第261話 コレカラ
「それで、アゼザルは?」
「干物になってしまいました」
「なぜ!」
「おそらくアゼザルはなんらかの自らの能力になにかしらの制約を付けていたのではないでしょうか。自らの命を賭けるのを代償として能力を向上させるような。そして僕が勝手にアゼザルの能力を利用したせいで、そのトリガーを踏んでしまった。本当は彼にはもっと働いてもらう予定だったのですが、こうなってしまっては……」
「デスターなら」
「無理でした。一種の呪いのようなものなんでしょうね。ワト様の檻がなくなっていないことから、アゼザルの与えた影響うんぬんの部分の契約は生きているようですが」
「そうか……」
囁く悪魔もすっかり従順になったもんだ。
「これからのあなたの処遇や侵略者の滅ぼし方についてはすでに決定しています」
「僕はどうなってもいい――」
「知ってます。守りたい相手がいるのですね? 彼らは殺さないし苦しい目に合せたりもしない」
「じゃあ」
「まぁ聞いてください。最後の、物語です」
アゼザルは干物になった。瞬きする間の出来事だ。
体中の水分が一気に蒸発して、骨と皮だけになってしまった。
――へ?
混乱する俺をよそに、すぐに反応したのがマンデイ。
――ファウスト!
――なに?
――ワトの元へ。
――なぜ?
――ファウストは頭が悪い。侵略者はワトが抑えてる。
――あ。
なにがどうなっているのかはわからんが、アゼザルが死んだ。となれば、ワトにも影響があるかもしれない。
どう転んでもいいように、アゼザルが世界に与えた影響は変わらないようにしたはずだが、契約は未知の能力。なにがあるかわからん。術者が消えたらどうなるか、なんて予想できない。
もう囁く悪魔など知るか、と、すぐにワトの元へ飛んだが、侵略者は檻のなかにいて、穏やかな顔の、天使とも悪魔ともとれないような男を食っている最中だった。
――あぁ良かった。外に出て大暴れしているなんてことはなかったようだ。
と、呟いた。すると、絶賛、捕食され中の男が話しかけてきた。
――君は?
前世なら確実にモザイク処理されてるレベルのグロい感じで食べられてるのに、男は平然としている。
――狂鳥と呼ばれている者です。それ、大丈夫なんですか? ワト様ですね?
――なぜ私の名を? それよりちょっと待ってくれるかな? 一回ちゃんと食べられてくるから。
――あっ、はい。
ちゃんと食べられてくるってなかなか意味不明だが、不死身の男の感覚では普通なんだろうな。
――マンデイ。
――なに。
――ニィルが部屋から出たら、捕獲してもらっていい? あの淫魔はもう詰んでるし、いまさら俺の動きがバレたところでどうにもならん。
――わかった。
将棋盤と駒を創造してマクレリアと山崩しで勝負したり、風船を造って落とさずに何回トスできるかゲームをしていると、ワトが復活した。
――あっ、ワト様。
――待たせたな、狂鳥。
――僕のことはファウストと。
――わかった。ファウストと呼ばせてもらおう。
――なんかすごいことになってますね。
――もう何千回も食われた。
――あなたのことはニィルの仲間から聞いてます。なかなかタフなことをやってるみたいですね。
――私が侵略者を抑えれば世界を救える。そう言われた。
――騙されたんですね。
――あぁ。
――侵略者はコントロール出来ない。手当たり次第に近くにいる生物を攻撃して、滅ぼそうとする。敵味方関係なく。目的はニィルと一緒なんだけど、制御できないせいで面倒なことも多々ある。身体能力お化けのフューリーと力の吸収を得意とするルーラー・オブ・レイス、かつて二つの勇者と侵略者が戦闘した。さすがに相手が悪いと判断した当時のニィルの仲間は侵略者に加勢、全滅してしまうという事件がありました。フューリーとルーラー・オブ・レイスが強かったというのもあったでしょうが、おそらく、侵略者の攻撃を受けて命を落とした者もいたはずです。ニィルは考えた。こいつを野放しにしていてはいけない、と。不死身で面倒な侵略者ですが、ワシル・ド・ミラのような圧倒的な攻撃範囲を持っているいるわけではなく、フューリーのようなリーダーシップを発揮するでもない。ルーラー・オブ・レイスのように影響力もなく、僕のようにしたたかでもない。侵略者が世界を潰すには時間がかかりすぎる。
――だから私が……。
――悪い奴ですね、アゼザルは……。ワト様の行動範囲を代償に構築されたその檻は、負のエネルギーが外に漏れないように抑え込む働きをしている。蓄積したエネルギーはいずれワト様の檻の強度を破壊する程に膨れ上がり、全世界に飛散。
――そうだ。
――時限爆弾。囁く悪魔と僕は、本当によく似ている。一つの作戦がうまくいかなくても、次の作戦で目的を達成すればいい。嫌な奴です。
――私が可能な限りこの化け物の体力を奪う。なんとかして負のエネルギーが飛び散るのを防いでみせる。
――無駄ですよワト様。それは僕たちが努力してどうなるレベルのものではない。
――では、指を咥えて眺めているのか!?
