第229話 二対 ノ 牙
久しぶりに会ったけどゴマの体臭がいつもよりキツい。ずっと走ってきたからだろう。鼻で息をするのが辛いレベルだ。
会ってすぐ体をすり寄せてこようとしたから、鼻先を凍らせてやった。
臭い。近づくな。ノミやダニが移ったらどうする。
シュン。
耳とシッポを下げているが、そんなことをしても無駄だ。臭い奴は近づかせない。
「ハク様、ゴマ様。メロイアン闘獣士などが合成獣の相手をしておりますが数個隊、抑えが効かぬとのこと。獣のフューリー様、グジョー様が対応している場所は沈静化しつつあるのですが、それ以外がうまく対応できていません。悪いところでは市民にも犠牲が……」
はぁ。
どうして私たちが戦わねばならないんだまったく。あの男はなにをしている。こんな大事な時に。
ゴマは仕事があることが嬉しいのか、シッポを振りながらネズミが指示した場所まで走っていく。バカもあそこまでいくと
一瞬、合成獣はあのままゴマに任せて安全な場所で寝ていようかとも思ったが、もしあの男の耳に入ったら後でなにを言われるかわかったものではない。陰湿な嫌がらせを受ける可能性もある。あれほど性格の悪い生き物もいないから。
しょうがない。
あの臭い毛の塊と共闘するくらいなら一頭で戦った方がよっぽどストレスがなくていいのだけど、ゴマといればことが楽に進む。
手早く仕事を終わらせてから、あの男にゴマの体を洗わせるとしよう。
ネズミが言った通りの地点に合成獣はいた。
獅子の頭と狼の頭の双頭。猛禽の爪、竜の羽、バイコーンのツノ、本来シッポがある場所からは蛇の頭が突き出ている。体のサイズはゴマよりいくらか大きい程度。
なにをどうしたら、あんなに気持ちの悪いものが生まれるのだろうか。
よりにもよって私があんなのを相手にしなくてはならないとは……。
あまりに醜悪な見た目のせいで気分が乗らない私とは対照的に、水を得た魚のようにウキウキと合成獣に噛みつきにいくゴマ。節操というものがないのだろうか。
合成獣も合成獣で、そんな急に飛びかかられるとは思っていなかったのだろう。かなり驚いた様子で、羽を動かし、空に逃げようとするが一足遅かった。
ゴマの牙は
戦闘スタイルや生き残るための
どちらかというと私は速攻が得意で、ゴマの方は持久戦が得意だ。
私のようなスタイルはいい。苦しまずに死ねるから。
でもゴマを相手にするのはよくない。
一度噛み付いたら、なにがあっても離れない。血が滲み、筋が破れ、肉が壊死しても、敵が許しを乞うてもダメ。一度ゴマがターゲットと認識したらアウト。死ぬまで追われる。
無邪気なゴマの様子とはあまりにも似つかわしくない、苦悶の表情を浮かべる合成獣。なんとかゴマから離れようと羽を動かして叩いてみたり引っ掻いたり蛇の頭に噛みつかせてみたりするけど、すべて徒労に終わっているようだ。
病的に過保護なあの男が、ゴマに限ってはあまり心配もせずにまえに出し、二度にわたり剣士との旅を許した。
すべては、あの耐久力への信頼。
ゴマの相手をした生物の絶望の表情は、見ていてなんとも言えない気持ちになる。
なにをしても無意味。止まらない。心が折れる瞬間がわかる。
ゴリっ!
ゴマの牙が食い込んだ骨から、生々しい音が響いた。
合成獣が諦めたのである。いまからなにをしても、この獣からは逃げられない。絶対に生きて帰ることは出来ないと悟った。
せめて痛みがないようにと体の力を抜き、喉元を差し出す合成獣。
不憫。
心からそう思う。
不屈の獣に目をつけられてしまった生き者は自死と他殺の中間にあるような、曖昧な死に方を選ばなければならなくなる。プライドもなにもかも捨てて、楽に死ねるよう願うだけ。
合成獣はあとどれくらい残っているのだろうか。別にゴマだけでもいいような気がする。
眠たくなってきた。あの男のところに戻ろう。少しは眠れるだろうし。
その時、ル・マウの【ゲート】が繋がった。いままでに見た、どの【ゲート】よりも巨大だ。そこから入ってきたのは虫のような装甲をもった獣だった。
ゴマがなにも考えずに突っ込むけど、牙も爪も通らない。そうとう硬いらしい。
足に噛みついて振り回そうとするが、体重が違いすぎてビクともしない。それでもゴマならいつかは勝つだろう。ゴマとスタミナ勝負をして勝てる生物なんて存在しない。
だけど。
【
面倒なことはすぐに処理しておくに限る。
合成獣の動きが止まった。
すかさずゴマが凍った部分に噛みつき、体重をかけて足の一本をもいだ。
ご苦労。
臭いからちょっとどいて欲しい。
そう目で訴えると、シュンとシッポを垂らして合成獣からゴマが離れた。
【凍血】
あの男が創造し、私の牙に仕込んだ武器で、傷口に軽く噛みついた。
虫の体液が凍っていき、瞬く間に氷像が出来上がった。
これくらいでいいだろう。充分働いた。後は適当に安全な場所を探して少し眠ろう。
(ハク、ゴマ!)
ちっ、面倒な奴が来た。
獣のフューリー。
私が最も苦手な性格の持ち主が。
(すぐにここを離れ、ル・マウを止めろ。苦戦を強いられているようだ。我もガンハルトを仕留めたらすぐに向かう)
バカみたいにシッポを振りながら走りだすゴマ。まったく私の睡眠時間が。
(ハク、お主も行くのだぞ?)
はぁ。
まったく。
本当にあの男はなにをしているのだ。
今度会ったら絶対に凍らせてやる。
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