第269話 未来

 マンデイの計算上は発電をしつつ前進できる【サンダーバード】だったが、実際に使ってみると思うようにまえに進むことが出来なかった。要因は、俺のメンタル・コントロールの拙さだ。


 一度でもミスをすれば神のエネルギーに呑み込まれてしまう、マンデイも消滅するだろう。前代未聞の魔力の奔流は俺のメンタルをゴリゴリと削っていっていた。


 「ファウスト、冷静になって」

 「わかってる」


 このままでは失敗してしまう。なんとかせねば。


 体がないから【ホメオスタシス】は使えない。


 いや、創造する力も使用できたし、【ホメオスタシス】もあるいは……。


 どちらにせよ、いまから造っている余裕なんぞないか。


 自力で冷静さを取り戻すしかない。


 「おい、ファウスト」


 背後から、よく聞き慣れた男性の声。


 振り返ると、まさかの人物がいた。


 「ヨキさん!? どうしてここに?」

 「俺はお前の知る俺ではない。いいからまえを向け。神に呑まれるぞ」


 ヨキは見慣れないスーツを着用している、俺が創造するジェット系のフライング・スーツとはまったく別のシステムで空を飛んでいるようだ。


 刀を振りかぶり、神の魔力を断絶するヨキ。


 「ファウスト、進め!」

 「はい! ヨキさん!」


 ヨキのお蔭で少し距離が稼げた。さすがはヨキちゃん。


 ブンッ。


 「ファウスト」


 おぉ、今度はマグちゃんか。


 「マグちゃん!」

 「負けなイデ」

 「あぁ、頑張る」


 首筋に針を刺され、毒が注入された感覚がある。


 「マグちゃん、これは?」

 「毒、【声援バイタル・エール】。ファウストの存在ハ以前とハ違うかラ、効ク保証がなイ」

 「効果がなくてもいいさ。気持ちが嬉しい。どうもありがとう」


 体なんてないはずなのに、マグちゃんの毒の注入後から体が軽い気がする。メンタルも落ち着き始めているようだ。


 そして今度はゴマとハク。


 ゴマが神のエネルギーに突進して、俺の進む道を切り開いてくれた。


 「ゴマ! ありがとう! 死ぬなよ!」


 咆哮をあげるゴマ。


 パリパリパリパリ。


 空気が凍り始め、神の魔力の動きが緩やかになった。


 「ハク!」


 まったく世話の焼ける奴だといった感じで俺を見ているハク。


 「感謝するよ女王様!」


 さっさと行け、間抜けが、という表情。


 みんなのお蔭で随分と距離を稼げたし、心の落ち着きもとり戻した。


 最後、もうひと踏ん張りだな。


 俺の脇をなにか速い物体が通り過ぎ、神の魔力を引き割いた。


 そうだな。


 かつての仲間がこれだけいるのだから、リズがいない方がおかしい。


 「ありがとう……、リズ」


 なぜいるはずのない彼らがいる理由。


 アホな俺でも、さすがに気が付く。


 「他の世界線の俺は優秀みたいだな、マンデイ」

 「ファウストは仲間を守るために決断した。その行為がマズかったとは思わない。他の世界線のファウストとは優先順位が違っただけ」


 リズの弾丸が引き裂いてくれた分、神との距離を詰める。


 神のエネルギーのプレッシャーは、離れていた時なんかと比較にならないほど苦しい。


 ぐっ。


 重い……。


 だが冷静に対処すればなんとかいけるはず。


 「負けるな俺!」


 もちろんいるよな。


 「当たり前だ!」


 他の世界線の俺。


 巨大な飛行物体が俺の前方を飛行し、俺が進む道を作ってくれた。


 「ありがとう! 俺!」

 「まだ援軍がいるぞ! 進め!」


 そう言われて後ろを振り向くと、何人も俺がいた。


 複数のマンデイがいて、何頭ものゴマとハクがいて、何匹ものマグちゃんもいる。


 見慣れない顔も……。


 「マンデイ、あれは……」

 「顔の造形的にルゥ」


 魔術陣が展開されたと思うと、空気が歪み、神のエネルギーが後方へと流れていった。


 生まれ変わっても希代の魔術師ル・マウ。あいかわらず化け物じみている。晩年のルゥより精度は低いが、その代わり勢いのようなものがあり、一瞬ではあるが神の魔力にすら拮抗していたようだ。


