第202話 NTR

 みなさんはNTRというジャンルを知っているだろうか。


 一応ご存知ない純粋無垢な方のために説明しよう。


 NTRは寝取りと読む。


 若く麗しい妻が、どこの馬の骨ともわからぬ男に骨抜きにされ、あんなことやこんな展開になる、気の毒なジャンルのことである。


 世界は広く、考え方や趣味嗜好も千差万別なのだ。俺はまったく興奮しないが、そういうジャンルで鼻息を荒くする強者もいる。そしてまさか俺が寝取られることになろうとは、つゆとも思わなかった。


 「テーゼ、これはどういう状況だろうか」

 「あら、坊ちゃんはご存知ないので? ならば教えてあげましょう。猫ちゃんというのは気持ちがいい時にこうやってゴロゴロと喉を鳴らすのですよ」

 「知ってる。それは知ってるんだけど、なぜフタマタがこんなに懐いているのかと思って」

 「アスナさんの魔法訓練を受けてヘロヘロになったフタマタちゃんを私がなでなでしていたのです。そしたらこんなに懐いちゃって、うふふ」


 大切なことだから、よく憶えておいてくれ。これがNTRだ。


 フタマタの幻視の能力は強力かつ制御不能だった。


 だからしょうがなかったんだ。ゴブリン討伐に連れていくには不確定要素が多すぎた。仲間を幻視でヘロヘロにされて不利な展開になったら悔やんでも悔やみきれない。フタマタを連れていかなった選択は正しいと思っている。ただこんなことになるとは思っていなかった。


 「アスナさんとの訓練でフタマタちゃんは魔法をコントロール出来るようになりましたよ。なかなか筋がいいと高評価でした」


 俺が拾った時、フタマタの心は傷ついていた。


 親に捨てられ、世界に不信感を抱いた、心から不憫な子猫ちゃんだった。だからベタベタと触ったり、無遠慮になでることがはばかられていたのだが、そんな俺の紳士な側面が災いしたのだ。


 なんか前世でもそうだったかもしれない。異性にモテる男ってのはみんな相手の都合なんておかまいなしにゴリゴリと口説いたり誘ったり出来る奴だった。紳士ってのはいつもわりを食って、涙で枕を濡らすんだ。


 「おいファウスト! いい加減にしろ!」

 「なんのはなしですか」

 「猫が家政婦に懐いたからといって、お前になんの関係がある!」

 「えぬてぃーあーる……、えぬてぃーあーる……」

 「もう知らん」

 「ちょっとあるいてくる」

 「おい! 待て!」

 「……」


 だいたい世の中ってのは不公平な感じに仕上がってる。


 直視したら悲しくなるからダメージ受けてない振りをしていたけど、俺ってこの世界を救うために結構な貢献をしていると思うんだよ。なのに現在の扱いは狂った鳥。一番バックアップして欲しい人間の国からは台所に出現する黒いアイツ並みに嫌われていて、支持してくれているのは……。


 「おぉ、狂鳥! 元気か? ぶっ飛ばすぞテメェ」


 ゴ民度のみなさん。


 どうしてこうなったのだろうか。どこで道を誤ったのだろう。


 みんなにワーキャー言われてハーレムとか形成してさ。そういうのだろう? そうなるべきなんじゃないか? 


 「あはぁん、狂鳥さまぁん。ちょっと休憩していかなぁい?」


 不干渉地帯の獣レベルの体格をしたヒゲづらのオカマちゃんに声をかけられた。


 違う、お前じゃない。


 もっと可憐な感じの女の子の声援が欲しいんだ。お前じゃない。断じて違う。


 「おっ、狂鳥様! どうだ、ちょっと遊んでいかないかい?」

 「ちょうどよかった狂鳥様、ぜひ食ってってくれよ! なんの獣かわかんねぇけど美味そうな煮込みが出来たんだぁ!」

 「きょうちょうさまぁ、あそぼー」


 いや、この街も悪くはないんだ。


 初めて来た時に比べたら住民たちの汚い言葉にも慣れてきたし、決闘やデルアを攻めた実績なんかのお蔭で受け入れられた感はある。


 だが、萌えない。


 ゴ民度はどこまでいってもゴ民人ミンドなのだ。いまだに麻薬の売買は行われているし、ちょっと路地裏に潜ると殺人とか人さらいが横行している。


 まずは治安だな。


 麻薬を断ち切る。だが、それで稼いでいた生き物たちの生活も保障しなくてはならない。なるべく不幸な生き物を減らし、幸福を感じさせることが侵略者を打倒する牙になるはず。感化される生き物が減れば、敵の戦力は減るはずだから、これからの戦いが楽になっていくだろう。


 捨て子たちの生活の質を向上させて教育にも力を注ぐ。幸せを素直に受容できる健全な精神をもった生き物が育って来たら、もっと動きやすくなる。


 やっぱりここは俺のホームだな。


 決して完全な街ではない。


 犯罪で溢れた世紀末な雰囲気は、まだ払拭できていないし、身なりの貧しいもの、明らかに栄養状態がよくない生き物や荒んだ表情の者がチラホラと散見される。


 だけど彼らの幸福や、これからの生活のことを考えると気分が上向く。


 NTRがなんだ。そんなことに左右されてどうする。


 立ち直りの速さには定評のある俺だ。いつまでもクヨクヨしているのも時間がもったいない。


 よし、まえを向こう。


 ヨキに謝罪してゴブリンの件を解決してあげるとするか。


 と、わりと明るい気分で帰宅したのだが……。


 「えぇっと、もしかしてもう終わりました?」

 「見てわからないか?」

 「……」


 ヨキの隣にはそれはそれは立派なゴブリンが立っていました。


 俺がNTRショックでクヨクヨしている間にもう、ゴブリンの復活式は終了していたようだ。


 「どんな感じですか?」

 「さっきヨナと一つになってみた。やはりヨナと俺の魂の性質が近いようだ。なんの問題もない」

 「ヨナさんが裏切りそうな感じは?」

 「ない。一つの存在になってみて確信した。俺たちの間に隠し事は不可能だ。俺はヨナのありとあらゆる事柄を知ることが出来、ヨナは俺のすべてを理解した。レイスとは一つであり全てでもある。つまりヨナは俺であり、俺がヨナなのだ」

