第205話 完璧超人
「ファウスト」
お、マンデイか。
なんだ? マンデイが何人もいるように見える。
そうかそうか、ついに分身の術を会得したか。さすがはマンデイだ。なんでも出来る。まさか忍術を使いこなせるようになろうとは。
「どうしたマンデイ」
「休んだ方がいい。働きすぎ」
「なにも問題ないよマンデイ。寝なさすぎて吐き気や動悸を感じていたが、もうなにも感じなくなった。どうやら疲労の向こう側に行ってしまったようだ。そんなことよりマンデイは忍術を使えるようになったんだな。俺は嬉しいよ。お前の成長が。ん? おかしいな、実験器具も分身している。不思議なこともあるもんだ。あ! 見てくれマンデイ。俺の手がいくつもあるぞ! これは
「マグノリア、ファウストを眠らせて」
「おい、待てマンデイ! いまいいところなんだ!」
手が増えるなんて最高じゃないか。いま眠ったら……。
「わかっタ」
「ダメだ、マグちゃん。早まるな。やめ――」
やれやれ。
このパターンで眠らされるのは何度目だろうか。
「おはよう、ファウスト」
いつものように眠らされた俺は、やはりいつものようにマンデイの美しすぎる微笑に迎えられて目を覚ますのだ。
「またやられた」
「誰かが止めないとダメ。ファウストは暴走するから」
「かなり眠ったみたいだ。体が固まってる」
「丸一日は眠ってた」
「そうか」
ぬかりのないマンデイは、俺の起床時間を予測して、きっちり朝食を準備してくれていた。
そして強制的に寝かされるまえに感じていた、皮脂の臭いがしない。
「もしかして、俺が眠ってるあいだにお風呂に入れてくれた?」
「臭かったから」
「お、おう」
至れり尽くせりでありがたいのだが、一つ、マンデイの保護者として気になることが。
「なぁマンデイ、例え俺の体が臭かったとしても、そういう風に直接的に言うと相手が傷つくかもしれない、だろ?」
「うん」
「だからな、そういう時は遠回しに言ってあげるんだ」
「わかった」
「例えばそうだな、体が汚れていたから、とか」
「鼻についた」
「いや、それはマズい。嫌な気分になる。もっと比喩的表現を用いてだな」
「濡れたネズミの臭いがした」
そうか、ネズミの臭いか……。
今度からは、どんなに忙しくても風呂には入ろうと心に決めた。
「長くお風呂に入ってなかったから、とかそんな感じでいいよネズミ臭はキツい。マンデイが想像している倍はキツい」
「わかった」
さて、ゆっくり休養できたことだし、ちょっとゆっくりしたら労働に勤むとしよう。
「俺が寝ているあいだに仕事がたまってたはずだ、メシ食ってバリバリ働こう」
「その必要はない」
「は?」
行き当たりばったりのノリだけ勇者と違い、論理的思考と鋭い観察眼にて現状の問題点を考察して行動に移せる優秀すぎるマンデイ、どちらが指揮をとるべきかは明白だった。
俺は不眠不休で外壁や、施設などに必要な物を創造しまくった。そんな姿を見ていたのは、病的なまでの俺のシンパであり、狂鳥の息子と自称する男、ウォルター・ランダーである。賢い方なら、これだけの情報を与えれば、もうおわかりだろう。
彼らが行きついた結論はこうだ。「狂鳥が働いているのに、俺たちが休むのはどういう了見だ?」ほんっとうに申し訳ない。そこまで頭が回らなかった。
「この街ではファウストの影響力は大きい。いままでのような勝手な行動は市民を傷つけることになる」
「すまん」
もちろん働き過ぎた俺がグロッキーになっていたのもあるのだが、市民の疲労もピークに達していた。その事実にいち早く気がついたマンデイは、マグちゃんを使って俺を眠らせた。そして、いままで働き詰めだった市民たちを休ませ、主要三団体に対して、ある指示を出した。
「シフト制、だな」
「シフト制?」
「俺のまえ住んでいた世界でそう呼ばれていた。それはシフト制だ」
「そう」
俺が眠っていたのはたった一日だ。
たった一日のあいだに、マンデイは各現場に必要な人数を計算し、シフトを組んできたのだ。
一応、確認しておくが、俺が働いているあいだ、マンデイも労働に従事していた。働いていないのは怠け者の女王様くらいで、それ以外の生物はゲノム・オブ・ルゥもメロイアン下層の者も、ヤクザ者も、同性愛者も、種族的マイノリティも、みな働いていたのだ。マンデイだけ休んでいた、なんてことはない。
にもかかわらず、だ。
にもかかわらずマンデイは俺を眠らせた後、現場を視察して必要な人員を計算、シフトを組み、作業する者たちが安全に労働に従事できるようにした。疲労困憊だったはずなのに。
「マンデイは休んだの」
「うん」
「本当にありがとう」
「うん」
しかしマンデイの功績はそれだけではない。
「狂鳥様だ」
「目が覚めたみたい」
「働き過ぎだったんだよ」
「ちょっと休んで顔色がよくなったみたいだね」
「よかった」
