第4章 休日

「ねぇ、圭吾さん。どこから行く?」

「そうだなぁ。」


小春日和の日曜日。私と圭吾さんは、大型ショッピングモールに来ていた。


「とりあえずカーテンから見るか。そろそろ新しいのにしようって言ってたろ。」

「そうだね。今日買わなくても、見るだけ見ておきたいかも。」


私たちはインテリアのお店から見ることにした。


「どれがいい?」

「こういうシンプルなのも俺は好きだけど。」


 圭吾さんが見せてくれたのは、深緑色のカーテンだった。


「いいねぇ。」


圭吾さんと一緒だったら、買い物するのも楽しい。自然と笑顔がこぼれる。それにインテリア類ってなったら、2人の愛の棲家のことだから余計に楽しい。


「んー。でも緑だったらこっちもいいなぁ。」


私が手に取ったのは、新緑を彷彿させる若緑色だ。私達の愛の棲家は、元々圭吾さんが1人暮らしをしていた部屋だから、シックな色で統一されている。だから、カーテンを少し明るめのものにしても良いかもしれないと思ったのだ。


「でも、イエローとかも良いよね。たくさんあると、迷っちゃうね。」

「ともみは欲張りだな。」


ふふっと2人で笑いあう。なんか新婚さんみたい。きっと2人でインテリアを選ぶのも、新婚さんの醍醐味だよね。


そうやって、色んなお店を見ていった。これは、買い物という名のデートなのだ。買う必要が無くても、わざわざお店に入って、ウインドゥショッピングも圭吾さんと一緒なら何倍も楽しい。


「あれ?ともみ?」


そこで、聞き覚えのある声が、私達を追いかけた。


「やっぱりともみだ。休日だから、見間違えたかと思った。」

「陽太。」


吃驚した。まさかこんなところで会うなんて。


「君は、○×商事の森口くんでしたね。ともみと、高校の同級生なんだって?」

「宮本課長、こんにちは。はい。ともみがいつもお世話になっております。」


陽太はいつもの明るい笑顔で、圭吾さんと挨拶をした。


「こちらこそ。」


圭吾さんが一瞬だけムッとした。


「お2人でお買い物ですか?」


そして陽太は、圭吾さんの持っているインテリア屋さんの買い物袋を一瞥する。袋の中には、先ほど買った新緑色のカーテンが入っている。すると、陽太は何か分かったかのように口を開いた。


「あぁ。結婚の準備ですか?」

「まぁ、そんなところです。」


全然違うのに、圭吾さんはそう言った。私の中では勝手に新婚さん気分を満喫していたけれど、今日は単純にカーテンを買い直しただけだったから、私は驚いて圭吾さんの顔を見上げた。


 でも、私の視線もスルーして、圭吾さんは笑顔で陽太と対峙する。


「そうですか。羨ましいです。」


陽太は、寂しそうに笑った。なんだか居た堪れない。


「じ、じゃあ、私達行くから。」

「あ。あぁ。おじさんとおばさんにもよろしくな。あと咲ちゃんにも。」

「うん。じゃあね。」

「では宮本課長。失礼致します。」

「はい。」


それで私達は分かれた。ほんの数分だったけど、私は冷や汗がハンパなかった。


なにあの2人のピリピリした空気!怖かったんですけど!


「……あの男。披露宴にも二次会にも呼ぶなよ。」


滅多に怒らない圭吾さんは、いきなりそんなことを言い出した。


「え?いきなりどうしたの?」


私からすると、全く訳が分からない。2人の会話の中に、何かまずいやりとりでもあっただろうか。それとも、2人とも視線だけでやりとりのできる超能力者なのだろうか。


「アイツが俺をよく思わない気持ちはよく分かる。だけど、社会人としてお祝いの言葉を言うのは常識だろ。」

「あ……。」


そういえば陽太は、言わなかった。私達に。


「別に祝えって言ってるんじゃない。だけど、そういう私情とは別に、社会人として振舞うもんだろ。」


圭吾さんは、陽太の態度にご立腹のようだ。それに対して岩崎さんは最初にお祝いの言葉を言ってくれたなぁ。心の中はどうだったのかはおいといて。


「そうだね。そういえばアシナガオフィスの岩崎さんには、お祝いの言葉頂いたよ。圭吾さん、付き合ってたんでしょ?」


私はそこで、岩崎さんの話を出した。話すならこのタイミングかなって思ったのだ。


「あ?誰から聞いた?」

「岩崎さん本人。しかもまだ圭吾さんのことが好きな風だったよ。」

「…はぁ。そうか。」


圭吾さんは溜め息をついた。


「圭吾さんが岩崎さんに私と婚約すること、教えたんだって言ってたよ。」

「あぁ。」


圭吾さんはめずらしくうんざりした様子を隠さない。岩崎さんとの別れ方、あまりよくなかったのかな?


