60.よりどころは行動原理


 グリフォーさんの許可を得て、ホウマたちを館の中に迎え入れる。

 ミティやステイ、あとミテラが歓声を上げながら猫たちにさっとうした。ホウマが連れてきた猫たちはよほど人慣れしているのか、愛想よく子どもたちに可愛がられにいく。


「こっちの猫さんもふわふわー」


 ミティがホウマに寄ってきた。だが、彼はスルリとかわしてミティを残念がらせた。


「というか、君は精霊なのに、普通の人間にも姿が見えてるじゃないか」


 こそりと話しかけると、ホウマは得意げにヒゲを揺らした。


『僕の本来の力であれば、このくらいワケないさ』


 なるほどなあ。


 俺とアルモアは皆の目を盗むように部屋の隅に移動した。


「それで、急にどうしたんだいホウマ」

『いや、ふたりには世話になったからさ。お礼をしようと思って。はいこれ。僕が作ったお菓子だよ』


 え? 君お菓子作れるの!?

 猫精霊は背負っていた紙袋を俺たちに示した。これも精霊魔法の一種なのか、結んでもいないのに紙袋はホウマの背中にきちんと収まっている。


 アルモアと顔を見合わせ、紙袋を受け取る。中を探ると、チラシに包まれた状態で飴玉が数個、入っていた。

 アルモアが目を丸くする。


「綺麗。水色にけているわ」


 手に取り、灯りにかざす。アルモアの言葉通り、まるで水面をそのまま閉じ込めたような幻想的な美しさだった。

 お菓子と教えられていなければ、魔力を秘めた宝石と勘違いしてしまいそうだ。


『これはね、僕が魔力を込めた水の飴玉だよ。食べれば水分補給だけでなく、魔力補給もできる優れものさ。大変だったんだよ、これ作るの』

「いいのかい、もらっても?」

『そのために持ってきたんだってば。あ、包み紙はそこらに落ちてた適当なやつを使ったから、捨てといてね』

「え、ええ。ありがとう」


 アルモアがあいまいな笑みを浮かべる。

 せっかく綺麗にできているお菓子を、ほこりまみれのゴミで包むとは……やっぱり、人間とちょっと感覚が違うのだろうなあ。

 でも、ありがたくいただこう。


「ん?」


 汚れた包み紙をあらためて見て、俺は目を見開いた。


「これ、エラ・アモの探索者レンジャー試験のチラシ?」

「見せて先生」


 いつの間にかリギンが隣にきていた。

 探索者試験のチラシをじっと見つめている。

 言われるままチラシを手渡すと、リギンはいつもとまったく違う真剣な表情で目を通しはじめた。


『それじゃイスト。僕たちはこれで失礼するよ。頑張って。また遊びに来てね』

「あ、ああ」


 リギンの様子が気になって、ついなまへんをしてしまう。

 ホウマは特に気にする様子もなく、仲間とともにさっさと引き上げていった。さすが、猫だけにアッサリしている。


 猫たちがいなくなってがっかりした様子のメンバーが、今度は俺たちの周りに集まってきた。


「ねえイスト先生。もしかしてさっき、猫ちゃんに話しかけていなかった? アルモアさんも」


 ティララがじとっと視線を向けてくる。俺もアルモアもとぼけて答えなかった。


 盛り上がる子どもたちの中で、ただひとりもくして語らないままのリギン。さすがに気になって、俺は声をかけた。


「どうした。なにか悩みでもあるのか?」

「先生」


 皆の視線が集まる中、リギンはチラシをぎゅっと握りしめた。


「俺……先生と一緒にエラ・アモにいきたい。探索者レンジャー試験、受けてみたいんだ!」

「なんだって」

「お願いだよ! 俺も連れていってくれ! このとおりです!」


 リギンは勢いよく頭を下げた。

 シンと静まり返る。リギンをよく知る子どもたちは、俺以上に衝撃を受けているようだった。


「理由を聞いてもいいかな」


 俺はたずねた。

 しばらく間を開けて、少年は答える。


「俺さ、エルピーダの中でひとりだけなんにもない気がするんだよ。ナーグは強くなるために本気だけど、俺はそこまでじゃないし、グロッザやエーリみたいに得意なことなんてないし、ミティさえやりたいことがあるのに、俺にはないし」


