第255話 天才 マンデイ
先程までは、抵抗しようとする気配をみせていた囁く悪魔だが、俺の拘束具に穴がないと観念したようだ。しおらしくなった。
「そういえば、ニィルさん。あなたが利用していた虫の不干渉地帯ですが、もう僕が管理して再生をはじめてますよ」
「もう、なにを聞いても驚かん」
「ですね。一々驚いてたら寿命が縮まっちゃう」
「なぁ狂鳥」
「なんです」
「俺を殺すつもりなら早くやれ。お前がしたことになど興味がない」
「殺すか生かすかはあなたの出方次第です。そして、あなたがどう行動するかを選択するにあたって、僕のやって来たことは判断材料になる」
「なにを言っている」
「あなたには大きく分けて二つの道があります。一つはデスターの操り人形になり、なんの喜びもなくただ生きる。もう一つは僕の指示に従いながら余生を過ごす」
「断る」
「そんな権利があると思っているのですか?」
「俺は誰にも縛られない」
「では、デスターの
「構わん! 侵略者がいる限り、俺の理想は
いかん、なんだか可哀想になってきた。
「この事実を伝えるのは非常に心苦しいのですが、侵略者はすでに攻略しています」
「なん、だと? あれは不死身の化け物だぞ!」
「いえ、あれは簡単な指示に従うエネルギー体です」
「エネルギー体?」
「えぇ、僕たちとは次元の違う世界に住む、いわゆる神の感情の一部ですね。僕は創造する力を得てからずっとエネルギーについて調べ、エネルギー関連の物を造って来ました。つまり侵略者は僕の専門分野なんですよ」
「そんな……、バカな……」
「本当にバカみたいな能力ですよね。普通に使おうとすればただの産廃なのに、経験や知識が積み重なれば魔王すら圧倒できる。いや、いまとなっては僕が魔王みたいなものか……。さて、続けましょうか」
【ホメオスタシス】の揺り返し後、まっさきに着手したのは、従来とは違う発電機の創造だった。
水力発電や風力発電のように目立った建造物を建てずに、いままで以上の発電量を目指す。夢物語のような話だが、アイデアだけはあった。
天体を覆うネットを創造し、この星に降り注ぐすべての光線をエネルギーに変換する発電機、ダイソン殻の創造だ。
以前マンデイにダイソン殻を現実化するように指示を出していたから、ゼロからのスタートでもない。
最初こそ、一つ一つのパーツを創造して超高高度で組み立てる方式をイメージしていたのだが、そんなチマチマと創造していたのでは完成がいつになるかわからん。
――と、いうことでマンデイ。生命の循環を創造してみようと思う。
――循環?
――うん、あらゆる生物の生息域の遥か上空に生息する、比重の軽い生物を創造するんだ。光と有機物、水で増殖する疑似生物を。小さな生命体が集まって大きな体になるみたいな生き物がいるじゃんか。イメージとしては、あんな感じかな。増えすぎてすべての光を遮ったらまずいから、なんらかの策が必要だろう。俺の出す合図、刺激で刺激で活性化。近くにある光をすべて吸収するくらいの力があれば、一度の発電で、いままでの発電機のひと月分くらいのエネルギーが確保できないだろうか。そして、彼らのエネルギー源になる生き物の創造する。地上で繁殖して、成長すると上空に浮かんでいくような生き物だ。デザインできそう?
――やってみる。
約二カ月間、俺とマンデイは寝る間も惜しんで研究を続け、ついにダイソン殻を造り上げることに成功した。
創造したのは二種類の疑似生物と一種類の菌類である。
まず核になるのは【雪虫】という生物であり、これは腐肉や腐葉土を食い、限りなく比重が軽い卵とごく一般的な卵の二種類を産卵する。地上に産み落とされた卵は普通の生物のように孵化して、【雪虫】の個体を増やしていく。比重の軽い卵はいくつかの塊になって上空へと浮かんでいき、空の虫のエサとなる。名前の由来は産卵された卵が雪のようにフワフワと空に浮かんでいくからだ。
次に上空に創造したのが【天棲虫】。読んで字のごとく空の上で生息し、直径三メートルほどの六角形、ハニカム構造状に結合していく虫である。光を栄養源にしているのだが、彼らが生息、繁殖していくうえで必要なエネルギーは微々たるものであり、地上への影響はほとんどない。しかし生命の危機を感じると急激に活性化、周囲の光を際限なく吸収して、自己修復をしようとする。そして余分な電気を地上に放出。
最後に創造したのが、この星を帯電質に変える疑似菌類【地虫】である。これは俺がいままで創造した発電機と結合させて地下に網を張るように生息域を伸ばしていく。そして【天棲虫】が放出したエネルギーは、世界中の地下に根を張った【地虫】により受信され、【
生態系を壊さないように最大限の配慮はしたつもりだが、それでも新しい生物を生み出すと、どうしてもエサの確保が難しくなる生物が出てくる。断腸の思いではあったが、今後のことも考えたら必要な犠牲だった。
俺の能力は世界のバランスを簡単に壊してしまう。俺が手を加えることで、メロイアンの再生のような通常では考えられないような奇跡を起こすことが出来る。しかし、俺がいる世界は、どう考えても不健全だ。
俺の技術を持つ集団と、そうでない集団では戦力に雲泥の差がでるだろう。狂鳥に愛された土地だけが発展し、そうでない地域は衰退する。そんな姿を健全とは呼ばない。
今後は世間から離れ、ひっそりと生きていくつもりだ。とはいえ囁く悪魔のような輩が出現しないとも限らない。
俺には必要だった。この不毛な争いに終止符を打ち、いつでも好きな時に使え、かつ強力な発電機が。
【
地下と天空に張り巡らされた生物の網による発電、送電技術。これが、狂った鳥が最後に世界のバランスを崩壊させる物になる。
さすがにニィルが驚いてるな。あんまり興奮すると揺り返しが怖いぞ?
「【
「……」
「【微生物の網】を創造している時に、うちの天才マンデイ大先生が様々な波長の電磁波を発見しましてね。そのなかには生物を遺伝子レベルで損傷させる波長を見つけたんですよ。ついでだから空からピンポイントでその電磁波をぶつける兵器も造ってみました。天才の物語はまだ終わりません。波長や送電の研究をしている時にマンデイは、物体には固有の振動率があることを発見しました。その結果、離れた場所から物を壊す振動兵器、そして地震兵器、生体を内部から破壊する兵器を生み出すことに成功。ちょっと緻密な計算が必要ですがいまの僕は自由に地震を起こし、火山を噴火させ、津波を引き起こせます」
「なにを言ってるんだお前は……」
「そのままです。【微生物の網】を用いれば、三日で世界を崩壊させることが出来る」
「三日……」
「僕が死んで三か月経過した時点で、忘れられた森のあなたの拠点に住む生物を皆殺しにする手段はいくつもありました。先程話した電磁波兵器は、ここら一帯を数千年間ものあいだ禁足地にしてしまうが、住んでいる生物は一匹残らず死に絶える。それにこの地は毒を持つ生物が多く、周囲に生物境界線があるのです。森の内と外では生物相がまったく違う。それを利用して感染症をばらまいてもいい。でもそれでは僕の美学に反する。罪のない生物の命を奪うのは心苦しいから」
「いつでも、俺を殺せたのか」
「ですです。ここまで造ってしまったら後は楽でした。殺したいタイミング、それもいくつかの手段でニィルさんを殺せるという状況は、僕の心の負担を軽くしてくれましたよ」
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