「私ね。岩崎さんに宣戦布告されちゃった。」

「あ?」


それを聞いた圭吾さんは、とうとう不機嫌そうな声を出した。


「圭吾さんを岩崎さんに譲ってだって。大島さんには他にもいい人がいるでしょうって。」

「はぁ?」


圭吾さんが人をこんなに嫌悪するの、初めて見た。でも仮にも、岩崎さんと付き合ってたんだよね?


「ともみは、何て答えたの?」

「何も答えられなかった。」


すると圭吾さんは、肩眉をあげて理解ができないという顔をした。


「なんで?」


私はその質問に躊躇いながら答えた。


「……だって。私、圭吾さんに心配かけてばっかりだし。圭吾さん以外にいい人はいないけど圭吾さんのことを考えたら、私と結婚して苦労かけちゃうんじゃないかって思って。」


私は続けて「鈍感な私と一緒にいると、疲れるだろうし。」とボソボソ呟いた。


「は?とも…「だけどね。」


私は、圭吾さんの言葉を遮って彼を真っ直ぐ見据えた。


「だけど、違うよね。」


そう。違う。


「圭吾さんは“私”じゃなくて“私と歩く人生”を自分で選んだんだもんね。」


岩崎さんと私、どっちが圭吾さんの人生に相応しいかじゃない。圭吾さんが、誰と人生を歩くと決めたのか。


「それに圭吾さんは、私と結婚しないことの方が、後悔するって言ってくれたのを思い出したの。」

「うん。」

「だからね。私は、岩崎さんのことは大丈夫だよ。」


大丈夫。圭吾さんを信じているから。そして、圭吾さんに愛されている自分を信じているから。


「……岩崎のことは、気にしなくていいから。」

「うん。」

「……買い物、まだする?」

「まだするって?まだカーテンしか買ってないよ。雑貨屋さんにも行きたいし。」

「それさ、今日じゃなきゃダメ?」


せっかくショッピングモールに来てるのに?もしかして、何か用事を思い出したのかな?


「何時までなら買い物して大丈夫なの?」


用事があるなら、それまでに帰らなきゃだよね。


「……今すぐ移動したい。」


え?!今すぐ?!


「……分かった。」


私は不満を漏らしかけたけれど、用事ならしょうがない。とりあえず欲しかったカーテンは買えたし。


私の了承を得ると、圭吾さんは私の右手を取り、さっさと歩き始める。圭吾さんと私じゃ歩幅が全然違うから、必然的に私は小走りになる。そんなに急いで帰らなくちゃいけないの?!


車に乗って、駐車場から出ると、圭吾さんはスイスイと車を走らせた。


「……あれ?圭吾さん、どこに向かっているの?」


圭吾さんが車を走らせる方向は、2人の愛の棲家の方じゃない。


「着けば分かる。」


えぇ?!私も圭吾さんの用事に同行?!いいの?!大丈夫なの?!


私が慌てていることに気付いたのか、圭吾さんはちらりとこちらを伺った。


「なんで慌ててるの?」

「え、だって。なんか用事なんでしょ?」


そりゃ慌てるよ!私、普段着だし!大事な用事に私が居ていいのかも気になる。


「ぶふっ。そっか。用事か。そうだな。用事かもなー。」


すると圭吾さんは、意味の分からないことを言いながら、クスクスと声を弾ませた。


「え?用事じゃないの?!」

「まぁ、用事っちゃ用事かもな。」


さっきまで不機嫌だった圭吾さんが、嘘のように上機嫌だ。


なに?そんなに楽しみな用事なの?でも、そんな用事だったら、買い物に出かける前から教えてくれるはずだし……。


私の不安をよそに、圭吾さんの車はどんどんとどこかへと向かう。


「……圭吾さん、ここになんの用事なの?」

「ん?とっても大事な用事だなぁ。」


目的地へと到着したらしく、圭吾さんはとても上機嫌に車を駐車場に止める。それとは対照的に、私は不機嫌なようななんだかきつねにつままれたような気分になる。


「ともみ、降りるよ。」

「……。」


そもそも、どうしてココに来ることになったのかが分からない。だってさっきまで普通に買い物してたんだよ?


