圭吾さんのつぶやき

ともみは警戒心が薄すぎると思う。


「じゃあ、出掛けるよ。」

「はーい。」


結婚して数ヶ月。結婚したといっても、付き合っている当時から同棲しているため、俺達の生活はさほど変わらない。俺が先に会社へと出社するため、ともみは玄関で見送りをしてくれる。


「今日は残業ないから。早めに帰って来れると思う。」

「本当?じゃあ、夜ご飯はりきっちゃおうかな。」


料理上手のともみのご飯は、俺の楽しみの一つでもある。


「楽しみにしとくよ。」


ふっと口元で笑みを浮かべると、ともみの後頭部に手をまわす。


「ふふっ。今日も頑張ろうね。」

「あぁ。」


そして、軽くキスを交わす。これは俺の1日のエネルギー源だ。


「じゃあ、行ってきます。」

「行ってらっしゃい。」


甘い朝を名残惜しく感じながら、今日も会社へと足を向ける。






「大島くん、これ頼むよ。」

「はい。」


ともみは部長からの信頼も厚く、部長に頼みごとをされることが多い。仕事はすごく早いってわけではないけれど、遅くもなく正確さに長けている。


「大島先輩、これ。チェックしてください。」

「じゃあ、そこ置いておいて。」


俺達の会社は、夫婦になったからといって部署を異動させられることはないが、公私混同は厳禁で、結婚したことによりどちらかの姓が変わったとしても旧姓を名乗ることになっている。


「あの、ここがちょっと分からなかったんですけど……。」

「え?どれ?」 


みんなからの信頼……いや、人気が。特に男からの人気があるともみは、それに気付いていない。


「えっと、ここです。」


今年入社したばかりの桜井が、書類を覗き込むために近付いたともみを見て、鼻の下を伸ばしている。


俺はいつも、ともみに近付く男がいるたびに、そいつの仕事量をイジメのように増やしてやりたくなる。というか、この部署から追い出したくなる。ともみのこととなると大人になれないし、公私混同しかける俺は、ともみにハマりすぎている。


「大島さん、隣。いいですか?」


お昼の時間になると、大抵の社員が社員食堂に向かう。俺はともみが作ってくれたお弁当があるのだが、デザートが食べたくなって、たまたま社員食堂に顔を出したときだった。ともみはいつも、同じ部署の三枝さんと佐々木さんと一緒に昼ごはんを食べる。


ともみも自分のお弁当があるから社員食堂の必要はないのだが、三枝さん達が必要なため一緒に食堂で食べている。


「どうぞ~。」


ともみは何の気なしに、4人グループの男達を隣に座らせた。全員第二営業部のやつらみたいだが、ともみの元彼である田中は一緒じゃないようだ。


ともみに警戒して欲しいこと。それは、三枝さんと佐々木さんも、人気があるということ。ともみが俺の妻だということは周知の事実なのだが、三枝さんと佐々木さんを狙うやつが多いためともみは必ずそれに巻き込まれている。


「あはは!なにそれー!」


ともみの楽しそうな声が、俺の耳に入ってくる。……さっさとこの場を離れて、とっとと糖分を吸収しよう。





「宮本課長、お疲れ様でした。」

「お疲れ。」


思ったよりも早く仕事が終わり、帰宅の準備をする。早く終わったといっても、超特急で帰って行ったともみには及ばない。


ともみは買い物が終わったくらいかな。時間を確認し、ともみの行動を予想する。早めに帰るとは言ったものの、あんまり早く帰るとともみの料理を急かしてしまうことになるから、給湯室で珈琲を入れて少し一服する。


