第209話 外 ト 内

 侵略者のことを考えると暗い気持ちになっていく。


 俺たち選ばれた個体は漏れなくチートだ。普通では考えられないような能力や体を保有しているから滅多なことではやられない。だがそれ以上に侵略者のスペックが狂ってる。


 不死身の体は制約なし。何度も何度も際限なく復活する上に、いくら殺しても弱った様子もなかったらしい。


 そして感化。


 俺がシャム・ドゥマルトで経験した侵略者の声。あの時、奴がどこにいたか判明していないが、もしあの時、シャム・ドゥマルトの近辺に侵略者がいたのなら住民が騒いでいたはずだし、さすがに俺も気がついていたと思う。


 奴は当時、俺から離れた場所にいたのだ。


 と、いうことはだ。


 奴が使う感化の能力の射程は、稀代の魔術師ル・マウを遥かに超えている可能性がある。


 「もしかすると射程無限なのかも」

 「どうしてそう思う」


 不安になった時に俺を癒してくれるのはマンデイだけだ。と、いうわけで、絶賛相談中。


 「いや、なんかね、侵略者の情報を聞けば聞くほど思うんだ。奴はルールの外で戦ってるって」

 「ルールの外?」

 「この世界に生息するあらゆる生き物が、ルールに則って生活しているんだよ。創造する力はありえないほど高品質な物を造るよな? でも結果に見合うだけの魔力を失う。俺がこの能力をそれなりに使いこなしているのは、創造する力を発電機と抱き合わせてるからだ。フューリーの能力もとても強力だけども、やはり制約とルールのなかでしか発動できない。明暗の代表者であるエステルは飯を食わないと能力を発動できない、つまり、奇跡を起こすのには栄養が必要なんだ。魂のルーラー・オブ・レイスや水のワシル・ド・ミラは生物としての最高到達地点にいるだけで、ルールを逸脱しているわけではない」

 「侵略者は……」

 「あぁ、どう考えてもおかしい。感化を能力だと考えるとする。奴の目撃情報が極端に少ないから、デルアやこの近辺にはいないだろう。当時、奴がどこにいたのかは知らんが、遥か遠く離れたその場所から俺を洗脳してこようとしたんだ。射程無限、信じたくないがその可能性は充分にある。しかも不死の体は何度、どんな方法で殺されても復帰してきた。敵方にもエステルのような奴がいると仮定、侵略者が死ぬたびに復活させているとする。だが、だとすると死者蘇生に必要なエネルギーはどこから確保している? 何度も復活させるくらいのエネルギーを。代表者として再構成され、不死身系の能力を授けられたフューリーですら回数制限があるのに、奴は無限に復活してきた。どう考えてもおかしい。明らかに妙だ」

 「たしかに」


 しかも感化は強烈。生き物の心を完璧に破壊するのだ。並の精神攻撃じゃない。


 「あくまでも仮説なんだけどね」

 「うん」

 「侵略者ってのは別の世界に存在している生き物なんじゃないかって思うんだ」

 「意味がわからない」

 「この世界の尺度で生きていない、だから反則的なことを平然とやってのけるし、俺たちとはなにかが違う。制約もなく復活したり、射程無限の精神攻撃なんてわけのわからんことを平気でやってのけるのは、別の世界のルールに従って存在しているからではないだろうか」

 「別の世界の生き物が、どうやってこの世界に来ている」

 「わからん。さっぱりだ」


 侵略者はいつかは倒さないといけない相手だ。しかしいまのところ能力のカラクリも、居場所さえもわからない。


 「敵の能力がわからなくても、ファウストがすることは変わらない」


 良いことを言う。その通りだ。


 敵の能力を理解したうえでメッタメタに対策した都市設計に出来れば最高である。


 そこまで仕上げてしまえば侵略者などなにも怖くない。だが現在の俺には情報がないのだ。となれば、侵略者を想定した個別の対策ではなく、いま出来る最善の仕事をするしかない。


 一つの街を根本から造り変えるのにかかった時間が二ヶ月間。


 本当にバカげた話だが、神のギフト【創造する力】なら不可能じゃない。もちろん自前の魔力だけなら不可能だった。発電機による魔力の充電や、メロイアン市民の協力があってこそ、そんな短時間でこの街は再生したのだ。


 だが、いくら街が綺麗になっても中身が伴っていなければしょうがない。


 さっそく集めたのは、このたび設立したネズミっ子、経済部門の面々。


 「狂鳥様が僕たちをお呼びになったぞ」

 「ついに仕事なんだ」

 「なにをするの〜?」

 「しっ! いまから狂鳥様が教えてくれるから」

 「楽しみだなぁ」


 当たり前ではあるが、ネズミっ子たちになかにも個体差がある。


 頭が良い子、せっかちな子、のんびり屋さん、ニヒリスト。でもこうやって集まってもらうと、わいわいわらわら、いつもおなじだ。


 「はい、注目!」


 俺がこう言うと、先ほどのペチャペチャは嘘みたいに静まり返り、ネズミっ子たちは一様に俺の言動に注目した。


 昔なら、こんな風に声をかけても誰かしら喋り続けていたのだが、教育の賜物だろう、最近の彼らはオンとオフの使い分けが巧みになってきた。喋る時は喋り、静かにしていないといけない場面では黙って指示を受ける。


 「皆にはこの街に出入りする行商人を観察してもらう。日々、物の値段が変動しているのはテストにも出ていたから知っているよね? これからは実践と応用だ。商売で勝つには情報を制すること、これに尽きる。メロイアンに出入りする商人がどれくらいの値段でなにを売っているのかを常に観察するんだ。例えば食糧品を流通させたい、おなじ物を売るにしても需要が高い場所に売った方がいい。どこの街から来た商人がなにをどれくらいの値で売りたがっているのか、逆になにを仕入れようとしているのかをしっかり把握しつつ情報を共有する。だけど俺たちばかり利益を出していたらそのうち誰も寄りつかなくなるだろう。だから時々甘い蜜を吸わせるんだ。いいか? よく憶えておいてくれ。これは商売の皮を被った戦争なんだ。俺たちの生活を守るため、有事の際の蓄えを確保するためには勝たなくてはならん。そして、この経済戦争の前線で戦うには君たちだ」


 ……。


 どうだ?


