第10話「メイドさんとオフロタイム⁉」
※ ※ ※
「ミチト、今日は真にお疲れ様だったのじゃ! 明日は街を案内するので楽しみにしておくのじゃ!」
リリは俺と別れるドアの前でも笑顔を弾けさせた。
なんというか疲れ知らずの子どもを相手しているみたいだ。
あるいは、歳の離れた妹というか、娘と言うか。
そんなリリと結婚とか子作りとか言われると、やはりピンとこないというか、ありえない。
「ああ、楽しみにしておく」
「うむ、それではおやすみなのじゃ!」
手を振るリリに別れを告げて、俺は部屋に入った。
「さて、ミチト様。お風呂にいたしましょう。お背中をお流しいたします」
「えっ、そんな風呂なんてあるんですか? いや、そもそも背中なんて……」
「ミチト様は大事なお客様です。ささ、遠慮なさらずこちらへ」
「ちょ、うわっ、引っ張らないでくださいよ」
俺はそのままリオナさんに部屋の隅に引っ張られる。
なんと、客室の隣に広々とした浴室があった。
「というか、部屋に風呂なんてついてるんですか?」
「もちろんでございます。貴人は命を狙われるものですから大浴場で城のみんなと一緒にお風呂というわけにはまいりません。無論、リリさまの居室にも専用のお風呂があります」
「お湯とか沸かすのはどうやって……」
「魔法がございます」
ああそうだ。つい科学で物事を考えてしまうが、ここはファンタジーの世界なのだ。魔法という科学にも勝るとも劣らぬ便利なものがある。
とかなんとか言っているうちに、リオナさんは俺の服を脱がし始めた。
「っととっ! 風呂はひとりで入りますからっ! リオナさんは自分の部屋で待っててください!」
「いえ、わたくしめは僭越ながらミチトさまのボディガードも兼任しております。そういうわけにはまいりません」
「じゃあ、せめて浴室の外で待っててくださいよ!」
「ここは魔法が当たり前の世界なのですよ? 使い手は限られますが壁を通り抜けたり、ミチト様の影からワープしてくるものがいないとも限りません。……この城にも、おそらく敵国と通じている者もいると思われます。先走った工作員がミチトさまを拐おうとするやもしれません」
「えっ、そんなスパイみたいなのがいるんですか? じゃあ、なぜあんな盛大にパーティを?」
「そんなもの決まってるじゃないですか。リリさまに喜んでいただくためです」
「リリに喜んでもらうため?」
「はい、国王さまが病に倒れ、王女さまも伏せられてから五年。リリさまは日々ずっと民のため国のため身を粉にして働いてまいりました。ですから、召喚の叶った今日この日は盛大に祝ってさしあげたかったのです。あとは工作員の口で裏でひっそりと伝えられて手柄にされるより堂々と知らしめたほうが気持ちいいじゃないですか」
まあ、リリは今日かなり喜んでいたことは俺にもよくわかった。
あの笑顔を見るためならここまで盛大にやった意味はあったのかもしれない。
もうひとつ理由のほうは、リオナさんらしいというか……。
やっぱりこのメイドさん、かなり胆が座っているというか豪快だった。
ただ頭がいいというだけではない。
「そういうわけで、つべこべ言わずにどうぞ浴室へどうぞっ。えいっ」
「うええっ? って、うわあああ!」
下着姿の俺はひょいっとリオナさんに姫様抱っこされてしまい、そのまま浴室に連行された。なんという怪力だ!
「それでは、下もを脱がせますね」
「だーっ! わかったから! 自分で脱ぐから無理矢理はやめてください!」
実力行使されかねないので、俺はリオナさんに背を向けて下着を脱いだ。
……まあ無理矢理よりはマシだ。
この人、有言実行タイプだし。本当に恐ろしいメイドだ。
全裸になった俺は逃げるように浴場に入り、椅子に座った。
続いて、リオナさんも入ってくる。
「それでは体の隅々まで洗わせていただきますね」
「いやさすがに背中まででお願いします!」
真面目な顔してとんでもないことをさらりと言うから困る。
「さすがに冗談です」
冗談だったのか! 俺のピュアな童貞心をもてあそばないでほしい。
「でも背中は流させていただきますね」
結局、俺はそれ以上断ることができずに、ヌメッたボディソープのようなものを塗られて、タオルのようなもので背中をゴシゴシされてしまった。
うん……気持ちいい。
なんか、背中をこすられているだけなのに、異様に気持ちいい。
「ミチトさま、我慢なさらないでくださいね?」
我慢ってなんの我慢だ。
どこまでが冗談でどこまでが本気なのかわからないから困る。
しかも、耳元に息を吹きかけるように訊ねられるのだから、ゾクゾクしてしまう。
「ちなみにこのボディソープのようなものは媚薬です」
「なんてもの塗りたくってんだ!」
「もちろん冗談です」
「…………」
もうなんか、背中を流してもらっているのに精神的に疲れるばかりだった。
そんな俺に対してリオナさんお湯をすくって背中を流してくれる。
「メイドたるもの気持ちのいいお背中流しテクニックを習得するのは基本ですから。ご希望なら媚薬入りボディソープも冗談ではなくご用意いたしますが」
「いや、遠慮しておきます」
このお背中流しテクニックと媚薬をあわされたら、おかしくなりそうなので丁重にお断りする。
この城は貞操観念がぶっ飛んでいる感じの女性が多すぎて困る。
そのあとはリオナさんの申し出をどうにか拒否して自分で体の前部分を洗い、お湯で泡を流し、湯船に浸かった。
しかし、目の前にリオナさんが控えているので心の底からリラックスというわけにもいかない。
「ちなみに、わたしがお風呂に入るときや用事で長時間部屋を離れるときはミーヤさんでも呼んでおきます」
どちらにしろ、貞操的な意味で俺の心が休まる暇はなさそうだった……。
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