第244話 甘イ 嘘
ランダー・ファミリーのウォルター・ランダーが建てたという難民用の建物は、他ではちょっとお目にかかれないような代物だ。
材質も違えば、頑丈さも、快適さもまったく違う。そしてなにより、裏切り者を炙り出すシステムがある。
「ネズミは?」
「いない」
各部屋の壁、床、天井裏にネズミの獣人専用の通路があるようなのだ。
それが判明するまえは、同胞が何人かウォルター・ランダーの手によって処刑された。
「最終報告だ。受け取れ」
「ご苦労。近くメロイアンで大規模な暴動を起こす。それまでは待機しろ」
「わかった」
俺は、最終報告書に記されている内容を思い出した。
1,メロイアン・コネクションのサカが行っていたテストは、狂鳥の死によって【微生物】なる物の確保が不可能になったため、現在は、ウォルター・ランダーの原始的な拷問により、情報の引き出しを行なっている。だが、自死用の丸薬の使用にて、こちら側の情報は漏れていない。
2,狂鳥ファウスト・アスナ・レイブとその仲間の死は揺るぎない。約半年もの間まったく姿を現さず、サカ、レナード・M、明暗の代表者であるエステルによる遺骨の再鑑定の結果も
3,メロイアンの実質的な指導者は、ウォルター・ランダーでもなく、スコット・フィル・バーチェットでもなく、サカでもなく、ネズミの獣人である。三大組織のトップは、ネズミの
4,暴動から、メロイアンの防衛機能を停止させるためには、もっと戦力がいる。警戒すべきは人狼のガスパール、ネズミの獣人の連携であり、優先度も高い。
5,昨今の空の異常現象の原因はメロイアンであると考えるのは難しい。囁く悪魔が主張するように狂鳥や、狂鳥が造りだした物が引き起こしたという確たる証拠はなく、またネズミの獣人の関与も判明せず。
「おっと、まただな。これで何度目だ……」
「一週に一度くらいのペースだ」
昼だというのに、空が暗くなる現象。それがここひと月の間に頻発している。世界が終わりに近づいているのだと主張する者もいれば、狂鳥を殺した呪いだという者も現れはじめた。
「なぁ、ちょっと話をしないか?」
「なんだ」
「メロイアンの住民はみんな幸せそうだ」
「だからどうした」
「囁く悪魔が言うように、相手から奪ったり、世界を浄化せずともメロイアンのような街を作っていくことは不可能じゃないんじゃないだろうか」
「……」
「突然、昼に現れる暗闇は、俺たちが間違ったことをしているから起こる天罰だとしたらどうた。狂鳥を殺し、メロイアンを攻めようとしている俺たちは……」
「妙なことを考えるな」
「わ、わかってるよ」
実は俺も考えていた。
高度な社会システムと、豊富な食糧。あらゆる生物が争うことなく普通に共存していて、罪さえ犯さなければ、どのような趣味、趣向も許される。住民たちはみな一様に満たされたような顔をしていて、狂鳥を殺されたことによって心に傷を負った者すら、すでに立ち直り、まえに進みはじめているようだ。
この街にはすべてがある。心や体の傷を癒す療養所や浴場、自助団体。立場関係なく裁き、罰を与える司法制度。差別もなく、食糧もある。
ここは地獄か天国か。
メロイアンの入り口で目にした看板だ。かつてこの街は極道、暴力、酒、性産業、悪い薬が支配する荒んだ街だった。しかしいまは違う。この街を潰した後に築かれる不確定な救いにすがるより、現状、恵まれない場所をメロイアンに近付ける取り組みをした方が、よっぽど有意義だと思えてくる。
我々草原の民がひたすらに強さを求めたのは、他部族やデルアとの争いに備えてのものだった。だがメロイアンのように食糧に恵まれ、病にすら打ち勝て、みなが現状に満足して生活しているのならば、そもそも争いなどは起こらない。
囁く悪魔の考えは、自分に従った者だけが、後に、広い土地と多くの物を手に入れることが出来る。多くを得た者は争わない、だ。
狂鳥と囁く悪魔。
はたして、どちらの理想が正しいのだろうか。
仮に生物がいなくなったとしても、広くなった土地で、また新たな争いが起こるのでは……。
コンコン
ドアがノックされた。
「誰だ」
「ランダー・ファミリーの者だ。開けるぞ?」
「構わない」
部屋に入ってきたのは、数人の男だった。