 うつむいたままのリギン。


「なんつーかさ、さっきこの街に残る話になったときさ、皆すげーなって思って。俺だけフラフラして、なんだよって思っちまったんだ」

「……それで?」

「だからさ、俺も皆みたいにやりたいことやってみたいんだ。今まではただ『楽しけりゃいい』って考えてたけど、俺が本当にやりたいことってなんだろうって、さっきずっと考えてたんだ」


 シワの寄ったチラシを丁寧に開く。


「でさ。今、このチラシを見たときに『これだ!』って思ったんだよ。試験を受けて、冒険者になる。これだ、って」

「冒険者になるだけなら、別に試験を受けなくてもいいじゃない。うちエルピーダは冒険者ギルドでもあるんだし」


 ティララが言うと、リギンは目に力を込めて応えた。


「俺はいろんな世界を見て回りたいんだよ! 自分の力で、たくさんの世界を! この試験は、そのために必要なことだと思うんだ!」


 お調子者と思っていた少年が、俺に向き直る。


「お願いだ先生! 危険なのはわかってる。遠くてつらいのもわかってる。でも俺はこの試験を受けたい! 一緒にいかせてくれ!」


 心からのこんがんだった。

 腕を組む。


 ミテラの視線を感じた。「私から言い聞かせようか?」と無言で問いかけてくる。俺は小さく首を横に振った。


 ――エラ・アモでは、ただ試験を受けるだけではない。

 危険は大きい。

 グリフォーさんも同意したように、ここはフィロエ以外の子どもたちを全員残すのが、大人として、孤児院の院長として賢明な選択だ。


 しかし――。


 今、リギンはこれまでの自分を振り返り、新しい道を自ら選び取ろうとしている。彼なりの本気で。彼なりの覚悟を持って。

 それを、ただ危ないからと抑えつけていいのか。

 それにだ。

 シグード支部長の【夢見展望】では、エラ・アモで待ち受けているのは『約束された勝利』のはず。俺たちがうまく立ち回れば、危険は回避できるのではないか。


 残す。

 連れていく。

 どちらにも根拠がある。


 なら、俺がって立つべきところは――。


「わかった」


 子どもたちを助け、育て、自立の手助けをするという、俺の行動原理。

 かつて、まだ成人前だった俺を街へ送り出すことを許してくれた恩師のように。


「一緒にいこう。リギン」

「先生……!」

「ただし、同行するからにはちゃんと試験に受かるように勉強と訓練をおこたらないこと。いいな?」

「ああ! もちろんだ!」

「よろしい。試験には俺も参加しようと思う。一緒に頑張ろうぜ」


 喜色満面、飛び上がって喜ぶリギンを、俺は穏やかな表情で見つめた。


 ……とはいえ。

 ミテラがいない状況で、はたしてどこまで大人しくしていられるか。いちまつの不安はある。

 それをなんとかするのも俺の役目なのだろうが……。


「イスト先生。ひとつ提案」


 ふと、グロッザが挙手をした。


「リギンを連れていくなら、目付役にティララも連れていってはどうかな?」

「私?」


 突然話を振られたティララが驚いて自分を指差す。

 彼女はしばらく考え、浮かれて走り回るリギンをちらりと見遣ると、肩をすくめながら言った。


「仕方ないな。あの状態のリギンを放っておくなんてそれこそ危険だものね」


 それに、と彼女は付け加える。


「まだまだ私はイスト先生から教わることがあるし」

「ティララ……」

「一番熱心な生徒が引き続き教えを請おうというのに、まさか突っぱねるわけはないよね。イスト先生?」


 ぽんぽん、と本を叩く。

 まったく、かなわないな。


「わかった。頼りにしてるよ」

「へへ」


 ティララも嬉しそうに笑った。

 いつも一緒に本を読んでいるメイドさんのところへ一言伝えに走ったティララの後ろ姿を、俺はかんがい深く見た。



◆◇◆



 それから2日後。


「それじゃあ皆、いってきます」


 俺、フィロエ、アルモア、リギン、そしてティララの5人は、グリフォーさん宅の前でエルピーダの面々の見送りを受けた。

 子どもたち同士がひとときの別れの言葉を交わす横で、俺はミテラとグリフォーさんと短い会話をした。すでに必要なことはじゅうぶんやり取りした後である。多くは語らない。


「気をつけて」

「しっかりな」

「ふたりとも、あとはよろしくお願いします」


 ――そして、俺たちを乗せたレーデリアはウィガールースを発った。

 御者台にひとり座りながら、俺はシグード支部長の言葉を思い出していた。

 こっそりと俺にだけ教えてくれた、【夢見展望】の情報――。


「『女性が鍵を握る』……か」


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