第24話「奇想天外の策」

※ ※ ※


 謁見の間にて――。


「使者の役目、ご苦労ね。歓迎するわ」


 玉座に踏ん反りかえったルルが、遠く離れた場所でかしこまっているリオナさんに言葉をかけた。


 ふたりの間にはルルの身を護る騎士と魔法使い、そして、外交担当の文官が左右に並んでいる。そして、玉座の左に香苗が、右に俺が寄り添うというような状態だ。


 俺の姿にはリオナさんも気づいたようだが、特に表情を変えることはなかった。


 リオナさんは、まずは「ルル姫様自らお言葉を賜りまして恐悦至極に存じます」と応えて頭を下げる。そして、


「まずは、リリ様の親書をお渡しいたします」


 懐からルートリアの紋章(五芒星っぽいデザインだ)の入った封書を取り出した。


 それを文官が預かり、魔法使いによって魔法的な細工や毒物などが塗布されていないことを確認されたのち、ルルの手元に渡った。


 ルルは手紙を開くと、文面を読んでいく。


 さっきまではポンコツブラコン妹と化していたルルだが今は国を統治する姫の顔になっていた。真剣そのものの表情で手紙を読んでいく。


「……用件はわかったわ。でも、本気?」


 ルルは手紙から顔を上げると、リオナさんに訊ねる。

 リオナさんも顔を上げて、口を開いた。


「本気です。リリ様は、無益な争いを望みません。そして、ミチトさまをこのままヌーラントだけのものにすることをよしともしません。今こそルートリアとヌーラントの二国を合併して新たな国を作るべきです」

「なっ……!?」


 あまりにも突飛な話に、俺は声を上げてしまった。

 それは臣下たちも一緒だ。


「な、なにを言いだすのだ!」

「無礼者! 今すぐ叩きだすのだ!」

「ルートリアはバカしかおらんのか!? 立場を弁えろ!」


 それぞれ驚いたり怒ったり嘲笑ったり困惑したり、さまざまな反応を見せる。

 一方で、リオナさんは落ち着き払っていた。

 リリも見定めるようにリオナさんを見つめる――というよりは、睨みつける。


 やがて、騒然とした臣下たちが静かになる。


 外交とは一種の戦争であるということが――ルルとリオナさんを見ていて感じられた。その静かな迫力は、臣下を完全に黙らせる。

 そして――完全に場が静まり返ったところで、リオナさんは口を開いた。


「……現在、ヌーラントがモンスターの侵攻を受けていることはこちらでも把握しております。侵攻の理由がミチトさまであるということも予想がついております。ミチトさまを奪われた形になったリリ様は最初こそお怒りでしたが、ルル姫様がモンスターたちを引きつけたという意図に気がついてからは深く悩んでおられました。そこで僭越ながら、わたくしが献策いたしました。二国の合併を」

「でも、本当に性急ね。軍事同盟じゃだめなの?」

「それでは、モンスターに侵攻されているヌーラントを助けるだけになってしまいます。ルートリアになんのメリットもありません」


 それは、確かにそうだろう。危機のときだけ軍事同盟を結んで、モンスターを追い返したところで破棄にされたら、ルートリアはただ利用されるだけだ。


「合併っていうけれど、統治者がふたり……というわけにはいかないでしょう?」


 ルルの言葉に、臣下が「そうだそうだ!」「ヌーラントを乗っ取る気か!」などなど、騒ぎ始める。


 だが、ルルがキッと睨むとみな口を噤んだ。


 俺に甘えているときに見せる「妹」のルルと、国を統治する「姫」としてのギャップは、やはりすごいものがある。


 そこで、リオナさんは俺のほうを向きながら、口を開いた。


「新たなる統治者は――ミチトさまに務めていただきます」

「うぇえっ!?」


 奇想天外の策に、俺は変な声を出してしまった。

 俺が、統治者? ……元社畜の俺が!?


「いや、そんな、俺は――っ」

「名案ね」


 即座に否定しようとする俺の言葉を遮るように、ルルは賛同した。


 だが、臣下たちはまた騒然とする。先ほどとは違い、必死だ。

 ルルが乗り気なことに危機感を覚えているようだった。


「ルル様、いけませんっ!」

「ヌーラント皇国の伝統をここで絶やすわけには!」

「これは罠ですっ、ルル様っ」


 さすがにこんな一大事を一気に決めることには抵抗があるのだろう。

 臣下たちの声はいずれもネガティブな反応ばかりだ。


 だが、リオナさんは動揺することなく冷静に外交交渉を続けていく。


「この地にミチトさまが降臨なされたのは天啓でありましょう。ここでミチトさまを巡って両国が争い続ければ、野心のある他国にとってこれほど利益のあることはありません。逆にルートリアとヌーラントが合併してミチトさまを推戴する王国となれば千年続く盤石な国家となりましょう。軍事と内政が揃い、そして、世界で唯一の殿方であるミチト様が統治する国となれば他国はおいそれと侵攻することなどできません。いずれはミチトさまを頂点として、この世界の国々のすべてが統一されることでしょう」


