第270話 創造 ノ オ時間

 様々な年齢の俺が現れては神と同化して消えた。


 眼帯をはめている俺や、義手の俺、アダルトな俺、なぜか子供の俺がいたり、顔が変わっている俺もいた。


 「なんだこいつら……」

 「全部ファウスト。創造する力や物事の進み方の違いで容姿がバラバラになっている」

 「眼帯や義手は戦闘で負傷したのか。しかし子供がいるのは謎だな」

 「若返りに成功した現実」

 「顔が変わってるのは追っ手を惑わすためか」

 「ファウストらしい」


 並行世界の数だけ俺がいて、マンデイがいて、仲間たちがいるのか。


 しばらく待っていると、ルゥの魔術が消えた。


 「もういないみたいだな」

 「うん」

 「行こうか」

 「うん」


 【創造する力】を行使、神の殻を破り、内部に侵入する。


 「さっきまでの威圧感はないようだ」

 「神の一部がファウストになったから」


 それでも莫大な生命力。


 水のワシル・ド・ミラと初めて会った時も似たような感想を抱いたが、神の存在感はワシルのそれを遥かに凌駕している。


 「化け物だな」

 「うん」


 これだけの力を保有している神からすると俺など羽虫程度にしか思わないだろうな。


 と、エネルギーが収縮し、俺の形になった。


 「君はファウスト。僕と遊びに来た」


 神が、言葉を発した。


 敵意がないことを頭では理解しているのだけど、声を聞いた瞬間に死のイメージに支配されてしまい、まともな思考が出来なくなってしまう。


 「恐怖は、必要ない」


 俺に向かって神が手を掲げると、畏怖はなくなり、心が静まっていった。


 【ホメオスタシス】に似ている。


 こいつはまったく時間をかけず、ほんの一瞬のモーションで、【ホメオスタシス】と同等の効果の物を創造したのか……。


 次元が、違いすぎる。


 「話して、ファウスト」


 神が話すたびに心が委縮する。


 ダメだこれは。


 マンデイがいるからとか、創造する力があるからとか、そういう次元じゃない。存在する舞台のレベルが違いすぎるんだ。


 ギュッと手を握られた。


 マンデイだ。


 「マンデイ。これはダメだ……」

 「話して。神は対話を望んでいる」


 わかってる。そんなことはわかってるんだが、体が動かん。


 ん? 震え? マンデイが震えてる?


 「マンデイ、お前も……」

 「怖い」


 いままで何度もこの子に救われてきたじゃないか。


 肝心なところで委縮してどうする。俺がしっかりしなくてどうする。


 やるんだ。


 「突然の訪問をお許しください。僕の名はファウスト・アスナ・レイブ。あなたが創造した世界の住人で、知の世界に選ばれた男です」

 「知ってる。すべて理解している」


 俺ならいける。心を静めろ。


 相手が神だからなんだ。


 アップセットは俺の特技。格上相手に真価を発揮するのが俺の嘘。


 「嘘はつけないよ、ファウスト」


 おっと。


 心も読まれるわけな。


 騙せないし、嘘も無理。なるほど把握した。


 「君は強いね、ファウスト。もう冷静さを取り戻している」

 「多くを学んできましたので」

 「君がやらなくてはならない状況を経験してきた。アップセットは心の乱れから起こると知っている。最善択は冷静さのなかから生じることを学んできた」

 「その通りです」

 「君に会うのを楽しみにしていた」

 「僕がこの場所に来ることを知っていたのですか?」

 「知の子が君を見つけた。君と僕が会う未来が開けた。君は僕の懊悩と孤独を理解してくれる」

 「僕を買いかぶりすぎでは?」

 「君しかいない」


 神が手を挙げる。


 するとなにもなかった空間から侵略者が現れた。


 「侵略者……」

 「これは僕の感情。一握の懊悩、顕在化した孤独」

 「孤独と懊悩?」

 「僕は独りだった。ずっと独りだった。魂、虫、獣、明暗、知の子らを創造したけど、僕の孤独は癒されなかった」

 「次元が違いすぎた」

 「そう。彼らはそれぞれに世界を造り、力をつけた。けど僕の次元には到達できなかった。唯一、辿り着けることが出来たのが」

 「僕だった」


 パチン。


 神が指を鳴らす。


 「君が知の子と会った、僕の孤独が終わった」


 夜の公園。


 知の世界の管理者と面会した日に、場面が切り替わる。


 インフルエンザの高熱と治療薬のせいで変になった俺がいて、神と呼ばれる俺の友人がいた。


 「偉大なる邂逅だった。あの瞬間が、僕を救った。ありがとう、ファウスト」


 なんだ? つまりどういうこと?