「ウォルター様がお呼びだ。すぐに準備をしろ」
ウォルター・ランダーが? いったいなんの用だ。ネズミの気配はなかったはずだが……。
「なにが目的なんだ」
「そう警戒するな。お前は草原の民だな?」
「あぁ」
「お前たちは顔を見たらすぐにわかる。そう睨むな。俺も詳しくは聞いてないが、大戦以降メロイアンに移住してきた生き物すべてを対象に聞き取り調査をするそうだ。なに、形式的なものさ」
「……、わかった」
俺たちはランダー・ファミリーの男の指示に従った。
向かった先は、療養所だ。集まっているのはランダー・ファミリーの男が言ったように大戦の後に移住してきた住民のようで、見知った顔もある。
「おい、ここでなにをするつもりなんだ」
嫌な予感がしてきた。近くにいたネズミの獣人に尋ねてみると。
「メロイアンに感染症が広がっているようなのです。性接触で感染するということだけはわかっているのですが、他はさっぱり。大戦後より患者が増えているのは間違いないので、移住者のなかに病を広めた者がいるのではないかとサカ様はお考えになったのですね、はい」
「なるほど病を広めた者を処刑するのか」
「処刑? まさか! 病んだ生き物は治療するに限ります」
「そうか」
「検査をスムーズに進めるために下着姿になり、荷物は名前を書いた札を張ってここに置いて下さい。あっ、読み書きは出来ますか?」
「いや、出来ない」
「では私が。お名前と出身をお教え願えますか?」
「ハート・マリー・ドルワジだ」
「ハート……、マリー……、ドルワジ……っと。出身は……、草原ですね?」
「あぁ」
「荷物のなかに貴重品はありませんか?」
「ない」
「それでは、ここで待機をしておいて下さい。順番が来たらお呼びします」
移住者たちはみな、呑気な顔をしている。半年の間に親交を深めた者が肩を組んで話をしていたり、「性病を広めたのはお前じゃないのか」など会話をして盛り上がっている集団もいる始末だ。
さっき感じた嫌な予感は誤りだったのかもしれない……。
「おい、ハート」
「なんだ」
「万一のことがある。毒は?」
「ある」
「情報を漏らすくらいなら毒を噛め。仲間の足は引っ張るなよ」
「わかってる」
俺の順番が来るまで、周囲を観察していたが、目立った変化はない。もし潜入者を探すのが目的なら、部屋の奥から叫び声やなんらかのシグナルが送られてくるはず。すでに何人かの仲間が入っていったが、なんの兆候もないのだから、これは本当に病気の検査なのだろう。
「次、ハートさん」
「あぁ」
そう言われて扉を開いた。
まず、ネズミの獣人が集まってきて、身体検査をされる。
「危険物はないようですね。一応、口のなかも見させて頂けますか?」
「あぁ」
俺は素早く、自害用の毒は見せないように歯の裏に隠す。
「はい、バッチリです。では次の部屋にどうぞ」
ネズミの獣人に促されて入った部屋には、なんとも気持ちの悪い、甘ったるいような臭いが充満していた。そこにいたのは。
「サカ……」
「ハート。ドルワジね。はい、深呼吸をして」
「なんなんだ……、この部屋の臭いは……」
「さて、なんでしょう。どうしたの? 眠たそうだけど」
「一つ、質問してもいいかしら。あなた、囁く悪魔の仲間?」
「あぁ、そうだ。俺は……」
口が勝手に……。
とっさに毒を噛んだ。
「無駄よ、ハート。その毒はもう解析してある」
クソ。
クソっ!
「解毒してあげるわ」
「貴様……」
「メロイアンを再建させた男はね。嘘の天才だったの。テストに使用する微生物は、私やネズミちゃんの力だけで増せる。普通に考えればわかることよね。ファウストが虫に遠征に行っている時もテストは行われていたんだから。でも半年もの間、実際にテストが行われない、しかも警戒しなくてはならない難民にすらテストをしなかったら、嘘に説得力が出てくる。ちょっと考えればわかる甘い嘘を、あなたたちは信じた」
「クソ……、女……」
「ファウストはいつも大胆な嘘をついた。繊細な嘘も、そして甘い嘘も」
「はぁ、はぁ」
サカは不気味に口角を上げた。
「ファウストに育てられた私たちも、嘘吐きなのよ」
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