 あまりにもスケールが壮大すぎる。

 ここまでとんでもない規模の話になると、俺としても呆気にとられるばかりだ。


 さっきまであんなに騒いでいた臣下たちも、茫然としている。

 そんな中、ただひとり口元を緩めていた者がいた。


「面白い! 面白いわっ! こんな壮大な策を思いつくような人物はヌーラントにはいなかった! リオナ、あなた、本当にただ者ではないわね!」


 ルルはリオナさんの献策を激賞していた。

 というか、本当にリオナさんの弁舌は卓越していた。


 やたらと話のスケールがでかいのに、不思議な説得力がある。ここまで堂々と言われると、本当にそうすることが一番の正解なんじゃないかと思わされる。


 ……って、このままじゃ、俺が王に担ぎあげられてしまうじゃないかっ!?


「お褒めにあずかり恐悦至極に存じます。ぜひこの策をご採用いただき、千年の繁栄への第一歩を共に踏み出すことができたらと、リリ様を始めルートリアの臣下は願っております」


 美辞麗句を駆使しながら着実に外堀を埋めていく話術。

 さすがルートリア一の知謀の持ち主ということだろうか。


 ……まぁ、一番追い詰められていってるのは俺の気がするのだが……冷や汗を流す俺とは対照的に、ルルのテンションは上がっていく。


「いいわ! 今この瞬間もモンスターたちと戦っているヌーラントの兵のためにも、あたしは決断するわ! お兄ちゃんを――ウドウミチトを国王として推戴する国家をここに樹立する! あたしとリリはそれを支える妹となり、妻になるわ!」


 城内は再び騒然と――いや、そんな生易しいものではなく――怒号と悲鳴と狂乱の坩堝と化した。


「ルル姫様、ご再考ください! なにも今すぐ決めずとも!」

「ああ、なんということだ、ヌーラント皇国が今日終わろうとは!」

「悪夢じゃ! これは悪夢じゃあああ!」


 文官も騎士も老いた魔法使いも全員パニックに陥りかけるが――。


「カナエ、鎮静魔法」


 ルル姫は冷静に香苗に指示を出す。


「は、はいっ、姫様っ」


 香苗は持っていたステッキを振って魔法を発動。

 極度の興奮状態に陥っていた臣下たちを、瞬く間に落ち着かせていった。


「まったく、脳筋が多い軍事国家というのも考えものね」


 自嘲気味に呟きながら、ルル姫は俺のほうに振り向く。


「落ち着いたところで、みんなに問うわ。この合併に反対かしら?  異議があるというのなら、聞くわ」


 静まり返った中で声を上げるものはなかった。


「では、決定ね。今日をもって、ヌーラントとルートリアは合併、お兄ちゃんを王とする国家の誕生よ!」

「……えっ、ちょっ、本気で……?」


 あまりにもスケールが大きすぎる上に急すぎて、頭が追いつかない。

 そんな俺に、リオナさんは真摯な表情で語りかける。


「大丈夫です。全力で支えますから。どちらかの姫が上に立とうとすると波風が立ちます。異世界から召還された救世主のミチトさまだからこそ王になることができるのです。二国と民のため、どうかお力をお貸しください」


 そう言って、リオナさんは頭を下げた。

 こうなると、俺も辞退しにくくなる。


「み、道人くんっ、わ、わたしも微力ながらも、がんばるよっ!」


 そして、香苗も協力姿勢を見せる。


「香苗……」


 色々と不安はあるがルートリアとヌーラント両国のみんなが助け合って生きていけるのなら、それに越したことはない。


「……わかった。みんなの力を貸してくれ」


 元社畜の俺には国王なんて難しいかもしれないが、それでもみんなのためになるなら受け入れるべきだと思った。


 ……まぁ、統治経験のない俺が国王だなんて傀儡みたいなものじゃないかとも思うのが。それでも――それで国がまとまることができるのなら、よしとすべきだ。


「よくぞ、ご決断くださいました。さっそく、リリ様にご報告いたします。そして、国境沿いの宿場まで進出しているルリア様とミーヤ様率いるモンスター討伐軍を進撃させます」


「大役ご苦労様。すでにそこまで準備してから交渉にくるなんて、さすがね。……もし仮にあたしが合併を断ってたら、その軍はこちらの城を襲ってたのかしら?」

「滅相もございません」


 リオナさんはいつもの無表情で即座に否定したが……まさか、そんな両面作戦を考えていたのか?


「……ふふ、冗談よ。でも、本当にリリはいい軍師に恵まれたわね。これから、あなたと一緒にお兄ちゃんを、ミチト国王を支えていけると思うと、心強いわ」

「もったいないお言葉です」


 もしかすると、本当に二段作戦をとるつもりだったのかもしれない。さすがは軍師ということだろうか。


 ともあれ、リオナさんの卓越した外交手腕によって両国は合併することになった。

 やはり、ルートリア一の頭脳の持ち主はダテじゃない。


 しかし……元社畜の俺が国王になるとは……いまだに頭が追いついていかない。


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