(4)ポニーテール少女の記憶と想い
依頼の受注を終えて【クヴォリ】を出たリギンたちに、アルーナが提案した。
「今日はうちに泊まっていって。宿、まだ取ってないでしょ?」
「いいんですか!?」
「もちろん。私はあなたたちが気に入ったわ」
リギンたちにとっては渡りに船の申し出だった。冒険に不慣れな彼らは、宿の取り方もまだ右往左往する段階だったのだ。
商店街を抜け、しばらく歩く。
やがて広い庭を持った小綺麗な建物が見えてきた。
【せせらぎの
庭の隅には馬車を繋げられるスペースが設けられていた。
すでに一杯である。
アルーナに続いて【せせらぎの薫風亭】の扉をくぐったリギンたちは、たくさんの宿泊客が食堂に集まっているのを見た。
「うわ。
「ごめんねリギン君、皆。落ち着くまでちょっと待っててね」
腕まくりをするアルーナ。リギンたちは顔を見合わせ、うなずき合う。
「アルーナさん。俺たちにも手伝わせてください」
「え? いいの?」
「任せてよ」
笑うリギン。隣でメルムが手を上げる。
「私、買い出し手伝います!」
「ありがとう。じゃあリギン君と一緒に行ってもらえるかしら。メモを渡すから」
「はい!」
笑顔でうなずくふたり。
シニスが「それじゃあわたしも」と手を上げかけるが、デクアトラが止める。
「ひとりはさびしい……」
「う……」
黒髪少女の性格をよく知っているシニスは結局、手を下ろした。アルーナと一緒に
買い物リストをもらったメルムは、3人娘のリーダーらしくびしりと扉を指差した。
「さあ、行くわよリギン!」
「おおーっ!」
ノリよく応じた少年とともに、メルムは【せせらぎの薫風亭】を出た。
商店街への道は宿に来るまでに覚えている。
が、やはりというべきか。
「おおっ! メルム見てみろよ。ホータイお面だって、変なの!」
「ちょ、こらリギン!」
一度は反省したにもかかわらず、やんちゃ小僧は店の商品に目移りしていた。
このままでは街に来たときと同じ
メルムは深呼吸をひとつした。そしてきゅっと唇を噛む。
「ほら!」
意を決し、リギンの手をつかむ。
「放っておくとまたどっか行っちゃうんだからあんたは。だから手! つないでおくわよ!」
顔を
内心は緊張と不安で
嫌だと言われたらどうしよう。手汗、やばくない?
ぐるぐる思考が
次の瞬間、リギンがぎゅっと手を握り返してきて、メルムの頭は真っ白になった。
「
「あ、いや。そ、そう? ふふん」
純粋に持ち上げられ、つい胸を張ってしまう赤髪の少女。
気を良くした彼女は、持ち前の方向感覚でスイスイと目抜き通りを進み、目的の店を回っていく。
不安と心細ささえなければ、メルムという少女は非常に頼りになった。
リギンもまた、彼女の背中を好意的な目で見ている。
ふと、少年は言った。
「そういや、エラ・アモにいたときと髪型変えたか?」
「今更かよ!」
メルムは噛みついたが、まんざらでもなさそうにポニーテールの結び目を触った。
「その、似合ってる?」
「おう。動きやすそうだな!」
「……まあ、ね」
内心ため息。
だが、ポニーテールにした本当の理由を言い当てられても困るので、それはそれでよいのかなと彼女は思う。
髪型を変えたのは、
リギンが
――あの娘と同じ髪型をしたら、リギンは私に興味を持ってくれるだろうか。
淡い期待は淡いままだったけれど。
それでもいいと、今は思う。
エラ・アモでの
実力に見合わない無茶をしてリギンたちについていったばかりに、メルムは熱中症に
大事な試験中だ。そのまま捨て置かれても文句は言えない。
それなのに、リギンは助けてくれた。
あのときもらった不思議な飴の味は今でも鮮明に思い出せる。
エラ・アモのどの店でも売っていなかったから、きっと貴重な品だったのだろう。
それをリギンはためらいなく食べさせてくれたのだ。
そして、わざわざ背負って安全な場所まで運んでくれた。
口には出さないから、きっとリギンは知らない。メルムがどれほど大きく感謝しているか。
あのときからメルムの気持ちは固まったのだ。
目抜き通りを歩くリギンは上機嫌。きっと憧れだった冒険者になる道が見えてきたせいだろうとメルムは思う。
心の中で本音をつぶやく。
リギンの望むことなら、叶えてやりたい。
「ん? どしたメルム。俺の顔になにか付いてるか?」
「なんにも。相変わらずのアホ面だと思っただけ。さ、キリキリ動いてさっさと戻るわよ」
「よっしゃ、任せとけ。うおおお」
「暴走しない!」
笑い合う。
ローメの街は夕暮れに染まりつつあった。
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