第207話 詐欺師
時は金なり。
休む時間がもったいないし、ノームが眠っているあいだに地下空間の創造にとりかかった。
「必要なのはネズミっ子用の通路、排水管、疎水管、雨水管この辺だろう。ネズミっ子の地下道はいまの技術なら苦戦はしないはずだ。一週間もあれば完成する。毒ガスの注入とか、そういう特殊な攻撃をされてネズミっ子たちが半壊、みたいなのが嫌だから、所々にシェルターを造ってあげよう」
「わかった」
「時間節約のために水路も一緒にも着手しようか。メロイアンに流れる川の水を上水と下水にわける。毒の混入などによるテロの対策として、水の正常化をする貯水タンクの創造、ネズミっ子食品部門のなかに飲用水専門のチームを作り対策してもらい、そこまでやっても突破されて毒を混入された時のために、貯水タンクをいくつか造っておいてリスクを分散しよう」
「管路図を書く」
「任せる。上水、下水ともに各家庭、各建物に配備するほどの余裕はない。井戸や公衆トイレを創造しようか」
「うん」
「あと俺が与える褒賞だが、金を創造するにしろ、その他の金属にしろ、造り続ければ必ずいつか値崩れを起こす。創造する力は異質だ。この世界に住み、真面目に働く誰かさんの生活をぶっ壊すしてしまうくらいの性能はある。俺一人でメロイアン市民の報酬を支え続けるのは数ヶ月が限界だろう」
「うん」
「市民が裕福になれば欲求も変わってくる。いまのメロイアンの住民は、生きるのがやっとで、窃盗や強盗などの犯罪に手を染めるしか生き残る術がない貧困層と、極道の上役などの一部の富裕層に二分されているが、そのうち下層の者が力を持ち、思想も変わってくるはずだ。だから少し状況が落ち着いたら選挙を導入して長の選出もしたい。この街には強いリーダーシップで引っ張っていく者が必要だ」
「ファウストがすればいい」
「いや、俺はいいや。トップに向いてないんだよ、性格が」
「そうは思わない」
「そう言ってもらえるのはありがたいが、結構なストレスになるんだ。いまだって立場上ゲノム・オブ・ルゥのメンバーに指示を出してるが、そのせいで誰かが傷つくんじゃないかってずっと考えてしまう。本来、誰かの上に立つ者は自分の考えや指示に絶対の自信をもつほどの自己愛があって、なにがあっても動じない胆力と人望を兼ねそろえた奴が必要なんだよ。それこそフューリーとかな」
「そう」
「トップになるよりマンデイと一緒に旅をしたりするのが性に合ってるかも」
「悪くない」
「移動式の洋服屋さんとかしながら、明暗みたいに傷ついた土地の復興に手を貸すんだ」
「マンデイもそっちの方がいい」
「だろ? きっと楽しいよ」
「うん」
きっといつか報われる。だからそれまでは頑張ろう。
ものすごく燃費が悪くて、戦闘にも向かない能力、【創造する力】だが、穴を掘るという一点においてはマジで他の追随を許さない。
地面の性質を変化させたり、脇に押しやってしまえば、あら不思議、なんの労力もいらずに穴が完成する。
この能力に感謝するタイミングといったら、仲間のために武具やオモチャを造っている時か、穴を掘ってら時くらいだ。
もし前世であれば一つの街の地下インフラが完成するまでにどれくらいの期間がかかっただろうか。年単位は当たり前、十数年、あるいはもっと長い時間が必要だったかもしれない。
だがここは異世界だ。穴を掘りの勇者たる俺がいて、魔法がある。そしてなによりこの世界にしかいない種族が。
もちろんネズミっ子たちの力は俺が誰よりも知ってる。速やかな情報共有とテキパキと仕事にとりくむ勤勉性。簡単な指示を出すだけで、俺の言葉の意味を共有して咀嚼、行動してくれる。
だがネズミっ子たちだけではなく、もう一種、このメロイアンには地下労働を得意とする種族がいた。この街で最初に会った種、人間至上主義のシャム・ドゥマルトでは会えなかったファンタジーの住人。ドワーフだ。
彼らは体が小さく地下労働に慣れているために、閉所、暗所を恐れない。ネズミっ子たちと比べると連携や学習能力という点で劣るが、他にはない魅力的なストロングポイントももっている。
「このパイプはここでいいのでぇ?」
「あぁ、ありがとう。助かる」
「なんのこれしき」
お邪魔スーツの必殺技、【阿鼻地獄】を耐え切ったガスパールを筆頭に、ドワーフというのは皆、体が強いのだ。ちょっと重いものでも表情一つ変えずにひょいっと担いでもって行く。長く働いても根をあげず、パフォーマンスも落ちない。
この二つの種族のお蔭で、俺は特殊な仕事、つまり上下水管に必要な管や貯水槽の創造、メンテナンス用の地下室、空気穴の調整をするだけになった。
ネズミっ子たちって色んな種族から忌み嫌われてきた歴史があったはずだったと思うんだけど、ここ最近の動きを見る限り、どの種族ともうまくやっているようだ。ドワーフとの連携もバッチリ。
やっぱ増すぎるのが原因か。
「マンデイ」
「なに」
