第267話 其々 ノ 世界線

 新たなるステージ、神の世界に到達して体験したのは、ルーラー・オブ・レイスとの邂逅で感じた智慧以上の莫大な数の情報だった。


 すべての世界の現実、記憶、歴史、感情。


 全知、である。


 実際の出来事だけではなく、少し進路がずれてしまった現実、つまり、並行的な世界の事件まで体験するハメになった。とても処理できる量じゃない。


 「ファウスト」

 「凄いなコレは」

 「見て」

 「なにを」

 「ファウストが知の神と友達になっていなかった現実がある」

 「ちょっと待て。探してみる」


 マンデイは基本的になんでも出来るから、すぐに現状に慣れて、この記憶の大海をすいすいと泳いでみせたが、低スペックの俺にそんな芸当は不可能。


 ゆっくりと進んでいくしかない。


 「見つけた」


 再構成されたのは俺と同じ世界線の、男だった。


 白人男性。職業は俳優。


 「知らない人だ」

 「ファウストと違って改造の幅も広い」


 ちゃんとした個体は俺と違ってしっかりとした改造を施せるようだ。


 「創造、威圧、身体強化、未来の固定」

 「強い」


 創造は俺と同様か……。


 元々強い個体だから成長率はいじる必要がなくて、代わりに威圧と身体強化。そしてなにより。


 「未来の固定……、この能力はなんだろう」

 「そのまま。これから起こる未来を一つ、固定可能。固定している間は、他の未来を選択できず、それなりに魔力の消費も大きい」

 「ザ・チート能力だな。しかもこの人は、生まれつき魔力の保有量が大きいみたいだ」

 「神の改造なしでも身体能力と知能が高い」


 その男は生まれてすぐに拳銃の創造に成功した。俺がちまちまとインナーを創造していた時期かもしれない。


 「両親はアスナとマリナスじゃないんだな」

 「ファウストとこの男は人種が違う」


 時期の差こそばらつきがあるものの、デ・マウが知の世界から勇者が再構成されたことを知り、刺客を派遣した。


 刺客は死の番人ヨークかドミナ・マウの二択。


 「なんて男だ……」

 「強い」


 俺が惨めに逃げまくっていた頃にその男は、銃と身体能力のゴリ押しでヨークを殺してしまった。


 しかしドミナ・マウ、つまりデスターが送られた未来では、さすがにボコボコにされて負けているようだ。


 選ばれた者とそうでない者の違いってやつだろう。


 「でもここまで。最終的な生存率はファウストの方が高かった」


 男はどの世界線でもシャム・ドゥマルトに攻め込んでいる。そしてデ・マウに敗北。


 運よくデ・マウを討ち取った未来でも、虫と揉めて絶命したり、ゴブリンの群れに完敗しているようだ。


 「選ばれた者がうまくやるとは限らない」

 「みたいだな……」


 俺の(if)も覗いてみたが、ここまで辿り着くまでにあったいくつもの試練で命を落としたり、別の結論を出したりと、多様なパターンがあった。


 「この世界線ではヨキを仲間にしていないようだな。レイスに人格を与える段階で失敗している」

 「ルゥにマンデイが殺されてる」


 メロイアンと囁く悪魔が衝突した時だ。


 ヨキがいなかったため、充分にプレッシャーをかけられず、マンデイがやられた。


 マンデイを失った俺は暴走。様々な生物を巻き込んだ大量破壊兵器を運用し、敵もろとも仲間を道連れにしている。


 「見てられんなこりゃ」

 「ファウストは心が弱い」


 まぁ弱小個体ですから……。


 「マンデイを生まなかった世界線もあるぞ」

 「どれも短命」

 「だな。技術もまったく進んでない」


 俺の能力は、仲間を助けるために成長してきた歴史がある。自分のためだけに能力を行使していたら、弱小個体のまま終わっていただろう。


 「色んなことが噛み合って現在があるんだな」

 「そう」


 もしあぁだったらとか、こうだったらとかを見れるのは楽しい。


 俺が生物を創造するという着想に至った時、つまり、知の神の【弥縫的手段】でマグちゃんが生まれたのにも、もしも、が存在していて、俺が最後に会ったのがマクレリア以外の生物であった場合、俺はその生物を出産することになっていたのだ。


