54.《スローライフ回》噴水脇の天然猫カフェ


 猫の精霊ホウマの申し出に対し、アルモアが乗り気になった。俺は彼女の好きなようにさせた。

 ホウマに従い、路地裏を歩く。


 最初こそ愛らしい後ろ姿に俺もアルモアも頬を緩ませていたが、やおらホウマが民家のへいに登ったときから雲行きがあやしくなった。


 せ、せまい。

 あ、足場がぇ……。


 家と家の間、物と物のすきうように進む。

 俺とアルモアは互いに手を取り合い、ひぃひぃ言いながらホウマに付いていく。

 ね、猫ってやつは……!


「はぁ……ふぅ……あはは。なにこれ、もうむちゃくちゃ」


 笑い声。

 髪先に砂埃すなぼこりを引っかけながら、アルモアは楽しそうに笑っていた。息が荒いのも、変な姿勢で狭い場所を進むのも、ぜんぶ楽しんでいるように見えた。


 ようやく、そこそこ広い道に出る。

 俺もアルモアも、服が汚れだらけである。こりゃ帰ったらミテラに怒られるな……。


『さっきから気になってたんだけどさあ』


 ホウマが振り返る。俺たちの惨状などどこ吹く風だ。さすが猫。精霊になっても気ままなのね。

 猫の精霊の視線は、アルモアの頭の上に注がれる。


『人間君に乗ってるそのヒト……すごい力を持ってるよね』


 アヴリルのことだ。


『キミ、どうして人間君と一緒にいるの?』

『アルモア、わたしのあるじ』


 ……!?

 いま、アヴリルがしゃべった!?

 まだ舌足らずだが、ちゃんと意思疎通ができている。いつの間に。


『へえ、そうなんだ。人間君……アルモア、だっけ? キミすごいんだね。大精霊レベルを従えるなんて、よほど名の知れた精霊使いなんだろうね』

「そうでもない」


 なぜか俺の方を見る。


「イスト……こっちのオスの方がすごい」

「いや言い方」

『そっかー、人間のオスはイストっていうのかー。アルモア以上だなんてよっぽどだよ。えーと、なんだっけ? 人間でいうと『伝説の勇者』だっけ?』


 ちょっと待った。

 伝説の勇者はこんなところで砂埃にまみれたりしないだろ。


 アルモアは、契約精霊であるアヴリルを胸に抱いた。


「似たようなものだよ」

『にたようなものだよ』


 しゅじゅう仲がよいね!


 アルモアと目が合うなり、彼女は表情を緩めた。俺は気恥ずかしくなった。

 まったく。「心からそう思っています」みたいな顔をされたら、こっちはどう返したらいいかわからないじゃないか……。


「ん? あれ?」


 アルモアから視線を外したひょうに気付く。

 この路地、見覚えがあるぞ。


「バルバの裏じゃないか。いつの間に」

「へえ。それじゃ、あの建物がイストが勤めていたギルドなんだ」

「まあ……そうだな」


 頭をかきながら、俺は建物を見上げた。

 3階建て。何度も何度も見てきた姿。職員として最悪な終わり方をして、嫌な思い出ばかりが残った――。


 あれ?


