第1章 顔合わせ
「圭吾さん、お水飲む?」
「いや、大丈夫。」
緊張で喉をカラカラにさせている私と、さっきからソワソワして落ち着かない圭吾さん。
「私ちょっとお手洗いに行ってくるね。」
お手洗いに入ると、入念に自分の姿をチェックする。
「よしっ。」
洗面台には、紅葉したもみじが水の入った透明なグラスに、ちょこんと浮かべられていた。そのもみじを見て、少しだけ緊張がほぐれる。
「大丈夫。」
もうすぐ寒さも本番の11月。今日は谷口先輩のご実家のレストランで、初めての両家顔合わせだ。谷口先輩の計らいで、昼間の3時間だけお店を貸切にして頂いた。身なりの最終チェックをすると、私は圭吾さんの待つ席へと向かう。
「俺、ちょっと表に出てるよ。」
「大丈夫?寒くない?」
「あぁ。」
まだどちらの家族も着いていないのが落ち着かないのか、圭吾さんはお店の外で待つことにしたらしい。さて、私は何をしてようか。
カランカラン
お店のドアが開く音がして、体がビクッと震える。そして、入って来た人物に目を向けると見慣れた顔ぶれだった。
「ともみ、遅くなっちゃったかしら?」
私の家族、大島家の面々だ。
「ううん。大丈夫だよ。」
お父さん、お母さん、妹の
「圭吾さん。本当に優しい方よねぇ。」
お母さんは、まだ到着しない宮本家を心配して表に立っている圭吾さんをとても気に入っている。
「うん、とっても優しいよ。」
「お姉ちゃん、お父さんの前でノロケたら可哀相だよ。」
咲がお父さんをからかう。
「何でだよ。圭吾くんだったら、安心してお嫁にやれるよ。咲もそんな人を連れて来なさい。」
「えー。」
大学生の咲は、それなりに彼氏も出来たりして、家に連れてきたりしているみたい。だけど、毎回違う彼氏でお父さんはあまり良く思っていないらしい。
「咲ももう10代じゃないんだから、落ち着いてくれなきゃ。」
私がそう言うと、咲はぷうっと頬を膨らませた。いつまでも可愛い妹だけれど、私ももうお嫁に行っちゃうんだから、もっと両親を安心させて欲しいとも思う。
カランカラン
その時、お店のドアの音がして、私の背筋が伸びた。
「こんにちは。」
宮本家のみなさんがやってきたのだ。だけど今日は、3姉弟は来ていない。
「初めまして。」
席に着いていた私の家族も起立して、圭吾さんのご家族を迎える。
「いやぁ、どうも初めまして。」
父親同士は軽い挨拶をしながら、握手を交わした。それが済むと、圭吾さんのお父様が「座りましょうか」と言ってくれたので、全員着席をした。そのタイミングを見計らったかのように、谷口先輩のお母様がお水を配ってくれた。
私の対面に座るのは、圭吾さん。なんだか、むずがゆい感じもするけれど、結婚ってこういうことなんだなって思う。私の家族と圭吾さんのご家族が、親戚になる。
「圭吾さんがお1人でうちに挨拶にみえられた時は、本当に吃驚しましたよ。」
滞りなく両家の顔合わせもすすみ、料理がメインに入って話が弾み始めた頃だった。うちのお父さんがあの時の話を始めた。
そういえばあの日、私は圭吾さんが実家に行ったことすら知らなかったから、当然その時の様子も全然知らなくて私も気になっていた。一体圭吾さんは、どんな挨拶をしたんだろう?
「圭吾が1人で来たんですか?」
圭吾さんのご家族の誰も、そのことは知らなかったみたいで、圭吾さんのお母様が驚いた声を出した。
「はい。すごく、誠実な青年だと感じました。圭吾さんのような青年にともみをお嫁に出せるなんて、父親の私としましても、誇らしい限りです。」
「圭吾は何とご挨拶を?」
圭吾さんのお母様が興味津々だったから、思わず「ナイスクエスチョン!」なんて思ってしまった。
「ちょ、母さん!お義父さんも勘弁してくださいよ……。」
顔を真っ赤にさせている圭吾さんを、パッと見た。今、うちのお父さんのこと“お義父さん”って呼んでくれたよね?!
