第210話 防衛訓練

 メロイアンという街は、獣の本拠地である虞理山と、人の国デルアという大きな二つの勢力に睨まれながら生き延びてきた歴史がある。


 この街に軍隊はないし、法律すらなかった。にも関わらず滅びずに今日まで存続し続けてきたのだ。


 いつもは睨み合い、ケンカしている街の勢力が、外敵をまえにすると一気に団結。我らの街を守るのだと女子供も関係なく戦線に加わる。


 いままではそうだった。街自体が一個の塊になり、襲いかかってくる。それがメロイアンの強さだった。


 だがこれからは違う。その戦い方で勝てたのはいままでの話だ。


 俺は、三大勢力の頭を集めて指示を出した。


 「この街に外敵が侵入してきた、あるいは攻めてくるという情報を入手した場合、真っ先に対応するのはランダー・ファミリーだ。ウォルター」

 「おう、わかってるよ。オヤジ」

 「ネズミの獣人と連携し、敵の位置の把握に努めろ。囲めそうな敵は囲んで撃破、負傷した味方の救出もお前たちの仕事だ」

 「救出?」

 「療養所には、有事にの際に迅速かつ質の高い治療を施せるよう、地下に特別病室を設けている。この街が襲撃された時は地上の一般病室ではなくそこを使う。大規模魔法にも耐える耐久力があり、設備も整っている」


 次は仁友会。


 「バーチェット」

 「あぁ」

 「普段は治安の維持を任せているが、敵が攻めて来た場合はランダー・ファミリーと共に敵の鎮圧を任せる。動きはランダー・ファミリーとおなじだと思ってもらっていい。だが、非戦闘員の保護と避難誘導はお前たちの仕事だからそれを忘れるな」

 「肝に銘じておく」


 最後に防衛の要。


 「メロイアン・コネクションはケガ人の治療と敵の情報収集だ。治療はもちろんのことだが、捕縛した敵を管理して最新の情報を収集する。獲得した情報はネズミっ子たちを使ってすべての戦闘員に伝えるんだ。敵のウィークポイント、指示系統を把握して、効率的に潰す」

 「わかったわ」


 大事なのは個の強さじゃない。どれだけ機能的に動くかだ。


 「ネズミっ子たちは危険なことはしないように心がけてくれ。お前たちがいなくなったら連携が取れなくなる。自分の命がなによりも重いということを自覚しろ」

 「「「はーい」」」


 この辺のことは何度も伝えてるから、理解できているだろう。


 あとは実践あるのみ。




 俺は拡声器を手にし、都市防衛に携わる元極道に語りかけた。


 「それでは、第一回、メロイアン防衛訓練をはじめます。拍手!」


 ぱらぱらと手が叩かれる。なんとやる気のない拍手だろうか。


 一応、事前に防衛訓練をすることは伝えていたが、詳細はまだ言っていない。こういう反応になるのもしょうがないだろう。


 「いまから三日以内に、ゲノム・オブ・ルゥとこの三人、ガスパール、キコ、ユジーがメロイアンに攻め込む。俺たちはカラーボールや当たれば色のつく武器を装備している。攻撃を受けて色のついた者はケガ人の役をし、その場で倒れ込む。療養所の地下にペイントを洗い流す薬液を準備しているから、インクをとった者はまた参戦に復帰する。わかったか?」


 反応がない。頭のうえにはハテナマークが浮かんでいる。そんなことをしてなんになるのだろう、という顔だ。


 「これは実践形式の防衛訓練だ。ケガ人を救出しつつ敵の位置を把握し続けて防衛する。カラーボールとか遊びっぽい感じがあると思うけど、けっこうガチでやるから気を引き締めておいてくれ」


