44.フィロエの指名


 俺への評価はひとまず置いておくとして。

 とりあえず立派な教室が完成した。


 さっそく子どもたちを集め、授業を行う。

 俺は内心の緊張を隠すように咳払いしてから、できるだけゆっくりと話しはじめる。


「さて、まずはこの社会の成り立ちについてだが――」


 どのような形であれ、世の中に出ていくなら仕組みを知っておくのは大事。

 そう思って、まずは大きな話からはじめたのだけれど。


 まあ、なんだ。学ぶことと教えることは別ってのは当たり前のことで。

 ……聞かれやしない。


 最初こそ興味深そうに顔を上げていたが、やがて飽きてしまった子たち――リギンとかステイとか――から居眠りをはじめてしまう。

 それをとがめたフィロエと彼らの間でプチげんぼっぱつ


 嗚呼ああ、なにもできない俺。


 せっかく机にかじりついて授業内容を考えていたのに、ものの見事にじょうの空論と化してしまった。

 ギルドから持ってきた資料も今のとこ宝の持ちぐされ。


 ぎゃいぎゃいと教室内がヒートアップする中、ティララが教壇までやってきた。


「ダメダメじゃん先生」

「耳が痛い……」

「でも、その。私はイスト先生の話は面白いと思ったわよ。さすが先生は物知りだなって」

「ティララ……」

「それだけ!」


 くるりと背を向け、席に戻る本好きの少女。


 ありがとな。

 俺はまだまだ経験も実力も不足してる。もっと頑張りましょう、だ。

 子どもたちのためにも。


 ただ、今はプライドを捨てます。


「……ミテラ先生。あと頼んだ」

「任されました。大丈夫よイスト君。君ならすぐに慣れるわ」


 俺はミテラと教師役を交代する。

 日頃からエルピーダ孤児院を切り盛りし、子どもたちの面倒を見てきた経験が、ここでいかんなく発揮された。

 あっという間に教室が静かになる。


 皆、ミテラが相手だと妙に大人しい。

 とくに男性陣。


 ――あとで聞いたところだと、怒ったミテラの恐怖は子どもたち全員に共有されているらしい。

 以前、コテンパンにやられたリギンなどは、もはやミテラに頭が上がらないそうだ。


 たしかに、彼女の声には他人をピシッとさせる力があるように思う。

 もしかしたら、それがミテラの生まれ持ったスキルなのかもしれないな。


「さて、と。レーデリア」

『は、はいっ。ただいま!』


 授業の方をミテラに託した俺は、レーデリアを呼んだ。

 実は拡張可能な空間はもう1カ所あるらしいのだ。


 教室とは別の場所にある、やはりなんのへんてつもない壁の前に立つ。


『マスター、次はどんな空間を創るかお決めになりましたか?』

「ああ。手伝ってくれ」

『はい喜んで!』


 ウキウキした様子のレーデリアを胸に抱く。

 そして俺はイメージを膨らませることに集中した。


 今度創る空間は教室よりもさらに広い。にも注意しなければならない。設置する道具も重要だ。

 額に汗を感じながら、ひとつひとつイメージを重ねていく。


 ――あまりに没頭しすぎたためか、時間の経過を忘れていたようだ。

 気がつくと子どもたちに囲まれていた。


「わっ、すごい! 先生がまた新しい部屋をつくってる!」

「なるほど。このためにミテラ先生に代わったんだね」

「うわぁ、広ーい!」


 完成した空間を入口から眺めながら、子どもたちが盛り上がっている。


 フィロエが隣でそでを引いた。


「イストさん、ここは?」

「訓練所さ」


 そう。

 今回創り上げたのは、子どもたちが身体を鍛えるための場所だ。


 まず入口は大きくて頑丈な金属扉にした。内部で精霊魔法をぶっ放しても孤児院まで影響が及ばない耐性付きである。

 内部は教室よりもさらに広い。

 中央は広くスペースと取っている。地面には四角や丸の形に引いた白い線。模擬戦用のリング代わりだ。

 壁際にはしきりを付けて、俺が知る限りのトレーニング機器と、訓練用の武具をそろえた。


「すご……まるでどこかの騎士団の訓練施設みたい」


 知識豊富なティララが言う。

 我ながらうまくできたと思う。


 俺は子どもたちを振り返った。


「ここは戦うための力を身につける場所だ。だから小さな子は俺かミテラがいいと言わなきゃ入っちゃダメだぞ」

「えー!?」

「えーじゃない」

「ぶー!」


 頬を膨らませるミティ。かわいいがさすがにお前はダメ。危ない。


 代わりに勢いよく手を上げたのはリギンだ。


「はいはいはい! イスト先生、俺使っていい? 使っていい?」

「そうだな。リギンと、あとナーグも。お前たち、皆を守れるようしっかり鍛えてくれよ」

「やった! 行こうぜナーグ」

「ふん、俺の方が強くなるからな!」


 男の子だなあ……となまあたたかい目で男性陣を見守る。

 訓練所に飛び込むなりあっちこっち駆け回っているのも、なんというか、あいつららしいなあ。


 ふたりとも、訓練はどうした。


「あの。イストさん」

「フィロエも使うか? もちろんいいぞ。お前はエルピーダ孤児院のエースだからな」

「えへ。イストさんにめられた」


 照れて頬をかくフィロエ。ところがすぐに「じゃなくて」と表情を引き締めた。


「中央の広くあいている場所、あそこで模擬戦ができるんですよね」

「ああ。望むなら、舞台も創るぞ」

「いえ、あのままでいいです。その方が周りからよく見えるし」


 俺は首を傾げる。

 なんだ。緊張しているのか?


 フィロエは俺を見上げた。


「イストさん。模擬戦の相手、私が指名してもいいですか」

「あ、ああ。ここには身内しかいないんだから、遠慮しなくていいぞ」

「では……アルモアさん! よろしくお願いします!」


 ビシィッと威勢良く指を突きつけるフィロエ。


 指名されたアルモアは「え……私?」と明らかに乗り気でなさそうな顔で自分を指差した。


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