 「なるほど」


 とりあえず理解している感じを出してみたが、なにがなにやらまったくわからない。性格も種族も違う奴と一つの存在になるってどんな気分だろう。まったくイメージ出来ん。


 「ヨナさん、こんにちは。僕はファウスト・アスナ・レイブ。どうぞよろしく」

 「うん、よろしく。君のことはよく知ってるよ。ヨキ君の記憶を共有したからね。いまではまるで家族のように親しく感じている」


 へぇ。


 なんか思ってたのと全然違う。


 穏やかで理知的。とてもあのゴブリンの群れのなかにいたとは思えない。


 「にしても君はすごいね。君たちが【君主】と呼んでいた、あの子を殺したんだろう? しかも一方的に」

 「僕はなにもしてません。戦ってる感を出して、味方に刺してもらう。あまり褒められた戦い方じゃないですが、仲間を安全に動かすことが出来ます」

 「ふふふ、ヨキ君の記憶通りだ。君は本当に仲間想いなんだね」

 「長いこと一緒にいますからね。みんな僕が無力で惨めだった時期から一緒に行動して支え続けてくれたんです。傷つけたくないと思うのは当然ですよ」

 「君はいままで見てきたどんな指導者とも違う形をしている」

 「そうですか?」

 「うん。君が抹殺した【君主】というのは、生まれつき【扇動】という能力をもっていた。他のゴブリンと感覚を共有して、筋力や生命力を上げることが出来たんだ。上に立つために生まれてきた子だったよ。彼が良い心をもっていればゴブリンの繁栄もあったかもしれないけど、残念ながらそうではなかった。彼はまだ幼かったけど魂の醜さの片鱗は現れていたんだ。自分以外のゴブリンの命なんて、羽毛よりも軽いと思っていた。傲慢ごうまん貪婪どんらん、ゴブリンの愚かしさをすべて体現したような子だったね」

 「対面するまえに殺しちゃったから、性格のことなんて考えもしなかった。申し訳ありませんでした、あなたの仲間を殺してしまって」

 「謝ることはないよ。どっちにしろゴブリンに未来はなかった。あんな無茶な増え方をして、食料や資源が続くはずがなかったんだ。もし自分に敵がいるとしたらファウスト君ではなく、ゴブリンの命を利用し、使い捨てた子だね」

 「囁く悪魔……」

 「あの子も君とはまったく違ったタイプの指導者だ」

 「知ってるんですか?」

 「大天使エルマーから聞いたことがあるよ。当然だけどエルマーはゴブリンを恨んでいた。手足を食われて慰み者にされたんだ、恨むなと言う方が無理だ。でも僕はそれなりにいい関係を築いていた」

 「なんとなくわかります。ヨナさんはなんていうか……、失礼な物言いかもしれませんが、ゴブリンらしくない」

 「失礼じゃないよ。むしろゴブリンらしいと言われた方が傷つく。エルマーが言うには、囁く悪魔は理想のためならなんでもするタイプらしい。手段を選ばないという点では君と似ているかもしれないが、アプローチがまったく違う。君のような心の温かさは持ち合わせていない」

 「囁く悪魔について他になにかわかりますか?」

 「いや、僕もエルマーから聞いた程度だから詳しいことはわからないんだ。それにエルマーは途中から狂ったようになってしまったから、それ以上の話は聞けなかった。力になれなくて申し訳ないよ」

 「いえいえ、充分です」


 はっ。


 なんの警戒もせずに普通に話し込んでしまった。


 「ヨキさん、ヨナさんは本当に敵にはなりえないのですか?」

 「あぁ間違いない」


 うぅん。


 レイスの価値観はよくわからないが、危険な香りがまったくしないのは確かだ。


 「ヨナさん、もしよければ僕と一緒に戦ってほしいのですが、かまいませんか?」

 「うん、いいよ。ゴブリンとして生きていた頃よりもずっとやりがいがありそうだし、君のことを知って、とても好きになった。力になるよ」


 砂の体は俺が造った。もしヨナが暴走してしまっても対策はわかる。


 マンデイもヨキの体についての知識はあるし、二人でかかればなんとかなるか?


 「わかりました。ヨナさんのような実力者がこちら側につてくれれば頼もしい。ではヨキさんから砂の体の扱い方を教えて貰ってください」

 「その必要はないよ」

 「?」

 「レイスは一つであり、すべてなんだ」


 でた、レイスのよくわからん感覚が。


 「どういうことですか?」

 「ヨキ君の知識や経験は、同時に僕のものである」

 「なるほど」


 ん?


 ってことは……。


 「ルーラー・オブ・レイスも砂の体を使えたりしますか?」

 「一度、ヨキ君とシンクロしたら使えるようになるだろうね」


 おっと。これは朗報だ。


 もしすべてのレイスの王、ルーラー・オブ・レイスが砂の体を手にすれば、【天体衝突】や神経毒なんか目じゃない。


 そして敵の本拠地と目される地点はメロイアン、虞理山、ルーラー・オブ・レイスの居場所である最果ての地に囲まれてる。


 これは絶好のシチュエーションでは?


 「ヨキさん、また特別な任務をお願いしたいのですが」

 「なんだ、言ってみろ」

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