そんな圭吾さんと目が合って、胸がきゅーんとなる。もう10キュンじゃ、表せません!
「“これから先の僕の人生を、ともみさんと一緒に歩きたいと思っています。ともみさんと結婚前提にお付き合いさせてください”でしたね。」
うちのお母さんが、横槍のように圭吾さんの言葉前文を教えてくれた。そして、なんて感動的な言葉なんだと思った。その場で聞きたかったなぁ。
「はぁ。」
溜め息をついた圭吾さんだけど、表情は全然嫌そうじゃない。困ったような嬉しそうな顔をしている。そんな今日の圭吾さんも、あの日の圭吾さんも誇らしく思えるのは、私のために誠実な態度で居てくれるからだ。こんな人に愛されているなんて、本当にありがたいと思う。
「ともみさんもいつも私達のことを気にかけてくれて。物腰も柔らかで素敵なお嬢さんだといつも感心しています。何より、圭吾のことを大切に想ってくれているのが、よく伝わってきます。」
目尻に皺を寄せながら、私の話を始めたのは……お義父さんだ。そんな風に思ってくれていたなんて、私の心が温かくなった。その後は、結納や結婚式の日取りだとかを大まかに、決めておかなければならないことを話して、無事に両家の顔合わせは終わった。
家に帰りつくと、私と圭吾さんは着替えもせずにソファへと腰を下ろした。
「なんか、気疲れしちゃった。」
「だな。」
二人とも、緊張疲れと言った方が正しいかもしれない。
「でも圭吾さんが1人でうちの実家に行ったときの話しを聞けて、よかったよ。」
「……ともみには内緒だって、お義父さんにも話してあったんだけどな。」
「きっと圭吾さんのこと、自慢したかったんだよ。」
咲から聞いた話によると、うちの実家の近所中に、圭吾さんのことを自慢しまくっているらしい。勘弁して欲しいけど、それくらい圭吾さんがいい男だってことだもんね。
両親が自慢できるくらいの圭吾さんと一緒になろうとすることは、1つの親孝行なのかもしれない。
「とりあえず、大まかに決めることもできたし。一安心だな。これからが大変だろうけど。」
「そうだねぇ。」
結婚式の準備は、マリッジブルーになっちゃうくらい大変だって聞いたことがある。私はおもむろに、こてんと圭吾さんの左肩に頭を預ける。
「いよいよ、だね。」
「だな。」
「圭吾さん、後悔なんてしないでよ。」
「まぁ、それは約束できないな。」
圭吾さんのその言葉に、ガバッと頭を起こして圭吾さんの方を向く。
「なにそれ!ひどい!」
どういうこと?私と結婚したのを後悔して欲しくないって思ってるのに。
「そうか?この先の人生、何があるか分からないんだぞ?ともみだってしわくちゃばばぁになるし、俺だってハゲデブになるかもしれないし。」
「ならないように努力するもん。」
「俺だって努力するよ。でもさ、今の時点で後悔するかどうかなんて、分からないだろ?」
「うん。」
「だから今の俺にハッキリ言えるのは。ともみと結婚して、何かしら後悔してしまったとするだろ?」
「うん。」
「でもそれって、ともみと結婚しなきゃ味わえない後悔だろ?」
「うん?」
「だからさ。」
圭吾さんは大きな両手を広げて、私の体を包み込んだ。
「ともみと結婚しなくてする後悔よりも、幸せな後悔なんだよ。」
なんだかちょっと難しい理論だけど、言いたいことは分かった。私もきっと、圭吾さんと結婚しなかったらすごく後悔しちゃう。
だから、その後悔よりも大きい後悔なんて、きっと無い。圭吾さんは、その後悔に比べたら結婚後の後悔なんて、幸せだと言っているんだよね。
「圭吾さん、愛してる。」
「誘ってんの?」
いつまでも圭吾さんの腕の中でこうしていた。後悔する日が来たとしても、きっとこの日のことを思い出せれば、大丈夫だよね。
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