「狂鳥様がいなくなったらどうしようかと思ってた」
ネズミっ子たちは、それぞれに合った場所に配置している。建築系の成績がよかったり興味がありそうな子はそっち方面で働いてもらい、医療関係ならサカの補助に。建築部門、食品部門、防衛部門、そんな風に担当が決まっている。可能な限り偏りや不満が出ないように、そうやってネズミっ子たちを適材適所に振り分けていたのだが、メロイアンの防衛力を向上させるいまの段階において、若干腐っていた部門があった。
「食品部門か」
「うん」
ネズミの獣人・食品部門は、ネズミっ子たちを専門的に教育しようという試みの先駆け的存在である。ゴブリンに荒らされて収穫できなくなっていた農作物や家畜の肉、そういった物の代わりになる食品を造るために立ち上げた部門だ。ネズミの獣人ほど使い勝手がよく、隣人として適している者はないと確信するに至った出来事の主役でもある。
創造する力は結果が出るまでに時間がかかってしまう。その時間をいかに短縮するかが、能力を授けられた俺に与えられた課題でもあるのだ。
なにか新しい物を創造する時、いままでは俺とマンデイだけで実験をしていた。
俺の助手になるにはいくつかの資質がいる。まずは賢いこと、そして忍耐強く、緻密な作業を苦にしないこと。これらの条件をクリアしないと俺の助手として働くことは出来ない。
賢くなくてはいけないから勉強嫌いのヨキは失格。忍耐強くなくてはいけないというところでマグちゃんが脱落して、緻密な作業の部分でゴマ、ハクの獣、そして残念悪魔がふるいにかけられた。
そんなわけでしょうがなく俺とマンデイは二人で創造する力と向き合っていたのだが、ネズミっ子たちとの
ネズミっ子は賢く、手先が器用で忍耐強い。例えば食品を開発して欲しいとお願いしたら、みんなで話し合い、知恵を絞って完成まで突っ走る。一人に教えたら学びをみんなで共有するから教育も楽だ。
ある分野で最もよい成績を収めた者に、最高の教育を施してやれば、あとは勝手に知識や技術が伝播する。
ゴブリンはとにかく繁殖力と成長するスピードが早かった。その二つの武器を駆使し、強者で溢れるこの世界で不干渉地帯に送られることなく生き延びることが出来た。
ネズミっ子たちも同様だ。強個体が多い獣のなかで、繁殖力の高さと学習能力の二つの刃のみで生き残ってきた。その能力の高さは伊達じゃない。
「いま、なにを作ってるの?」
「わからない。ルゥのレシピに載っていたなにか」
マンデイは元々メロイアンにいた食料品を扱う組織、食肉加工会社や、生鮮加工会社の奴らと食品部門のネズミっ子たちを抱き合わせた。
そして設立したのは。
「焚き場」
労働者が無料で利用できる食堂だ。
それだけではない。
土魔法と水魔法の得意な者を集めて造ったのは【湯屋】。労働者の疲れを癒すスポットである。
メロイアンで働く売春婦たちを集めて精神的なフォローも抜かりがない。
「いま手形を造らせてる」
「手形?」
「防衛事業に従事した者のみが使える貨幣」
いままで俺を支えてくれていた人たち、ゲノム・オブ・ルゥのメンバーや、不干渉地帯の住人は俺と個人的に付き合いがあった。持ちつ持たれつの関係だったのだ。だがメロイアン市民は違う。一対一の関係ではなく、一対多、権力者とそれ以外の関係である。いままでのやり方が通用するはずがなかったのだ。
メロイアン市民はいま、俺にポジティブな印象を抱いている。彼らの仇敵であるデルアにケンカを売って、重要人物を何人か闇に葬ったという功績のお蔭だ。
しかし当然ながら無茶な労働を強要していれば、いずれは嫌われるだろう。労働には、その労力に応じた報酬が必要だ。
自分のことばっかで視界が狭くなっていた俺は、そんな簡単なことも考えることが出来ずにいた。そんなノリだけ勇者である俺の、
出来る女は違う。
「ネズミの獣人のなかで身体能力と知能、ファウストに対する忠誠心が高い者を選別し
なんだその厨二心をくすぐりすぎる部門は……。
「なぜそのような部門を?」
「手形の不正利用や窃盗を監視する必要がある」
「なるほど」
密告者部門はネズミっ子たちのあいだにながれる情報を整理して、不正を働いている者を徹底マーク、証拠を掴み、治安維持を担当する仁友会のトップ・バーチェットに報告する。
働いた者には報酬を与え、新制度を利用して不正に私腹を肥やそうとしている奴は糾弾。美味しい食事や温泉などで癒しの場を提供することも忘れない。
薄々感じてはいたんだけど、俺が無能に見えたり、ハクに懐かれなかったり、なんとなく不遇な扱いを受けるのって、マンデイのせいなんじゃなかろうか。
「なにか」
「い、いや、なんにもないです、はい」
いまさらだが、隣に完璧超人がいるのってなんとなく辛い。
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