第215話 閑話 闘ウ 将 ナド
◇ 突撃槍 ノ 喧嘩 ◇
「おい、止めねぇかグレン。店で暴れんな」
「うるせぇよ、
「言った言ってねぇなんざぁどうでもいい、暴れんなら外でやんなっつってんだよ!」
なめやがって。なめやがってクソガキが。
「おい、テメェ。外に出やがれ」
「俺はまだ飲みたんねぇんだ。ケンカしたいなら一人でやってな。突撃槍、だったか?」
下卑た笑いが店内に響く。
コイツら俺のことをなめくさってやがる。
「おい、テメェ! 俺が怖ぇえんだろう! ゴチャゴチャいってねぇで外に出やがれってんだ!」
「おぉ、怖ぇとも。突撃槍。たいそうな通り名じゃねぇかグレン。なんの考えもなしに最初に特攻してまっさきに伸びるお前さんにはぴったりの名だ」
「……、いい加減に頭にきたぜ。やってやるよ」
「小物がなに粋がってやがんだぁ、グレン。代紋が立派なだけでテメェが大物になったように勘違いしてやがる。テメェみたいなチンピラ風情がのさばってんのを見るとなぁ、反吐が出んだわ」
「いいじゃねぇかガキが。腹に一発お見舞いして反吐を吐かしてやる。おら、表に出ろや」
「おい、おめぇら賭けねぇか? このチンピラの突撃槍様と俺がどっちが勝つか」
テーブルの上に金が積まれていく。だが俺に賭けてる奴なんざいねぇ。
「なぁ、グレン。いくらオメェがアホでもよ、この街でどう思われてるかわんだろう?」
「……」
「代紋だけさ、立派なのは。極道になっても出世できねぇ、ケンカも弱えぇ」
「やんなきゃ、やんなきゃわかんねぇだろうが!」
弱ぇ? 出世もできねぇ? そんなの俺が一番よく知ってんだ。
「おい、グレン! いい加減にしろ! お前はもう極道じゃねぇんだ。ここでケンカすりゃ大親分の顔にも狂鳥様の顔にも泥を塗ることになる。ケンカなんて止めちまえ」
「……」
「飲みに来んのは構わねぇよ。だが、テメェの立場くらい、わきまえろよな」
つまんねぇ街になったもんだ。
そりゃ狂鳥が現れてから、この街は平和になったさ。でも、つまんなくなっちまった。
ふて腐れながら歩いてると、なじみの飲んだくれが声をかけてきた。
「おぉ、グレンじゃねぇか! もうお帰りか? 一緒にどうだ?」
「うるせぇ、話しかけんじゃねぇ」
「おいおい、ご機嫌ななめじゃねぇか。なにがあった?」
「……、この街はつまんなくなっちまった」
「なに言ってんだグレン。最高じゃねぇか、いまのメロイアンは」
「最高だぁ!? 自由にケンカも出来ねぇんだぞ!」
「ケンカだぁ? んなもんなくていいんだよ、なくて。それにお前、弱えぇじゃねぇか。何連敗中だ?」
「んだと、この野郎!」
「おいおい、止めとけ。お前はケンカを仲裁する側にいっちまったんだろうが」
「くそっ……」
「嫌なことは酒で忘れる。それがメロイアンだ、違うか?」
「うるせぇ」
本当につまんなくなっちまった。
この街は……。
この街はよぉ……。
いや。
つまんねぇのは……、俺自身なのか……。
なんの才覚もねぇ。大親分みたいなカリスマ性もねぇ。血縁もねぇ。金もねぇ。
クソッタレが。
ん?
なんだ? アイツ、なにしてやがる。浮浪者……、違う。ありゃなんだ?