家で待つともみのことを考えながら飲む珈琲は、世界で一番上手いと思う。


「あれ。まだいらっしゃったんですか?」


三枝さんが給湯室にやって来た。


「あ、あぁ。これ飲んだら帰るよ。三枝さんは?」

「私はこれを置いていたので。」


給湯室にある冷蔵庫から三枝さんが取り出したのは、ケーキが入っているであろう箱だった。


「今日、彼の誕生日なんで。ケーキを手作りしたんです。」


ふふっと笑った三枝さんは、まるで少女のようだ。


「……三枝さんにも彼氏が居るんなら、ともみに君達に近付いてくる男達を追い払ってくれないかな。」


終業後は、少しプライベートな話もする。それに三枝さんは、ともみの親友だ。だから、仕事関係以外の話をすることもある。


「男達?」

「今日、社員食堂で一緒に食べていただろ。」

「え?あぁ、見てらっしゃったんですか。」


ククッと可笑しそうに笑う彼女。三枝さんには、何でもお見通しされている気がする。


「そんなに心配なら、縄で縛っちゃえばいいじゃないですか。」

「心配というか……。いい気分がしない。」


俺だって、ともみと一緒に昼ごはん食べたいし。


「週に1回くらい、お2人で昼ごはんを食べる日を作られたらどうですか?」


三枝さんの言い方は「どうせあなたがともみと一緒に昼ごはんを食べたいだけでしょ」みたいな言い方だった。まさしくその通りであるため、俺は「ぐっ。」と言い淀んだ。


「あーあ。結婚しても熱いお2人、羨ましいですよ。では、お疲れ様でした。」


さすがはともみの友達をやっているだけあって、俺のあしらい方も上手だ。


「お疲れ様。」


三枝さんには、ともみ関係で言い返せることは一生ない気がする。





「また、か。」


家に帰ると、玄関の鍵が開いていた。ともみが料理のことばっかり考えている日は、こういうことが多い。まったく。無用心だ。警戒心のかけらもない。


「ただいま。」

「お帰りなさい。」


玄関のドアの音を聞きつけて、ともみが玄関に走ってくる。その表情はまさに、ニコニコ。表情だけで、俺が帰って来てくれて嬉しいと言ってくれているみたいで、つい俺の顔も綻ぶ。


「ただいま。」

「お帰りなさいっ。」


もう一度いうと、彼女もそれにもう一度答えて、ぎゅうっと抱きついてきてくれた。それだけで、疲れが一気に吹っ飛ぶ。今日のルームウェアは生地が薄いらしく、ともみの体温を感じることができる。


「お腹空いたでしょ?もう少しでできるからね。」

「あぁ。」


ショートパンツから伸びた足は、少しムチムチしていて可愛い。さわり心地がバツグンだ。部屋着に着替えてリビングで寛いでいると、ともみ特製のディナーができあがった。


「今日ね。かぼちゃが安かったから、かぼちゃも入れてみたよ。もうすぐハロウィンでしょ?何かやっちゃう?」


ともみの料理は、季節物が多い。今日はかぼちゃの入った豚汁と、秋刀魚の塩焼き、そして栗ご飯だ。


「ハロウィンかぁ。ともみがコスプレしてくれるだけでいいよ。」

「え?!圭吾さんはやんないの?!」

「なんで俺がやるんだよ。」


ククッと苦笑する。「ともみにコスプレをやってもらったら興奮するだろうな」というただの男の欲望しかないのに、ともみはそれに気付かない。


「えー。2人でやったら、きっと楽しいよぉ?」


……意識的なのか、無意識なのか。ともみは上目遣いをしてくることが多い。可愛すぎるその表情は、本当に反則だと思う。


「じゃあ、ともみが用意しておいてよ。俺はかぼちゃを買ってくるから。」

「ほんと?絶対だからね!」


俺の欲望の塊しかない提案にも気付かず、ともみは嬉しそう。


ともみは本当に警戒心が薄い。それがともみのいいところでもあるのだが、俺としては心配の要素の一つでもある。まぁ、最近はともみも意識的に改善しようと努力してくれているから、以前ほどはひどくはない。


「今日は、新しい入浴剤も買ってきたの。お風呂、楽しみにしててね。」


結婚してからさらに、ともみは楽しそう。やっぱり、同棲と結婚はちょっと違うもんだなぁ、と思う。


第一に、ともみは会社では“大島”って呼ばれているけど、それ以外では“宮本”なんだ。ともみの郵便物が“宮本”の姓で届く度に、俺は嬉しくなる。


「ジャーン。見て!新しいパジャマ!可愛いでしょ?」


別々に入ったお風呂の後の寝室で、ともみは新しいパジャマを俺にお披露目した。それはもう、可愛いってもんじゃない。袖口がふわっとなっている形で、短いワンピース風。下には、上とセットであろう、かぼちゃパンツみたいな短すぎるショーパンを穿いている。


「可愛くはないな。」


ククッと笑いながら、俺はともみをベッドに誘う。


「か、可愛くない?!」


ショックを受けたらしいともみが、俺の腕の中でジタバタし始める。そんなことはお構いなしに、ともみの体をベッドへと沈める。


「……そんなの、可愛くないよ。いやらしすぎて。」


そうともみの耳元で囁けば、ともみの体がゾクゾクしているのが手に取るように分かる。どうせ脱がすんだから、可愛かろうが、俺にはエロくしか見えない。


「ふ、ん。」


甘い声が漏れだしたともみの首元に顔を近づけると、今日の入浴剤だった爽やかなレモンの香りがする。それがまた、俺の男の本能を擽る。


ともみは警戒心が薄すぎると思う。だけどそれは。いつも俺限定であって欲しい。


「ともみ、もう我慢できないから。」


ともみの甘い声も全部、俺のもの。



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