム。
「ぜったい、ダメだからねリギン! 来たらぶっ殺すわよ! 覚悟しなさいよ!? わかったわね!?」
「だから、なにをそんなに怒ってんだよ……」
一方のリギンは微妙な表情のままだ。
なおも念を押そうとするメルムを尻目に、「じゃあ、お先に」とシニスはテーブルを立った。
彼女に釣られて、他のメンバーもそれぞれ席を立つ。
3人娘にあてがわれた部屋はベッドが4つある大部屋だった。質素ながらきちんと清掃が行き届いている。
荷物を置き、
着替えたメルムはベッドに倒れ込むと、すぐに眠気に襲われた。今日一日でいろいろありすぎた気がする。
ふと、隣のベッドに荷物が置かれたままなのに気がつく。
「あれぇ……シニスどこいった……?」
「えっと。どうしたんだろうね……」
デクアトラが応える。
起き上がりかけたメルムだが、結局そのまま枕に顔を
なにより、今はとても眠い。
「まあ、いいや……おやすみなさーい」
「うん。おやすみ……」
控え目な少女の声を心地良く聞きながら、メルムは眠りについた。
一方、その頃。
シニスは別階の廊下にいた。
少し先にはリギンにあてがわれた部屋がある。
胸元に手を当て、2度、3度と深呼吸をする。
そして、羽織ったカーディガンの合わせ目をぎゅっと握った。
――カーディガンの下は、自作かつ力作のお気に入り勝負下着である。
「……よし。ちゃんとかわいい。身体もばっちりキレイにした」
戦場に
視線の先はリギンの部屋。
シニスは夜這いをかけるためにここまでやってきたのだ。
扉の前に立つ。右を見て、左を見る。誰もいない。上階のメルムたちが気付いた様子もない。
ノックをしようと手を胸の位置まで上げたところで、思い直す。
断られる前に突撃するんだ。
表情は真剣、頭はのぼせ上がった状態で結論付け、一気に扉を開ける。室内に滑り込む。
後ろ手で扉を閉めると、驚いた表情のリギンと目が合った。
おあつらえ向きに、ベッドの上である。
「こんばんは、リギン。……来ちゃった」
何度も脳内でイメージトレーニングした台詞と表情で言う。
夕食時からずっとこればっかり考えてきたのだ。ぜったいに抜かりはない――とシニスは自分に言い聞かせる。
先を越されてなるものですか。
出会ってから今日まで、リギンと一番親しく喋ってきたのは私なのだから。
幼馴染みで、大好きなメルムたちが相手でも、ここは引けない。
さあリギンよ、ドキドキしろ。
今晩はずっと私のターン――!
「おおっ、よく来たなシニス!」
「……はれ?」
「なにぼけっとしてんだ。ほれ、こっちに来て隣座れ座れ。しゃべろうぜ」
「う、うん……? それじゃあお言葉に甘えて……?」
じゃないでしょ私――と心の中で突っ込むシニス。
なんか思っていたのと違う。
「ひとりで退屈してたんだ。お前らと旅に出るまでは、ずっと孤児院の家族と一緒だったからなあ」
「ああ……そういう、こと」
「お前が来てくれて嬉しいぜ」
隣に腰かけた瞬間にそんなことを言われたものだから、シニスはあやうく変な声を上げそうになった。
仕切り直し。
シニスは
主導権をしっかり握ってやろうと彼女は
シニスは思い出す。
エラ・アモの
その雰囲気の悪さをひょいと超えてきたのがリギンだったのだ。
そして、3人娘の中で最初に会話をし、試験中、一番長く話していたのがシニスだった。
思えばあのときからなのよね――雑談で笑顔になりながら、シニスは思った。
「ねえリギン」
だからもう一歩、踏み込んでみよう。
「この服、どう思う?」
とっておきの台詞とポーズを取る。
シニスはひそかに自慢に思っている。3人の中で、自分が一番スタイルのいいことを。
「おお……」
リギンは側に寄ってきた。
口元が
が。
「す……っげえな! これ、お前が作ったんだろ!?
なんのためらいも見せることなく、リギンがすぐ隣まで近づいてきて、カーディガンを触る。めちゃくちゃ褒める。
シニスは固まった。
リギンの横顔がすぐ近くにある。体温を感じる。
シニスは完全に固まってしまった。
頭の中では「近い近い近い」が無限にループする。
――っていうか! なんでコイツは平気なの!?
ハッ……! まさか、もしかして。私よりスタイルのいい人を見慣れてる、とか!?
だからここまで無反応……!?
そこへ、リギンが無防備をさらけ出して言う。
「ふわぁ……なんか眠くなってきたや。なあシニス。今日はこのまま一緒に寝ようぜ」
「……………………………………き」
心構えが全部吹っ飛んだ。
「ききききょきょ今日のところは許してあげる! じゃ!」
「あ、おい!」
謎の捨て台詞を残し、シニスは
ぽつんと取り残されたリギンは、眠い目をこすりながら不満そうにつぶやいた。
「つまんねえの。俺たちもう『きょうだい』みたいなモンじゃねえか……」
ふん……と若干ふてくされながら、彼はベッドのシーツにくるまるのだった。
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