ほぉ、なるほど。考えたもんだ。浮浪者のフリしてりゃあ疑われることはねぇ。
「おい、テメェ。なにしてやがる」
「へ? と、言いますと?」
「さっき、なんかを手渡したな?」
「なんのことやらさっぱり」
歩み寄って胸ぐらを掴む。これはケンカじゃねぇ。仕事だ。
「丁度ムシャクシャしてたんだ! 俺に殴られろ」
「勘弁してくだせぇよ、旦那」
「さっき、受け渡した
「チッ」
瞬間、火花が散る。
拳がまったく見えなかった。
「やるじゃねぇか」
「ん? 立ち上がるか。寝ていればよかったものを」
ふっ、と目の前から男が消えた。
腹に重い衝撃が走る。息が出来ねぇ。
「まてよ……、こらぁ……。このグレン様を殴って……、ただで済むと思うなぁ……。テメェの顔はぁ……、しっかり拝ましてもらったぁ……。このままで――」
ゴン!
鈍い音がした。頭から生暖かいものが流れてくる。
「まで……、ごらぁ」
「しつこい野郎だ」
「
また、殴られた。もう痛みなんざ感じねぇ。
「いいだろう。希望どおり、息の根を止めてやる」
やってみろ。やってみろよ!
俺は……。
死ぬまで……。
「極道だぁ!」
良い匂いがした。
血の臭いじゃねぇ。金持ちの匂いだ。
「君、名前は」
「グレン。誰だぁ……、テメェは」
「バーチェット」
「大親分……」
「なんだ、私の子か」
体の力が抜けていく。
確かに大親分だ……。これは……夢か?
「良いケンカ、見せてもらったぜ。グレン。本物の極道のケンカだ」
「おお……、おやぶ……、ん」
俺みたいに弱ぇ奴は、何度も経験してる。
ケンカをして、気がついたら人様の家。
また負けたんだなぁ、俺は。
「おはようございます、突撃槍のグレンさん」
ん? ネズミ?
「ここぁどこだ?」
「療養所です。そして僕はレナード・М。以後お見知りおきを。エムでもドクトル・レナードでもお好きに呼んでもらって構いません。僕としてはドクトル――」
「もういい。頭がガンガンする。頼むから静かにしてくれ」
「申し訳ない。では狂鳥様からのメッセージだけを伝えて去るとしましょう」
「狂鳥だぁ?」
「よくやった、以上。それではまた、どこかで」
「お、おい! ちょっと」
嘘、だろ?
なんかの間違いだ。
一人、寝具のうえで考えていると、わらわらとネズミの獣人が集まってきた。
「グレンが目を覚ましたよ」
「外傷の人間だ」
「意識はしっかりしているようだ」
「脈拍は問題ないよ」
「腹部も腫れていない」
「嘔吐もないよ。苦しそうでもないみたい」
「追加の治癒魔法は必要なさそうだ」
「骨折は?」
「顔面が怪しいね」
「診てみよう」
「うん、診てみよう」
ちょ、ちょっとなんだこれは!
「おい、まて!」
「なんです?」
「テメェら、なにしんてんだ」
「治療ですけど?」
「
「様! 狂・鳥・様!」
「お、おう。狂鳥様にもよくやったと言われたんだ」
「はいはい、よかったですね。顔を診るから横になって下さい」
「これは夢か? なぁ夢なんだろ!?」
「? 頭に障害がありそうだ。やっぱり追加の治癒魔法が必要かも」
◇ 兄妹喧嘩 ◇
「ぶはぁ! また負けたぁぁぁあああ!」
剣が届くまえに砂の状態になられたら、当らない!
「なにそれ!? その体ずるい! 卑怯だ!」
「この世界で一番卑怯な男が造った体だからな」
「勝てるわけないじゃん! ふざけんな!」
「魔法を当てれば勝てるぞ」
「魔法? そんなの使えない! 自慢じゃないけど剣の修行ばっかしていたから魔法はからっきしなんだ!」
「では魔法を練習したらどうだ」
「魔法なんて弱い奴が使うんだ!」
「ほう、で、俺に一本も取れないお前は強い奴なのか?」
「ぐぬぬぬぬぬ」
「お前も草原の民なら手段を選ぶな」
むかッ!