「ネズミっ子たち用に避妊具を造りたいんだけど協力してくれない? メスに外科的手術を施して妊娠できないようにする」
「ネズミの獣人の体のサンプルが欲しい」
「病死した個体の体を使おう」
「うん」
意外とネズミの獣人が馴染んでいるのは、この場所がメロイアンであるのも大きいかもしれない。
このゴミみたいな街にも美点はある。差別なくあらゆる種族を受け入れてきたという歴史だ。人種のるつぼ、その表現がピッタリと当てはまるのがこの街。有能な者はちゃんと評価され、金と地位を手に入れることが出来る。
ネズミの獣人はちゃんとコントロールさえ出来ていれば、この上なく有能だ。これからも彼らの立場が危うくならないように気を配っていこう。
しばらく地下で作業をしていると、地上に配置していたネズミから報告があった。ノームが目を覚ましたらしい。
ネズミっ子たちと連携しているとメロイアンのあらゆる情報が耳に入ってくる。監視カメラ兼携帯電話、例えるならそんな感じ。
「おはようござます、ノームさん」
「おはよぉ」
もともと緩い生き物だが、寝起きともなると緩さに拍車がかかる。
「早速魔法の訓練をしたいのですが体調はいかがですか? もし寝起きでお腹が空いているのなら食後でもかまいませんが」
「食事はしないから大丈夫だよ」
「食事をしない?」
「土に触れていればそれでいいんだ」
おぉ、さすがは大地の精霊。
「それではさっそく修行をしようか」
「うん」
手始めにと建築中のメロイアンの外壁に移動して、土魔法を行使してもらったのだが、ノームの魔法は、莫大な魔力をもつ生物の特徴とも言える雑さ、効率の悪さが目立った。だがそれ以上にノームの手によって仕上がった外壁は、無茶苦茶な硬度に引き上げられていた。
しかも魔力の保有量が多すぎて、けっこうな魔法を使ったのにまったく疲弊した様子がない。
「すごいな」
「でしょでしょ?」
この世界には俺より優れた奴が多すぎて、もはや嫉妬すらないのが悲しいところだ。穴掘りの勇者を自称していた俺だが、その分野ですらお株を奪われてしまった。
「ですがアスナや僕のレベルに到達するには、まだまだ道のりは遠いようだ」
「どうすればいいの?」
「行使し続ける。それ以外にはないでしょう。幸いこの街にはノームさんの魔法を使える場所が多い」
「えぇー。ずっとこれをするの? 面倒だよ」
ちっ。
強者の性格に難があるのは、不干渉地帯もデルアもメロイアンでも変わらないようだ。だが俺はいままでマンデイのイヤイヤループと戦ってきた男だぞ? こんなよくわからん生物に負けると思うか?
「いいでしょう。それではコレを見てください」
そう言って俺は、土を変質させ、精巧なマンデイ人形を創造した。
「へぇ、こんなことが出来るんだね」
「ノームさんは出来ますか?」
「やってみる」
むむむ、と土魔法を発動させてマンデイの土人形を作ろうとするノームだが、出来上がったのはマンデイとは程遠い土の塊。
当然だ。人形を造り続けた俺と、処女作のノームの作品では雲泥の差がある。
「これが僕とノームさんの実力の差です」
「そっか……」
「だけど安心なさい。あなたもいつか僕の境地にたどり着くことが出来るでしょう」
「本当に?」
「もちろんですとも。いや、魔力の保有量を考えると、僕以上の魔法が使えるようになるかもしれない」
「!?」
「うらやましいなぁ。でも修行が面倒ならやらなくても結構。あなたの成長はそこで止まるだけですから」
「やるよ! ボク、やるよ!」
「おぉ! やる気になりましたか。素晴らしい。ではこうしましょう。一週間に一度、人形を作るテストをします。それなら魔法の上達を実感できるはずだ」
「うん! そうしよう」
「修行は建築班のネズミっ子の指示に従って行ってください」
「ファウストは?」
「僕は地下で魔法の修行をしています」
「わかった」
はい、俺の勝ちー。
やっぱ俺ってすげぇ男だわ。
ノームを言いくるめた後、地下に戻って作業の続きをしているとマンデイが。
「土を固めても魔法は上達しない」
「だな」
「ノームもそのうち気づく」
「いいや、気づかない」
「なぜそう言い切れる」
「一週間に一度に人形テストで、上達を実感するからだ」
「だからそれが間違ってる。土を固めても人形作りはうまくならない」
あいかわらずマンデイは素直な子だなぁ。
「いいかマンデイ。ノームは建物を補強しながら、考えるだろう。どうやったら精巧な人形を作れるか。そして週に一度、実際に人形を作るわけだ。するとどうなると思う?」
「上達する」
「そうだ、建造物を固める作業と人形を作る作業に関連性はない。だが人形作りは上達する。だから勘違いするんだ。自分の魔法が上手くなっていると」
少し考えた後、マンデイは呟いた。
「詐欺師……」
もう傷つかない。だってこれはマンデイの愛情表現なのだから。
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