 と、ウォルターが手を上げた。


 「ちょっといいか、オヤジ」

 「なんだ?」

 「俺たちから攻撃してもいいのか?」

 「いまから説明する。お前たちは俺たちを囲めば勝利だ。そうだな、五人以上で囲む。これが拘束の条件とする。俺たちは包囲された時点で攻撃を止め、捕虜になり、知ってる情報を吐く。獲得した情報はネズミっ子たちを使って共有してくれ」

 「俺たちは攻めてくるオヤジたちを全員捕虜にしたら勝ちなんだな?」

 「そうだ。療養所と仁友会の事務所、ランダー・ファミリーのアジトにフラッグを立てておく。お前たちはそれをすべて奪われたら負けだ」

 「なんだ、簡単じゃないか」

 「本当にそう思うか?」


 くくく。メロイアンは生まれ変わってまだ日が浅い。そんなに簡単にフラッグを守れるだろうか。


 「じゃ、そういうことだからよろしく」


 相手の嫌がるところをつくことに関しては俺の右に出る者はいない。


 「せいぜい頑張ってくれ、解散!」


 メロイアンという街も、重要拠点や地下通路を造っただけでまだ完璧ではない。もちろん連携もまだうまくとれないだろう。


 ひっかき回してやる。




 メロイアンの近くに拠点を構えた俺たちは、丸一日をかけて作戦会議をし、連携を確認。


 キコ、ガスパール、ユジーの頭蓋骨に通信機を埋め込む手術をして、二日目の夜に襲撃を決行することにした。


 俺たちが攻めると宣言したのは三日以内。


 最終日はガチガチに守りを固められるだろうし、昼に攻めるのはナシ。だって夜襲の方が効果的だから。


 メロイアンは人種の坩堝るつぼだが、夜行性の生き物よりは昼行性の生き物の方が多い。これを利用しない手はないよな?


 「キコ、ユジー、ガスパール。お前たちは今後のメロイアンの象徴になる。こんなところでやられたてたら話にならない。せめてフラッグを二本は回収しないとな」

 「はいっ!」「おうよ」「あぁ」


 ゲノム・オブ・ルゥは……。


 もう言うことはない。いままで培ってきた経験が俺たちを支えてくれるはずだ。


 「さぁ、行こうか」


 経験が浅く、連携も完璧ではない集団を相手にする時の初動に意識することは簡単。


 錯乱、だ。


 「リズさん」

 「はい!」


 リズはゲノム・オブ・ルゥが誇る最強の奇襲要因だ。


 【エア・シップ】から引っ張って来た魔力を利用し、速攻で外壁付近に簡易の塔を創造、リズを配置して狙撃開始。


 ペイント弾は殺傷能力を落としているから射程も短いし、弾道が安定しないうえ弾速も遅い。何度か試射はさせたものの、慣れない武器を急に使いこなすのはさすがに難易度が高い。


 普通なら。


 だがそこは感覚を引き上げるという魔改造をされた名狙撃手、リズだ。


 『二人、やりました』


 弘法筆を選ばず。


 たった一人で長距離狙撃を成功させ続けてきたリズの腕は確かだ。


 相手との距離が離れれば離れるほど、弾の軌道は色々な要素に左右される、湿度、風、敵の動き。そのすべてを感じ取り、計算し、的確に目標に弾を叩き込んできたリズにとって、道具が少し変わったくらい問題にしない。