「そう言うヨキ兄さんは魔法は使えるんですかぁ? 人にばっかり言ってまさか使えないなんてことはないですよねぇ?」
「レイスは魔法を使わない。魔力が無くなれば消滅するからな」
「ぐっ」
「だがもし生身の体でいまの立場だったら、間違いなく魔法の練習をするだろう」
「魔法なんて必要? 魔法使いなんて距離を詰めたら終わりじゃん」
「ファウストは近距離戦闘でも魔法を使う。マンデイもそうだ。フラッシュでの目潰し、風を使った強制的な離脱、創造する力による奇襲」
「それはあの人たちが特別だからだよ」
「違う。それが最も負けないからだ。ファウストと会ってから、草原の民は固定観念に囚われていたんだと気がついた。剣の道を究める。聞こえは立派だが、そのせいで選択肢と視野を狭めていた。マヤ、お前は草原のこれからを担う。知見を広げ、これからのセルチザハルを引っ張っていけ」
「魔法で?」
「魔法が必要だと俺が言い、お前がその言葉に囚われればそれはまた固定観念となる」
「はぁ? じゃあどうすればいいわけ?」
「知らん。その目で見て、感じ、考えろ」
「わけわかんない」
ヨキという剣士は、本当に父さんに似ている。
剣の技術、見た目、喋り方。
そしてなにを言ってるのかわからないところ。
はぁ。
とりあえず魔法、勉強してみるか。
◇ 闘ウ 将 ◇
「なぁお前、なんか言いたいことがあんだろ?」
「いえ、なにも」
どうして闘将になんてなったんだまったく。
女ってのは立場に弱い。だから出世してしまえば、よりどりみどり、楽園のような生活がまってる、そう考えていたんだが。
軍隊なんてのはむさ苦しい男が九割。残りの一割はなにかって? むさ苦しくない男だよ。
女の子はいずこ?
「ユキさんと比べてんだろ?」
「……」
「俺みたいにヘラヘラと生きてる奴のしたで働くのが不満、違うか?」
「……」
「正直に言ってみな」
「闘将ユキ・シコウは強さだけではなく、その人柄で我々を牽引しておりました。しかしあなたは……」
「ほう、俺は?」
「街に出てはナンパ、寝る間もなく夜の街を飲み歩き、訓練に遅刻することも珍しくない! デルアの盾であり矛である我らの長がそのようでは、したの者に示しがつかないではないですか!」
やっぱ、そんなことか。
「ちっちぇよ、お前」
「!?」
「なぁ、知ってるか? シャム・ドゥマルトではヒト以外の種族の弾圧が激しいんだ」
「そんなことは重々承知しています! だから我らが――」
「なにを知ってんの?」
「な、なにを?」
「問題が起きた時、裁かれるのはヒトではなく獣人、小人、ドワーフ、エルフ、亜人がほとんどだ。ヒトは裁かれない。なぜだと思う」
「それは異人種がデルアの法を破るからであって……」
「違う。ヒトの方が数が多いからだ。ありもしない証言をでっちあげて、異人種に不利な状況を作りあげる。住民そろって少数派をいじめてんだ。で、そんな時、お前はなにをしてた?」
「訓練。それが我らの使命だ」
「そうだな、それは間違っちゃいねぇ。だがそれだけか? ファウストの旦那が送ってくれた穀物が公平に配られてない。異人種は住む場所を失い、職もなく、腹を空かせ、死んだ魚のような目をしている。俺が訓練に遅刻した日、なにをしてたか知ってるか?」
「……」
「なぜ知らないか教えてやろう。知ろうとしていないからだ。あの男はいつもヘラヘラしてるからどうせ下らないことばっかやってんだろう、異人種はバカだからすぐに罪を犯すんだろう、自分は選ばれた、まっとうな人間だから間違いない。そうやって見なきゃいけねぇもんを見ず、他人を否定してれば自分がデカくなったと勘違いする。そういうのをな、ちっちぇって言うんだ」
「……。あなたは……、なにをされていたのですか。訓練に遅刻した日」
ほう。
ただ頭の固いでくの坊じゃないみたいだな。
「よし、教えてやろう」
「はい」
「ただそれを話すには酒がいる。訓練が終わったら、飲みに行こうぜ」
「へ?」
「エルフの酒、飲んだことあるか?」
俺のやり方でいいんだ。
そうだろう? ファウストの旦那。
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