 一番衝撃的だったのが、ルゥを生んでいたパターンが存在していたことだろう。


 「嘘だろ」

 「気持ちが悪い」


 ラピット・フライは小さい生物だったから簡単に生み落せたが、人ほどの大きな種族だった場合、要するにルゥを産んだ場面なんかはすっごく気味が悪かった。


 まず、卵のような物を吐き出す。


 よくわからんが受精卵のような状態だろう。


 その状態のルゥを吐き出すと、卵は俺の外皮に付着して、栄養や酸素を吸収し、大きくなっていった。


 若いルゥが味方になるのは心強いが、いくらなんでもグロすぎる。


 「しかしあれだな。ルゥを産んだ世界線は非常に安定している」

 「マグノリアを産んだ現実と同等かそれ以上の生存率」


 やっぱり規格外なんだな。あの爺さん。


 「なんでもありだな。獣の不干渉地帯に逃げなかった未来、デ・マウに捕まった未来、フューリーが死んでる未来もある」

 「うん。ヨークと戦った未来もおもしろい」

 「だが、展開が良くないな」

 「そう」


 ヨークと戦った未来では、誰かが死んだり、俺自身が殺されたりするパターンもあったが、ほとんど精霊のノームの助けを借りてメロイアンに逃げ延びることに成功していた。


 しかしマンデイはいつまで経っても人形のままで、視覚すら獲得できずに終わることがほとんど。


 発電機を創造するなんて着想には到達しないまま、デルアからの刺客にやられたり、囁く悪魔やその他のなにかに殺されたりしていた。


 メロイアンで薬物中毒になっていた世界線では、自分で創造した薬のオーバードーズで死亡。暗殺されたりもしていた。


 「本当にうまくいって良かった」


 あらゆる世界線を観察してみた感想は。


 「マンデイがいるかいないか。そしてマンデイが成長しているかしていないかが鍵になっているみたいだな。マンデイが完成している世界線では生存率が軒並み高い」

 「ファウストを静止する役割はマンデイにしか勤まらない」

 「みたいだな。ありがとう」

 「いい。ファウストと夫婦になっている世界もある」

 「どれどれ」


 俺とマンデイが世界を旅している。


 洋服や食べ物を取り扱う行商をしているようだ。


 「楽しそう」

 「そうだな。あれが理想だった」

 「ニィルがいるかいないかの違い」

 「マジで迷惑な悪魔だったよ。アイツのせいで俺の人生設計が無茶苦茶だ」

 「でも、ニィルがいない世界では、侵略者を最後まで攻略できなかった」


 囁く悪魔が俺を追い詰めたからこそ見えた世界。行き着いた場所。


 それが現在だ。


 「俺はあの淫魔に感謝すべきだったのかもしれんな」

 「好敵手がいるから成長できる」


 このまま(if)の世界に浸っていてもいいが、あいにく俺たちには使命がある。


 「さて、そろそろ行こうか」

 「うん」


 いよいよ(偉大な世界)の神との対面だ。


 「なんか緊張してくる」

 「ファウストはすでに肉体がないから【ホメオスタシス】は使えない」

 「通信機も使用不可能だから、内緒話も出来ないな」

 「相手は全知全能の神。どちらにせよ隠せない」

 

 えらいことになったもんだ。


 ただのヒキニートが神の友達になって、地味で面白味のない冒険をして、そしてさらにデカい神のメンタルケアをしようとしている。


 まったく、バカ気た話だ。


 「なぁマンデイ」

 「なに」

 「もし俺がなにかをやらかしそうになったら止めてくれる?」

 「それがマンデイの仕事」

 「今回も頼むよマンデイ先生」

 「でも、必要ないと思う」

 「なぜ」


 目を細めて微笑むマンデイ。


 「ファウストはいつもタフだった。うまくいかなかった世界線でも、成功した世界線でも、最期まで勇敢に抵抗し続けていた」

 「どの世界線でもわりと卑怯なことばっかやってたけどな」

 「それがファウスト。卑怯で、嘘つきで、裏工作ばかりしている。でも最後には勝つ」


 他の誰でもない、勝利の女神がこう言ってるんだ。


 「そうだな」


 どんな戦いになるかはわからんが、今回も勝たせてもらうとしよう。

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