第228話 草原 ノ 魂
ル・マウの魔術による予測外の急襲。ファウストも本来この手の攻撃が得意としている。
いつもやってることを敵にやられると、こうも崩れるものなのだな。
段違いだ。
水の魔女が動き出した、というところか。
「ヨキ!」
「マグノリア、ファウストは?」
「怪我ノ治療ヲしていル」
怪我?
敵にはル・マウもいるし、そもそもあの男自体が不注意だ。ある程度のリスクはあると思っていたが、動けないほどの重傷を負ったか。
「助かるのか?」
ことと次第によっては俺が出ていかんこともないが……。
「マンデイとエステルが付いテいル」
「その二人なら万が一にもないな」
「うン。ルゥを止めないト」
「あぁ。俺もすぐに向かう」
まだ体に力が残っているうちに、ル・マウの体を吸収しておきたい。だが水の壁を放置しておけば、間違いなく街は壊滅状態になるだろう。
脅威はそれだけではない。
まずは正確に把握しなくては。
【分化】
レイスの体を細かく分けて街中に分散させた。そしてすぐに集める。
草原の民、巨人、数匹の
巨人はメロイアン市民が、ヨークの率いる草原の民は、俺がいない間にファウストがこちら側に引き込んだと思われる別の草原の民の集団が相手をしている。懐かしい顔もあるようだ。
だが合成獣は難しいな。
獣の扱いに慣れているメロイアン市民ではあるが、いくつかの生き物の特徴をもつ合成獣には通常の狩りの経験は生かしにくい。
誰かが止めねば。
「マグノリア、ル・マウを攻撃するフリをして注意を引け。これ以上【ゲート】を使わせるな。時間を稼ぐんだ」
「わかっタ」
にしてもファウストはなにをしてるんだ。怪我をしていたとしてもエステルの治癒魔法であれば、すぐに快癒、戦線に復帰できるはず。
ここまで状況が悪化するまで奴が沈黙している理由はなんだ。
ゴゴゴゴゴ
街を呑み込むように高くそびえ立った水の壁が、崩れ落ちた。
考えてもはじまらんか。
「ヨキ様! すぐに避難を! 大規模な水魔法が来ます! 地下のシェルターに!」
どこからか、ひょっこり顔を出したネズミの獣人が言った。
まだメロイアンには草原の民も合成獣も巨人も残っている。
囁く悪魔、ふざけた奴だ。
仲間ごと濁流に呑み込むつもりか。
「おい、仲間に伝えろ」
「な、なんでしょうかヨキ様」
気に食わんな。
「避難をする必要はない。デルア北部に水の魔法の得意な者を集めろ。数で押し切るんだ」
「しかしあの規模をの魔法を……」
俺はいままさに崩れようとしている水の壁に手を伸ばす。すると巨大な水の塊は、俺の手から放たれた魔力に反応して、ピタリと動きを止めた。
「と、とまった?」
「伝えろ。俺一人で抑えられる水を、貴様らメロイアンの者は束になっても対処できないのかと」
「は、はい!」
「水の魔法が得意な者、泳ぎが巧みな者をメロイアン北部に集めろ。急げよ? いまの俺は力を使えば使うほど弱くなる。本当に勝つつもりでいるのなら、あまり俺を消耗させるな」
「はい! ただいま!」
本格的なル・マウとの戦闘になるまえに、少しでも魔力を温存し、敵を喰らい、力を蓄えねば。
体を二分の一に分化し、その一つにヨナの残留思念を混ぜた。
「ヨキ君」
「ヨナ、すべきことはわかっているな?」
「うん」
「任せたぞ」
ヨナに任せるのはいくつかの仕事。
まずは合成獣。メロイアンの市民がうまく対応できていない。
このような状況で動けるのは、普段ダラダラと休むだけでなにもせず力を温存している者。
「ゴマ」
「……」
「移動で疲労しているだろうが合成獣の相手をしてほしい。ヨナがハクを呼びに行った。協力して倒してくれ」
『イ、ク』
と、ゴマは走り出した。まったくタフな奴だ。あれだけ長い距離を走ったというのに、まったく疲れたような素振りがない。
そのまま少し待っていると、ふと水の重さがなくなった。ネズミの獣人が仕事を果たしたようだ。もう俺の力は必要ない。
「おい、お前」
「は、はい! ヨキ様」
「いまから食事をする。喰われたくない者は屋内に引っ込んでいろ」
「す、すぐに伝えますっ!」
ネズミの獣人を見送ったと同時のタイミングでヨナが帰還したため、また一つになる。
ヨナの記憶が流れこんできた。
ハクの奴、戦うのを渋ると思っていたのだが案外すんなりと動いたようだ。
「あの水魔法のせいで随分と消耗してしまった。さて、飯の時間にするか」
ルーラー・オブ・レイスの記憶と、ファウストの作った体があって初めて実現できた回復技。
【
倒れた巨人や、死体、血液などをすべて吸収して、自分のエネルギーに変える。混乱した街を襲う、レイスの軍勢。
水魔法の対応をしたせいで失ってしまった魔力を回復せねばならん。
もっと死体があればよかったのだがな。
しょうがない、俺の手で増やすか。
『ヨキ』
『マンデイか』
『リズとマグノリアが危ない。すぐにルゥの加勢に行って』
『わかった。ファウストはどうだ』
『もう少し……』
『そうか』
やはり解せんな。
なぜファウストは動けない。マンデイとエステル、あの二人が治療に携わっても、すぐには治らない傷とは一体なんなのだ。
「おい、お前。ゴマとハクに伝言を頼めるか?」
「はい! ヨキ様」
「あの二匹はいまから合成獣の相手をしに行く。もしそれが終わったら、すぐにル・マウのところへ加勢に来るように伝えてくれ」
「はいっ!」
ル・マウ。
あの男が相手か……。
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