 「これまでに起こったことはすべて、僕があなたに会うための茶番だった、という意味ですか?」

 「僕が孤独と懊悩に苦しんでいたことは事実。君が存在しなければいずれ僕は自分の世界を破壊していた。茶番じゃない。流れるべくして時は流れ、会うべくして僕らは会った」


 ちょっと話が難しくてついていない。


 整理しよう。


 俺が知の管理者に拾われたことにより、俺が偉大な世界の管理者の住む世界に到達する未来が生じた。それは神が操作したことではなく、自然の流れでそうなる予定だった。偉大な世界の神はそれを知っていて……。


 「理由はどうでもいい。なるべくしてなった」

 「僕がこの世界に到達したのは正解だったのですね?」

 「もちろん」

 「わかりました。で、僕はなにをすればいいのです?」

 「お泊り会」

 「はい?」

 「君は知の子に言った。お泊り会をすると。僕はお泊り会がしてみたい」


 えぇっと……。


 「お泊り会をするとどうなるのです?」

 「退屈でなくなる」


 もしかして、神の懊悩って……。


 「退屈が嫌だったんですか?」

 「そう。生命は小さすぎて、お泊り会が出来なかった。退屈だった」


 神が退屈だと感じた時に生じた失望の一部が侵略者になって、それが世界を崩壊させようとしていて、だから俺と神がお泊り会をすることによって、世界は救済されるわけだから……。


 「ふふふ、ははははは」

 「ファウスト?」

 「そんなことかって、思って……」


 いや、そんなもんか。


 好きだから一緒にいる。バカにされたから見返したい。愛した人を失ったから過激になる。友達にお願いされたから世界を救う。


 そんなもんだな、いつも。


 「マンデイ」

 「なに」

 「設計図を頼む」

 「なにを造る」

 「あっ、ちょっと待て」


 そのまえに神に約束させなくては。


 「ちょっといいですか……、えぇっとあなたの名は?」

 「ない」

 「お泊り会をするにはお互いの名を知っていなくてはなりません。名前を決めてください」

 「なぜ」

 「名も知らぬ相手とお泊り会をするなんてありえない。お泊り会は、友達や恋人とするものです。名も知らぬ友達や恋人など存在しない」

 「ファウストが決めていい」

 「僕、ネーミングセンス終わってるけどいいですか?」

 「構わない。ファウストが付けてくれた名前なら」

 「じゃあソウちゃんにしましょう」

 「ソウちゃん?」

 「創造主のソウちゃん。嫌ですか?」

 「嫌じゃない」


 あっ、いいんだ。


 まさか通ると思ってなかった。


 「それではソウちゃん。僕と一つ約束をして欲しい」

 「約束?」

 「これから先は未来を覗き見るの禁止」

 「なぜ」

 「だって知らない方がワクワクするでしょ?」

 「ワクワク……。ちょっと待って。ワクワクを、学ぶ」


 そっか。ソウちゃんはワクワクなんて知らないまま育ったのか……。


 可哀想に。


 「学んだ。ワクワクは、良い。いままでに見た未来の記憶を消す。ワクワクしたい」

 「じゃあ、お泊り会を始めるとしましょう。ソウちゃん、この世界を夜に出来る?」

 「出来る」

 「じゃあ夜にしましょう。ついでに雨と雷と風も準備してください」

 「なぜ?」

 「愚問。その方がワクワクするからに決まってる!」

 「わかった」


 あとは……。


 「よし! マンデイ! 創造のお時間だ」

 「なにを造る」

 「枕だ! お泊り会といったら枕投げ。それと温泉とゲームとポテトチップスとコーラだ!」

 「コーラ?」

 「しゅわしゅわする黒くて甘い飲み物! あっ、ポテトチップスはノリ塩な」

 「ファウスト、楽しそう」


 楽しい? 当然だろ。


 「創造する力ってのはな、マンデイ。誰かを喜ばせようとしている時が、一番楽しいんだ!」

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