――まさか。それは体力を奪ったから弱体化するとか、命を奪ったから死ぬとか、そういうこちら側の常識で動いているものじゃないんですよ。我々の理解の及ばない場所にいる、桁外れに巨大な存在の一部なのです。
――では我々はなにをすれば……。
――僕たち選ばれた勇者が協力して、抑え込むのが理想だったのだと思います。例えばルーラー・オブ・レイスの元まで誘導して半永久的に力を吸い続けるとか、ワシル・ド・ミラと水龍カトマトが協力して、侵略者が活動できなくなるほどの水深に引きずり込んで管理するとか、そういうのを神々は求めていた。しかし囁く悪魔が暗躍し、アゼザルが余計なことをしたせいで複雑になってしまった。
――私のせい、なのか?
――いや、アゼザルのせいですね。いまから僕らは檻のなかのエネルギーを採取、一度拠点に戻り、分析をします。今後の方向性が決定したら囁く悪魔を拘束して終わりですね。ワト様、もう少しだけ、我慢してください。
――私のことは気にしないでいい。ニィルはどうなる。
――わかりません。殺さないつもりではいますが、絶対に殺さないとも断言できない。ワト様の檻がどれくらいの期間もってくれるのかがわからないので。すぐに檻が壊れて負のエネルギーの飛散が起こりそうなら、ニィルやこの森の生物のような危険因子は潰しとかなくちゃいけない。檻の破損に時間がかかりそうなら、ニィルのケアをした後でも侵略者の対策は間に合う。分析の結果次第というところでしょう。
ニィルに近い個体に、拠点に戻ることを伝え、【地下工廠】へ。
早速、檻の内部から収集したエネルギーを分析してみた。
――ワトの檻の強度がわからないからなんとも言えない。
――しかし無暗に触れん。
――不確定な情報が多すぎて、ワトの檻がいつまでもつかは予測の立てようがない。今日かもしれないし、何年も後かもしれない。
――どうしたもんか。
「マンデイと相談して決めました。僕たちは今日この日から、大陸の創造と、侵略者と結合するツールの創造を同時進行ではじめます。もし創造の途中でワト様の檻が壊れて侵略者の負のエネルギーが世界に飛散したら、あちこちで生物が感化されて暴れ出すでしょう。きっと収拾がつかなくなる。甚大な被害でしょうね。ですが、もし僕らが間に合ったら、その時は……。ニィルさん。この世界を頼みます」
「なぜ、僕に……?」
「世界には悪役が必要なのです。あなたは新しく誕生した大陸で、一生、世界中の生物から憎まれながら生きてください。それが、あなたの罰です。本当はマンデイとゆっくり旅をしたかった。洋服屋さんをする予定だったし、テーゼの子供を抱きたかった。でもあなた達のせいでそんな余裕がなくなってしまった。本当は、いますぐにでもあなたを殺してやりたいくらい憎いんだけど。そんなことをしても、誰も幸せにならない」
済んでしまったことは、どうしようもない。
「僕は侵略者と融合し、神と対話してきます。負の感情を減らし、侵略者の元を根絶させてくる。おそらく僕もマンデイもこの世界から消滅するでしょう。ですが僕はしつこい男です。どのような形になっても、あなたを見張り続ける。あなたは世界の脅威となり、嫌われなければならない。そうやって僕がいなくなった世界の均衡を保ち続けるのです」
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