第262話 終活
「それではファウストは……」
「近いうちに僕はマンデイと一緒に死ぬ。大陸の創造は水龍カトマトとの共同プロジェクトにするつもりです。完成し次第、あなたとこの森の生き物には移住してもらうことになるでしょう。食べ物や土地の広さはしっかり確保するので安心してください」
「なぜそこまで……」
「罪滅ぼしかもしれません。いろんな生き物を傷つけてきたから。
ルーラー・オブ・レイスの智慧に触れて、僕は自分がいかに小さな存在だったのかを知った。例え大量のゴブリンの群れを討伐しようと、例え強い魔術師に勝とうと、この広大な土地と長い時間をまえにすれば、僕の存在など無に等しい。僕がどれだけ努力をしようと世界はいずれなくなるのだし、いくら憂いても消滅した世界はいつか再生する。世界は個人の感情や願いなど聞き入れるほど暇じゃない。進むので精一杯なんだ。
僕は、どうせこの世界がなくなると知ったから、自分がちっぽけな生き物だと知れたから、余計に正しくいたいと思うようになったのです。いままでいろんなものを傷つけてきたから、せめて収支をゼロにして人生を終わりにしたい」
「本当に死ぬのか?」
「マンデイの予想では、神に吸収された我々は、しばらく生きていた頃の意思や感情を元に動くらしい。この時期に、神の一部分、つまり世界を創造したことを後悔しする神の気持ちと対峙するわけですが、仮に我々が失敗したら終わりです。創造が間に合わなくても終わり。状況はわりとシビアです」
「……」
「あなたは、この上なく優秀な生物です。目的を達成するためになにをすべきかを、ちゃんと知っている。だからあなたにお願いしたい。僕がいなくなった後の世界をまとめる、絶対的なヒールの役割を」
「僕は、なにを?」
「ただ新大陸で暮らせばいい。狂鳥の命を奪った奴が、合成虫によって魔改造された生き物を引き連れて海の向こうの大陸にいるという状況だけで抑止力になる。無駄な争いはしなくなるでしょう」
「そんなことが可能なのか?」
「先のことなどわかりませんよ。亀仙の予知も案外あてにならなかったし、ルーラー・オブ・レイスと融合することで得た智慧も確実なものではない。もしかすると全部うまくいかずに世界は崩壊するかもしれないし、醜い争いが起こるかもしれません。でも、なんとなくうまくいく気がするんです」
「なんとなく?」
「僕には勝利の女神がついてるから」
「その人形か……」
「マンデイといいます。すでに人形という段階でなく、かといって生物と表現するには、あまりにも能力が高い。僕とマンデイは創造者と創造物という関係性から、家族のような関係性へと移行し、身の半身のような関係へと行きつきました。そして僕たちはあるマインドセットを共有するまでになった」
「マインドセット?」
「この子がいれば全部うまくいく、そう思えるんです。どんな難題が出現しようても、どんな強敵が現れても、僕は考えることを止めないだろうし最期まで抵抗する。マンデイがいる限り、ファウストがいる限り、そういう想いこそが、我々の推進力なのです」
「……」
マンデイがいる限り、俺が負けることはない。
俺がまえを向き続ける限り、マンデイは信じることを止めない。
水の拠点に潜入して水龍カトマトと密会し、今後の方針を伝えた。
新大陸を造ること、水の戦力がニィルとこちら側の衝突を回避すること、そして、俺がした行為を黙秘し続けるという約束を。
通訳がいなかったからマンデイを介しての対話になったが、コミュニケーションに問題はなかった。
自分はいつまで生きているかわからない、とカトマトが言ったので、新大陸とこちら側への行き来を妨害するという姿勢だけ残してくれればいいと伝えた。
なぜお前がしないのだと尋ねられたから、俺は近く死ぬのだと答えた。
大陸を創造するのために大きく海底を変形させる必要があり、海流や環境が変化する可能性があったため、カトマトと連携をとりながらの作業になったが、【微生物の網】によって生み出される莫大なエネルギーと海洋の温度差を利用した発電の開発により、想定よりも早く大陸が完成した。
植物が生きていけるように土地を正常化したり、さまざまな植生を確保し、水の流れを生み出すために高低差をつけたり、木々の移植や、被食者となりうる生物を移住させたりして、生命の循環を造った。
ルーラー・オブ・レイスと融合させたヨキに分裂してもらい、作業に必要な人手を確保しなければならなかったので、最果ての地と新大陸を何度も往復しながらの作業になったために、かなり面倒だったが、やると言った以上はやりきるつもりだった。