「どうした?」

「こっちが聞きたいよ。どうしていきなりココ?」


圭吾さんが、用事があると言って私を連れてきた場所は、なんと、ラブホテルだった。


「ともみが可愛いから、我慢できないんだもん。」

「っ!」


“もん”って!なにその語尾!圭吾さんがやると破壊力抜群だな!6キュンです!


「……家じゃ、ダメなの?」

「だって家よりココのが近いし。それに、気分を変えるっていうのもアリだろ。」

「……。」


ど、どうしよう。心の準備が……。


「……嫌、か?」


あんなに上機嫌だった圭吾さんだけど、私が車から降りようとしないから、不安そうな声に変わった。


「……嫌、じゃなくて。」


嫌とかじゃない。……嫌とかじゃないんだけど。


「じゃあ、なに?」

「笑わない?」

「笑わないよ。」

「絶対?」

「うん。」


そんなこと言って、絶対笑うと思う。でも、私が戸惑っている理由を正直に話すことにする。


「……私、ラブホテルって、来たことなくて。」

「うん。」

「なんていうか、その……。入る時点で、あのカップル、エッチするんだなって感じじゃないですか?」

「うん。」

「仕組みとかも、よく知らないし。」

「まぁ、来たことないんだからな。」

「それで……。」

「それで?」

「……緊張、しちゃってます……。」


あぁもう。私の顔、今絶対に真っ赤だ。茹蛸状態だ。恥ずかしすぎて、うっすらと目に涙が浮かぶ。


25歳になって初ラブホテル。そりゃあ、どんな仕組みなのか興味はあるし、友達の話を聞く限りすごく面白いらしい。


だけど……だけど!やる気マンマンみたいで、すっごく恥ずかしい!私の顔を見つめて、しばらく硬直した圭吾さんがやっと発した言葉は。


「ともみ。やっぱり早く、中に入ろう。俺、我慢できないわ。」


真顔でそう言われた。


えぇぇ!だから、心の準備が!!


それからの圭吾さんの手際は早かった。外から助手席側のドアに回ると、私をさっさと降ろして左腕を私の腰に回すと、あっという間にラブホテル内へ入った。


部屋をボタンで選んで受付でお金を払うと、部屋の鍵を渡されてエレベーターへと乗り込んだ。そこまでの所要時間約3分。


フロントでは恥ずかしくて一杯一杯だった私だけど、部屋に着くと目を輝かせた。


「わぁ。普通のホテルみたい。」

「どんなの想像してたんだよ。」


照明もピンクなのかと思っていたけど、普通のライトだった。ビジネスホテルよりも広くてちょっと豪華な部屋という印象だ。


「へぇ。」


私は、部屋の隅々を覗いて回る。だって全てが珍しい。


「ラブホテルって、意外と綺麗なんだね。」

「まぁ、入って来た人はほぼセックスしてるけどな。」

「……。」


そう考えると、なんだかこの部屋が無機質に思えた。


「こっちおいで。」


ベッドに座っている圭吾さんが、両手を広げて私を誘う。


「圭吾さんっ。」


私はぴょんっと圭吾さんに抱きついた。


「うおっ。」


家のベッドでは感じられない軋み方だ。私が飛びついたのと同時に、2人一緒になだれ込んだ。


「へへっ。」


圭吾さんの顔が思いもかけず近くて、照れ笑いをしてしまう。


「ともみ。」

「え、待って!お風呂は?」

「……うん。」


圭吾さんは“うん”って言ったくせに、顔をどんどん近づけてくる。


「お風呂。」

「……いいから。」


くいっと後頭部に手を回されると、後は圭吾さんのペースだ。


「我慢できないって言っただろ。」


耳元で痺れるような囁きをされたら、私はもう、全部を圭吾さんに委ねるしかない。



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