第3話:でもやっぱり現実の姫騎士さまは──
***
学校で見かけた岸野は、やっぱりいつもどおりキリリとして、凛々しく美しい姫騎士さまだった。
特に俺は岸野と親しいわけでもないから、遠目に見ていただけだけど、彼女は休み時間も授業中も、凛々しい態度を決して崩さない。
朝に岸野の姿を見た時は、昨日の夢が頭に浮かんでちょっと恥ずかしかったけど、いつもの凛々しい姫騎士さまをみているうちに、夢の中の姿は記憶から薄れてしまった。
そして一日の授業が終わって、さあ帰ろうかとカバンを持ち上げた時に、すぐ近くの席で千原が意地悪な顔をして、黒崎に小声で話しかけるのが目に入った。
「黒崎っていつ見てもダサダサ男だよねぇ」
千原もまあまあ口が悪いな。
千原って女の子は普段は猫を被ってるけど、裏で他人の悪口を言ってるのを見かけたこともある。
昨日は一方的に黒崎が悪者にされていたけど、ホントはお互い様って感じじゃないのか?
黒崎はプチっと切れたような顔になって、千原に言い返した。
「はぁ? なんだよ、このブスっ!」
千原のヤツは昨日のことがあったから、黒崎が言い返してこないと高をくくっていたのだろう。ブスと言われて、さっと顔色が変わった。
「あぁーっ! 黒崎がまたブスって言ったぁ!」
千原は岸野の方に向かって大きな声を上げた。
明らかに姫騎士さまにそのセリフが届くように意図してる。
カバンを持ち上げて帰ろうかとしていた岸野は、またカバンを机の上に置いて黒崎と千原の方にスタスタと歩み寄る。
チェック柄のスカートから伸びる脚がすらりと長くてカッコいい。
「黒崎っ!」
「な、なんだよ?」
「おまえってヤツは、たった一日で約束を破るのか?」
姫騎士さまはいつものように、迫力ある力強い声で黒崎を問い詰める。
「あ、いや……違うよ。千原が俺に『ダサダサ男』なんて言ってきたんだ! おい千原。そっちこそ謝れよ!」
姫騎士さまは「ん?」と小首を傾げて千原を見た。千原は顔を左右にぷるぷると振る。
「そんなこと言ってないしぃーっ!」
「言ったじゃねえか!」
「言ってないしぃー! 黒崎、耳悪いんじゃない?」
「はあっ? このクソ女、ムカつく!」
なんだこいつら。
やっぱ子供のケンカみたいだ。
アホらし。
「ああーっ、またクソ女とか酷いこと言ったぁー! ひっどぉーい! あたし泣くからっ! 絶対に泣くからっ!!」
千原は本当に泣き出しそうな顔で、岸野のブレザーにしがみつく。
その姿を見て、姫騎士さまはキッと黒崎を鋭く睨んだ。
そして細くて白い人差し指を、
「黒崎。またそんな酷いことを言うのか? いい加減にしないと、本当に天誅が下るよ!」
「ひえっ!」
また姫騎士さまの一喝で黒崎は震え上がった。
だけど今の流れを見ると、さすがに黒崎だけが一方的に悪者にされているのはかわいそうだな……
──なんて思いながら黒崎を見ていたのが悪かった。
岸野の視線の圧に耐えきれなかった黒崎が、ふと横を見た時に俺と目が合った。
「おおーい、
黒崎のヤツ、ここでなんと俺の名前を出しやがった。巻き込むのはやめてくれよ。
無視しようとしたけど、黒崎の懇願するような目を見たら、ほっておけなくなってしまった。
こんな子供の喧嘩に口を挟むのは気が進まないけど、黒崎が一方的に悪者にされてるのもかわいそうだ。
「まあまあ皆さん。いがみ合うのはやめようよ。お互いに悪いとこもあるんじゃないの?」
俺が黒崎と岸野の間に入って、二人の顔を交互に見たら、岸野はその美しい顔をちょっと焦ったように歪めた。
「くっ……国定くんは関係ない。口を出すなっ」
うっわ。
今度は俺が怒られた?
急に鋭い口調で言われたから、ちょっと……いや、だいぶんビビったぞ。背筋が震えた。
でもそんなこと言ったって、岸野だって関係ないよな。
そうは思うものの、姫騎士さまはクラスの女子たちから頼られまくっている。正義感の強い彼女は、いつもこうやって女子たちを守ろうとする。
まあそれはそれで、わからなくもないんだけど……
「いや、あの……姫」
「へっ……?」
あ、ヤバいヤバい。
昨日夢の中で散々名前呼びしたから、つい名前で呼んでしまった。
うっわ、岸野は真っ赤な顔して固まっちゃってる。気軽に下の名前を呼ぶなよって、めっちゃ怒ってるに違いねぇー!
「……騎士さま」
「──あ、コホン。なんだ?」
ふぅ、間一髪セーフだ。
姫騎士さまと呼んだ
やべえやべえ。俺だって変なことで姫騎士さまに睨まれたくはない。
「揉めてる当人同士で話し合いをさせたら……いいんじゃないの?」
「そんなわけにはいかない。女子はか弱い存在なのだ。男子の横暴に、一人では立ち向かえない女の子もいるのだから」
姫騎士さまは、今度は鋭い視線を俺に向けてくる。
間近でこれは、やっぱりちょっとビビる。
「あ……いや。千原はか弱くないよね?」
千原だって黒崎に文句を言うくらいだから、決してか弱くない。自分の分が悪くなりそうになったら岸野を頼ってるだけだ。それが姫騎士さまの目に届いていないんじゃないか?
「はぁっ? 国定くんもそんなことを言うのか? 千原さんはか弱い女の子だし、私だって……」
姫騎士さまは俺の言葉によっぽどカチンときたのか、何かを言いかけたが言葉を飲み込んだ。
「と、とにかく。黒崎は女の子にブスなんて絶対に言わないこと。千原さんに謝まるんだ!」
「あ、いや……し、知るかよ!」
黒崎は岸野から視線をそらして、逃げるようにそそくさと教室から出て行ってしまった。それを見て千原も「あ、あたしも帰ろっと」とか言って、カバンを抱えて足早に出て行く。
教室内には、俺と岸野が向き合った形で取り残された。周りのヤツらはざわざわしてるけど、俺たちには何も言ってこない。
目の前に突っ立ってる岸野の顔を改めて見た。
キリッと凛々しい美少女。かなりの美形だ。
そして俺は思う。
──やっぱ夢の中に出てきた岸野は妄想の産物なのだと。
本物の岸野は気が強くて迫力がある。あんな夢の中のように、デレデレすることなんてあり得ない女だ。
こんなに美形なのにもったいない。
「なに? 私の顔に何か付いてる?」
しまった。無意識のうちにボーっと岸野の顔を見ていた。姫騎士さまは不審に思ったんだろう。鋭い圧の視線で睨まれている。
ああ、やっぱちょっと怖えぇな。
「あ、いや……べ、別に。それじゃあ」
変に絡まれるのも嫌なんで、俺は片手をさっと挙げてその場を離れた。
***
しかしその夜──
また夢の中に姫騎士さまが出てきた。
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