 いいね。いい感じに混乱しているようだ。


 「マンデイ、キコ」

 「うん」「はいっ!」


 この勝負、囲まれれば負けだ。囲まれた奴は捕虜にとられて情報も与えることになる。


 だがキコとマンデイの速度で移動する生物を囲むのは至難の技。しっかりと連携をとって人が多い場所に誘導しないと捕まえられない。


 だがしかし、いままで力で敵をねじ伏せてきたメロイアンの連中の辞書には連携なんて言葉はない。


 『混乱してるな。キコ、マンデイ。敵を引きつけつつ、当てられそうな奴にペイントボールを。そのまま誘導してくれ』

 『わかった』


 見える敵、それも攻略難度が高い敵が暴れているのなら数をかけたい気持ちはわかる。


 だが、そこにばかり力を注ぐと。


 『ファウストさん。マンデイちゃんとキコさんに敵が集中しています』


 他が手薄になる。


 何度も経験してきたから嫌というほど理解している戦いの真理。


 常に冷静であれ。


 しかし、まだ若いメロイアンに、冷静さを維持する力はない。すぐに熱くなる。


 『ガスパール、ユジー』


 俺の指示を受けた残りの【セカンド】二人組は、一直線に目的地へと向かった。


 最も叩かれてはいけない、メロイアンの急所へと。


 ここまで混乱してくれるなら楽だ。


 事前の作戦通りに展開している。いまのところ問題はなさそう。


 さて、俺も仕事をするかなと向かった先は仁友会の事務所。


 フラッグの傍にはカリスマ・バーチェットが仁王立ちしていた。


 「やぁ、バーチェット。首尾はどうだ?」

 「まさか一人で来るとはな」


 だな。


 「なぜ俺がお前のところに来たかわかるか?」

 「いや」

 「お前には必要だからだ、教訓が」

 「ほう、それで? どういう魂胆なんだ?」

 「ここの守りが手薄なようだが?」

 「これだけいれば充分だ」


 たいした自信だ。


 「これから長い付き合いになるだろうから、教えといてやろう」

 「?」

 「俺は卑怯だ」



 【ペイント・ミスト】



 「な!?」

 「はい、フラッグもらい。敵がどんな攻撃をしてくるかわからない以上、重要拠点の警護を手薄にするのはよくないぞ?」

 「やられたよ」

 「いい教訓になったろ? 腕っ節が強くても勝てないケンカもある。さぁ、療養所に運んでもらって治療をするといい。まぁ、それが出来るならの話だがな」

 「ん?」

 「そのうちわかるよ」


 次のターゲットはランダー・ファミリーだ。


 『すみません、リズです。捕虜になりました』

 「お疲れ様」


 混乱した敵を叩くのは楽だ。


 キコとマンデイが戦況を引っ掻き回し、仁友会も落ちた。


 なんとかリカバリーしようと必死になればなるほど、冷静さは失われていく。高度な連絡手段があるからこそ、自分の不利が明白になってしまう。


 「おうウォルター」

 「オヤジ……」

 「ネズミっ子たちとの連携はうまくいってるか?」

 「いや、なにが起こってるのかさっぱりわかんねぇよ」

 「そうだな。お前たちはヘマをしたんだ」

 「わかんねぇ。一体なにをしたんだ、オヤジ」

 「マンデイとキコが暴れ回って、リズの狙撃で仲間が負傷していく。そんな状況でお前はなにをした?」

 「敵を捕まえようとした」

 「それが間違ってる。もし俺がお前の立場なら、いったん引いてケガ人の救助を優先しつつ、敵を牽制し、時間を稼ぐ。訓練でなく、実際の戦闘でもそうだ。奪われたくない場所の守りを固め、戦力が整うタイミングで一気呵成に攻め立てる。だが、お前みたいに中途半端なことをしていると足元をすくわれてしまう。違うか?」

 「……あぁ。確かにそうかもしんねぇ」

 「俺がユジーとガスパールに襲わせたのは療養所だ。負傷した奴らに復帰されるのが面倒だからな。だがお前は守りに必要な人員を敵の確保に回していた。結果、メロイアンの最重要拠点を奪われることになった」

 「でも俺は指揮の経験なんて――」

 「甘えるな。これが実戦だったら、多大な被害を受けていた」

 「……」

 「考えろ、そして冷静でいろ。言い訳はするな」

 「そうだな。すまねぇ、オヤジ」

 「フラッグはもらっていく」


 こういうのは口で言ってもわかんないもんだ。


 皆いい経験になっただろう。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る