 だが、それだけの人物だろうと神には勝てない。ルゥの展開した魔術陣は神のエネルギーの流れに、徐々に削れていき、波にさらわれる砂のように、消えてなくなってしまった。


 もしフライングスーツ【サンダーバード】だけなら、俺の存在は傷つき、魔力は空になっていたことだろう。


 ゴマが壁になり、ヨキが斬り、マグちゃんがフォローをして、ハクが凍らせた。リズが撃って、ルゥが魔術を展開。


 どの世界線の俺も、ここまで辿り着いた奴らは仲間に恵まれているし、強い。


 彼らの協力のお陰で俺は、余力を残したまま、先に進むことが出来た。


 神は、卵状のエネルギーの殻の内部に存在していることは知っている。


 俺がここまで乗り越えたのは、神の殻のなかで余分になったエネルギーを放出した波。


 殻のなかの魔力の密度はもっと高く、辛いはず。


 「殻のなかでどれくらい持つだろうな、俺の体」

 「二、三分。それ以上一緒にいると、同化する」

 「同化したらしたで構わんか」

 「なぜ」

 「神の内側から説得できる」

 「ファウストの存在は小さい。声が神まで届かない」

 「でもこれだけの数いたら、なんとかなるんじゃない?」

 「わからない」


 他にアイデアもないし、やってみても……。


 「おい、俺!」


 と、別の世界線の俺が。


 「なに?」

 「お前の考えていることがわかる。お前は俺だからな」

 「それで!?」

 「俺たちが階段になってやる!」

 「階段?」

 「俺たちが先に偉大な神と同化するんだ! 知の神の加護を最も強く受けたお前に、神との対話を任せる」

 「わかった!」

 「俺たちの犠牲を無駄にするなよ! 俺!」

 「最善を尽くす!」


 俺の後から来た俺には、知の神のギフトの効果が薄いのかもしれん。


 「マンデイ! 設計だ!」

 「なにを」

 「神の殻の側面に、安全地帯を創造する! ルゥのゲートを安全地帯に繋げて、他の世界線の俺を神と同化をフォローするんだ!」

 「わかった」

 「たのむ」


 マンデイが設計したのは巨大な箱だった。


 城と発電機を兼任したようなもの。


 「神のエネルギーで破壊される分と、神のエネルギーで修復するぶんを対等にする。ファウスト、早くして、存在が消滅してしまう」

 「おう!」



 【創造する力】



 マンデイは開発者で俺が技術者。


 俺の仕事はマンデイの理想を実現すること。


 本当はディテールまでこだわり抜きたかったのだが、あまり悠長なことをやっていると、マンデイ先生のご指摘通り、俺と言う存在が消えてなくなってしまう。というわけでフライング・スーツ【サンダーバード】に蓄電していた魔力と、簡易の発電機を用いて簡単に創造したのは【無限牢】。


 神のエネルギーで破壊されるのだが、同時に再生。形は流線型、神の圧力を受け流しやすくした。


 このまま作業を続けていれば、自分自身も破壊されてしまいそうだから【無限牢】のなかへ避難。


 ちょっと頑張りすぎた。


 【サンダーバード】もボロボロだし、俺の体の一部も欠損している。


 マンデイの体はなんとか守りきったようだ。


 先程会話した俺は、俺の考えていることがわかると言っていたが、【無限牢】の内部に【ゲート】を繋げるって思いつくだろうか。


 まぁ、信じよう。俺自身を。


 俺はタバコを創造、火をつけて一口吸う。


 「ファウスト、治療する」

 「他の世界線の俺はここに来てくれるかな」

 「来る、そして使命をまっとうする。それがファウスト」

 「だといいが……」


 なんて話をしていると、【ゲート】が繋がった。


 「うあ、俺がタバコ吸ってるよ……」

 「やぁ、俺。あまり褒められた習慣じゃないが、中々便利だよ、これも。もう健康を気にする必要もないんだし」

 「頼むよ、俺。あんたが一番乗りして知の世界の神の恩恵を最も強く受けたんだからさ。最後までしっかりやってくれよ?」

 「任せろ」

 「俺たちは、神と同化すればいいんだな?」

 「ルゥの【ゲート】でこの安全地帯まで飛んで、後は殻の内部へ行けばいい。もうちょっと休憩したら俺が殻に門扉を想像するから」

 「わかった」


 大きく煙を吸って、吐くと火を消した。


 他の世界線の俺はみな非喫煙者のようだし、マナーは守ろう。

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