が、大陸が満足のいく出来になるまえに、タイムリミットが来てしまった。
「ファウスト、もうもたない」
「みたいだね」
侵略者を抑えていたワトの人格が崩壊しはじめ、檻は湾曲している。内部からの崩壊が間もないこと明らかだった。
大陸の創造から三年が経過した頃だった。
「そろそろ、準備をしなくちゃな」
「うん」
最初は檻の隙間に針を刺してエネルギーを採取、分析していたのだが、大陸の創造着手から半年が経過した頃、針を刺した部位から侵略者のエネルギーが漏れるようになった。自然の摂理を無視するほどのアゼザルの檻ですら、抑えきれなくなっていたのだ。
その時に近くにいたリズが錯乱し、前後不覚になるという事故を経験した俺は、新しく侵略者のエネルギーを採取するのを断念。いままで獲得した情報だけで自らの体を侵略者と同一化させる機構を創造していくしかなくなった。
そして、終わりの時が来た。
「ニィルさん。そろそろお別れしなくてはなりません。忘れられた森の生き物を新大陸に移送しますが、正直に言って完成とは程遠い出来です。苦労することも多いと思いますが、どうか諦めず、統治してください」
「ファウスト……、僕は……」
「あなたなら出来ます。僕を最も苦しめた生き物だから」
「……」
後は、俺がいなくなっても世界が
「リズさん」
「はい」
「エステルに手紙を送って、合流地点を決めました。これからはエステルと行動を共にしてください」
「ファウストさん、私も……」
「ダメです。侵略者と融合するのは僕とマンデイの二人です」
「どうしても、ですか?」
「神との対話は僕らだけでやる」
「いままでだって一緒に戦ってきたじゃないですか!」
「数が多ければどうにかなるという問題じゃないんです。あなたには僕の仲間として、僕の消えた世界を守って欲しい」
「でも……」
「いままで、ありがとう」
「ファウストさん……」
「僕はリズさんには何度も助けられました。僕だけじゃない。あなたの姿勢や生き方に救われる生き物は、きっといるでしょう。この世界のどこかで苦しみ、助けを求める誰かのために、生きてください」
「でも……」
リズならきっとうまくやる。
どんな目に遭っても、ずっと変わらずに優しい子だったんだ。
「ヨキさん、体は破棄していきますが……」
「あぁ」
「これから、どうするつもりですか?」
「なにも決めてない。とりあえずはルーラー・オブ・レイスの元へ行くだろうな」
「ですね。それがいいと思う」
「お前に融合される侵略者が不憫だな」
「ふふふ。まったくその通りですね。神に粘着しまくって、この世界を破壊しようなんて二度と考えないようにさせてやりますよ」
「あぁ。負けるなよ」
「もう何度も経験しました。僕が負けたら終わるなんてシチュエーションは」
「お前ならやれる」
「もちろん。マンデイがいれば僕は無敵です」
ゴマとハクは……。
「ハクはフロスト・ウルフのいる不干渉地帯に、ゴマはガイマンに任せようと思ってる。構わないか?」
……。
ゴマは悲しそうな顔をしていて、ハクは無視を決め込んでいる。
最後までハクは女王様だったし、ゴマは可愛い奴だった。
「マグちゃんのことはマクレリアさんにお願いしてもいいですか?」
「私は構わないけど……」
マグちゃんは……、怒ってる。
「私モ行ク」
「ダメだ」
「何故。マンデイは行クの二」
「マグちゃんは、もっと楽しいことを経験しなくちゃならん。ずっと俺のために頑張ってくれただろう? このまま終わるなんて寂しすぎる」
「マンデイも同ジ」
「マンデイは……。言っても無駄だからな。マグちゃんには俺以外に大切な相手がいるだろう?」
「でモ……」
「これからもマグちゃんは生きるんだ。マクレリアが死ぬまえに言ってたように、恋をして、楽しいことを経験して、生きた証を残す。そして可能なら、俺のことを憶えていて欲しい。マグちゃんが憶えている間は、俺も生きてる気がするからな」
マグちゃんは問題ない。マクレリアがついてるし。
感傷に浸っていたいところだが、生憎、仕事がまだ残っている。メロイアンに今後の指示を出して、最大の功労者に挨拶をして、友達と息子に会って、双子ちゃんを拉致しなくては。
もう時間もない。
急ごう。
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