 なんだろう。思っていたほど、嫌な気持ちにならない。

 理不尽な扱いを受けていた日々がどこかいろせ、遠くにいってしまったような感じがする。


「もう大丈夫そう?」


 静かな声に振り返る。

 アルモアがこちらを見上げていた。さっきまでのやわらかい笑みから、今は少し心配そうな顔に変わっている。


 そこで気がついた。

 アルモアはもしかしたら、「過去は過去だ」と教えたかったのかもしれない。

 だからあえて、俺と一緒にバルバにきた。

 もう大丈夫だと俺に気付かせるために。


「ああ」


 俺はアルモアの頭をなでた。


「すっかり、大丈夫だよ。ありがとう」

「そう」


 口調はそっけない。

 だがそこにはアルモアらしい思いやりがにじんでいた。

 俺はいい仲間を持った。本当に。


『もういいかい? 仲間のまり場はすぐそこなんだけど』


 ホウマが言った。俺たちは再び歩き出す。

 そういえば、バルバの裏口から少し歩いたところに小さな噴水広場があったな。そこ、よく猫がうろうろしていたっけ。


 はたして俺の記憶通り、ホウマが案内した先はその噴水広場であった。

 この日も10匹近い猫たちが思い思いの姿勢でくつろいでいた。


『ようこそ、ボクたちの楽園へ!』


 器用に後ろ足で立ち上がったホウマが音頭おんどを取ると、猫たちはいっせいに鳴きはじめる。


 人間さんだー。

 あのヒト見たことあるよ。

 よろしくー。

 眠ーい。お腹すいたー。


 ――などなど、勝手気ままにしゃべっているのがわかる。


「うそ。猫の言葉がわかる……!」


 アルモアがきょうがくの顔をしている。

 そういえばスキルについて説明してなかったな。


「ギフテッド・スキル【命の心】。動植物の声が聞こえるスキルなんだってさ。お前のスキルだよ、アルモア」

「おお……」


 アルモアは猫たちに近づき、おしゃべりをはじめた。

 白や茶色、黒の毛並みに混じって、銀髪少女が集団に溶け込む。

 本当に動物相手には積極的だなあ。


 噴水のへりに腰かけてその様子を眺めていると、光に包まれた水の玉がフヨフヨと空中を浮きながら目の前までやってきた。


『どうぞイスト。ボク特製の『精霊の水』さ。おいしいよ』

「精霊の水?」

『まあ、この噴水の水にボクが精霊魔法をかけただけなんだけどね』


 ホウマが胸を張る。


『ボクは水を克服したからこそ、こうして精霊でいられるんだよ。すごいでしょ。えへん』

「あはは。じゃ、遠慮なく」


 精霊の水を両手ですくい、口に運ぶ。

 身体の中心をスーッと涼しい風が吹き抜けていくような飲み心地だった。


 おいしい飲み物に、動物たちとの触れ合い。

 なんだか、しゃたカフェで猫の接待を受けているような感じだ。

 すごくなごむ。


「ごちそうさま。おいしかったよ」

『よかった。それでねイスト。ボクが君たちに相談したいのは他ならぬに関してなんだ』


 俺は目をしばたたかせた。

 飲み水なら、そこの噴水でじゅうぶん足りているのでは?


『ボク、ある程度水を操ることができるんだけど、この力で仲間を『雨の冷たさ』から守ってきたんだ。けど、最近どういうわけか、うまく力がでなくてね……。気がつけばさっきみたいに力尽きちゃってるんだよ』

「力が出ない? 体調でも悪いのか?」

『うーん、なんて言ったらいいんだろ。この街にあふれている魔力の質が、ちょっと変わってきたって感じかな。なんか、以前と違う異質な力が混じってる気がするんだ』


 ひげをピクピクと動かしながらホウマがうなる。


 これ、思ったよりも深刻な話なのでは?

 まさかウィガールースの街中でも異変が起こっているなんて。


『ボクの仲間たちはご覧のとおりの数だから、ボクの加護が受けられないとバラバラに生きていくしかない。それは避けたいんだ。そこでねイスト、ボクたち全員が雨風をしのげる場所って、どこか心当たりない? できれば人間に迷惑のかからない場所がいい』


 仲間には人間が苦手な子もいるし、とホウマが付け加える。

 なるほど、それが俺たちへの相談事。


「人間に迷惑がかからない場所、か」


 まっさきに浮かんだのはグリフォーさんの屋敷。

 メイドさんたちは猫の世話もバッチリやってくれそうだが、さすがにそこまで無理をお願いするわけにはいかない。


 レーデリアの中は?

 確かにスペースはじゅうぶんだが、子どもたちとの共同生活にいささか不安がある。


 うーん。人間の迷惑にならないところ……。


「あ」

『なにか思いついた?』


 俺はうなずいた。

 まさかこんな形で下見をするとは思わなかったが。


「ちょっと片付けは必要だけど、無人の建物がひとつあるよ。ちょうど、俺たちはそこへ向かってたところなんだ」


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