61.遠い国の、双子の話


 ――私たちは、双子。


 生まれたときからずっと一緒に育ってきた。大事な大事な、私の妹。

 妹は私のことが大好きと言ってくれる。私も妹のことが大好きだ。

 ふたりの絆は揺るがない。


 けど……ふたりそろって笑顔だった記憶は、ほとんどなかった。


 ――今、私たちは暗い地下の広間に座らされている。

 ここに連れてこられるとき、罪人ざいにんのような粗末な衣服に着替えさせられた。

 床はき出しの石で、服越しに冷気が伝わってくる。身体の芯まで凍ってしまいそうだ。


 でも、私は思う。妹とふたり、よりそって凍り付いてしまえたなら、今よりずっとしあわせだろうなって。

 お父様も、お母様も、一族の皆も、私たちが静かにいなくなった方が、きっとしあわせなのだ。


「これより、追放の儀式を執り行う」


 追放。

 一族に伝わる儀式の中でも、もっとも罪深い者に対して行われるもののひとつ。

 儀式の開始を告げたのは、一族の長。

 私たちの、実のお父様だ。

 隣にはお母様の姿もある。どこかから呼び寄せたのだろう、見知らぬ魔法使いがいて、他にも数人、大人たちがそろっていた。


 冷たい視線だ。

 それだけで凍り付いてしまいそう。

 でも……もう慣れた。

 だって、生まれたときからそうだったんだもの。


 私たちは双子。

 一族にとって、双子はみ嫌われる存在だ。

 双子は能力と運気をいやおうなく分断し、暴走させ、血筋のバランスを崩し、一族に不利益をもたらす。

 私も妹も信じていないけれど、一族の信仰ではそう決まっているのだ。

 だから、追放。


 国内でも由緒正しい名家の子女であったことが、今日このときから、一族の歴史より消去される。

 もう、どうあってもくつがえせない。

 半分諦めかけている私。だが妹は違った。


「お父様! お母様! 私は納得できません! どうしてねえさまや私が追放されなければならないのですか!」


 石造りの広間に響き渡る妹の声。

 ああ、なんて力強いのだろう。

 だけど、その力強さ、行動力はときとして彼女自身を傷付ける刃となってきた。

 だから私は妹を抱きしめる。お父様やお母様、他の皆の刃から妹を護るために。


「はっきり言葉にしないとわからないか」


 お父様が言った。妹の身体がこわばるのがわかった。


「すでにお前たちにはじゅうぶんなゆうを与えてきた。忌むべき双子とはいえ、我ら一族にふさわしい力を見せることができれば、皆を説得することもできたのだ。しかし実際はどうだ。16歳になった今でさえ、まともな能力を身につけていないではないか」

「それは……っ」


 そのとおりなのだ。


 私も、妹も、一族のなかの落ちこぼれ。

 両親の血を唯一受け継いでいるというだけで生かされてきた。

 だが、それすらも――。


「我が子は、もはやあなたたちだけではなくなったのです」


 お母様が言った。

 私たちの弟が生まれたのがつい最近のこと。跡継ぎができた以上、私たちにはいっぺんの存在価値もなくなったのだ。

 お母様の口調は、お父様以上に冷たかった。

 おいたわしいことだと思う。私たち双子を産んでしまったばかりに、お母様はこれまで辛い思いをされてきたのだ。


 ごめんなさい。お母様。

 ごめんなさい。お父様。

 ごめんなさい。皆。


「こんなの……納得できないよ……ひどすぎるよ……!」


 妹が泣いている。

 ごめんね。もっと私がちゃんとしていれば、あなただけは護れたかもしれないのに。


 魔法使いが近づいてくる。まるで舞踏会で聞いたような靴の音……もしかして女の人?

 床に大きな魔法陣が現れる。

 儀式のときがきたのだ。

 追放魔法はとても難しいものだと聞いた。それをひとりでこなしてしまうなんて、きっとこの魔法使いの人はギフテッド・スキルを持っているに違いない。


 ……うらやましいな。


 妹が泣き叫び、激しくもだえする。私は彼女を抱きしめる腕に力を込めた。

 ダメ。ここで暴れたら、きっと殺される。

 追放魔法でも、待っているのはほぼ死に等しいものだけれど、ほんの少しは希望がある。きっと……希望はある。

 希望、あって欲しい。


 お母様がきびすを返した。


「せめて……忘れていきなさい。ここであったこと、苦しかったことを、すべて……」

「お母様……」


 両親が立ち去っていく。


 魔法陣の輝きが強まった。

 手足の感覚がなくなっていく。音が遠くなり、隣で泣く妹の声も聞こえなくなる。

 視界が真っ白になる。

 頭蓋ずがいの中、脳の中心がパラパラと崩れていくような感覚。

 力が抜けていく。

 もう自分が涙を流しているのかもわからない。


 そうか……これが『自分が失われていく』ことか。


 痛みはない。苦しみも感じない。

 ただ、どうしようもなく――哀しかった。


 これから私たちはどこへ飛ばされるのだろう。

 どうなってしまうのだろう。

 このまま苦痛の記憶だけで終わってしまうのだろうか。

 妹とも離ればなれになってしまうのだろうか。


 つらい。哀しい。切ない。


 誰か――。


 意識を失う寸前、私の心は無意識に本音を吐き出していた。


「誰か私たちを見つけてください。助けて。お願い……」


 

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