 「どういう意味?」

 「狂鳥様はなにを言ったの?」

 「各街から来る商人の保有する商品の値段を調べて比較するんじゃないの?」

 「比較してどうなるのさ」

 「さぁ」

 「私わかるよ!」

 「なになに」

 「不足すれば値段が上がり、飽和すれば値段は下がる」

 「当たり前だよ、そんなに簡単じゃないか」

 「だから物が不足した場所から来た商人と取引して、彼らが必要としている物を売るんだよ」

 「え? 狂鳥様はそんな簡単なことを言ってたの?」

 「そうだよ。私たちは街に出入りする商人たちの取引内容をすべて調べ上げて生産を調整、そしてメロイアンの製品が最も高く売れる地方から来た商人の情報を共有するんだ」

 「え〜。それってすっごく面倒くさそうに聞こえるけど〜?」

 「でも、やりがいがあると思わない?」


 うん、大丈夫そうだ。


 だが俺は、この街の経済をネズミっ子たちに一任させて安心するほど楽天家ではない。


 きっと彼らはミスをする。机上でどれほど優秀な成績を上げていても、実際の現場とのあいだには隔たりがあるものだ。彼らのミスはそのままメロイアンの損失に繋がる。赤字が続くと俺の創造物を売る羽目になるが、これは最終手段としてとっておきたい。なぜなら【創造する力】は、世界のバランスをいとも簡単に崩してしまうのだから。


 ナチュラルに勝てるのならそれに越したことはない。


 「ということだから、ネズミっ子たちが実際の現場でどれだけ働けるかの評価をして欲しいんだけど構わない?」

 「あぁ、もちろんだとも」


 餅は餅屋、蛇の道は蛇、商人のことは商人に。


 俺がネズミっ子のフォローを依頼したのは、口ヒゲ禿頭とくとうの間の抜けた姿からは想像できないほど金を稼いできた百戦錬磨の商人、マリナス・マリア・レイヴ。


 そう、俺の父親だ。


 メロイアンの経済を担う重要ポストに身内を起用するなど、ふざけるなと思われるかもしれないが、マリナスは身内贔屓なしに優秀な男だ。昔、俺が住んでいた街でも、どでかいを屋敷を構えられるほどの財を築き上げていたし、メロイアンに逃げてきたあとも普通に成功している。


 ネズミっ子たちの情報網とマリナスの商人としての勘が合わされば、向かうところ敵なしだ。


 コネ起用がどうのと言う奴は、まだ世の中を知らない奴だろう。いいか? この世はコネだ。俺だって神の友達というコネがあったからこそ、勇者として転生できたわけだし、なにをするにも結局コネが必要なんだよ。


 「いままでのメロイアンで扱っていた特産品と比較すると単価も安いし客層も違う。その辺の調整もお願いしたいんだ。ネズミっ子たちに実際の現場での経験をさせて欲しい」

 「あぁ、わかった」


 医療や建築に関しては、俺やマンデイの経験を教えたうえで実践を積んでいってもらえば、かなり高いレベルまでネズミっ子たちの質を上げる自信がある。


 だが物を売るとか買うとかの話になると、俺は完全に門外漢。プロに任せるほかあるまい。


 経済が安定すれば、心に余裕が生まれる。もちろん仁友会などの勢力が治安維持に取り組んでくれているのだが、心の余裕ほど自然に街の風紀を向上させてくれるものはないはずだ。


 そして市民が毎晩、安心して眠れるようにするには……。


 「はいっ! なんでしょう、狂鳥様っ!」

 「おぉ! 狂鳥殿ぉ!」

 「……、なんの用だ」


 アイコンが必要だ。


 恐れ知らずの狂った鳥、狂鳥だけではない。


 こいつらがいれば街は安全だと確信できる、実力の伴った役者が必要なのだ。


 マンデイから戦略性を抜き、身体能力を増したような性能のウサギの獣人、キコ。メロイアンでの知名度は低いが、一度でも戦闘をしている姿を目にすれば、彼女の強さの評判は広がるだろう。


 そして、【未発達な細胞ベイビー・セル】の打ち込みをしたあと、なにかと忙しくて放置していたメロイアン防衛のキーマンの二人。


 ユジーは力強く成長をした。


 敵は大剣で叩き潰す。メロイアン市民に受けそうな、ダイナミックな成長だ。


 そしてガスパールは……。


 「また伸びましたか? 毛」

 「うむ、そのようですなぁ」


 人狼のようになった。


 普段は少し毛深い普通のドワーフだが、興奮したり戦闘状態になると、獣の血がガスパールの容姿を変える。もちろん獣の因子ビースト・ファクターは投与済み。


 元々の耐久は鬼のように高かったのだが、くわえて身体能力も飛躍的に向上したから、一対一ならほぼ負けはしないだろう。


 竜の子アレン君がデルアの最終兵器なら、ガスパールがメロイアンの最終兵器だ。


 「いまから防衛訓練をしたいんだけど付き合ってくれる?」


 外壁や施設などの外側を完璧に整えていても、市民や兵士が機能していなかったらどうしようもない。


 民。


 メロイアンの外側はほぼ完成した、今度は内側だ。

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