第196話 崩壊 ノ 音

 「デルアはダメだな。とれなかった」

 「みたいだね。とても残念だよ」


 今夜は空気が澄んでいる。


 きっと、この世界を害する生き物が減ったからだ。とても静かで、気持ちがいい。


 この世界から命が消えていくたびに僕の行いは正しいと確信できる。もっと、もっと殺したい。もっと、もっとシンプルになればいいと思う。


 「飛剣と呼ばれる剣士や不干渉地帯の主、デルア戦力は問題にはならん。囁く悪魔、お前の戦略で潰せるだろう。だが、奴だけはどうにもならんな。ゴブリン共を蹴散らした魔力の爆発を使えばもっと簡単に防衛できたはずなのに、一度しか使わなかった。病を生み出すとの報告もあるが、それも確認されたのは一度きり。まだ余力を残しているように見える」

 「もしかすると実験をしているのかもしれないね。神に選ばれた生き物……。本当に厄介だよ」

 「あぁ」


 狂鳥だけじゃない。


 獣のトップ、亀仙の穴を見事に埋めてみせ、虞理山を安定化させた不死王・フューリー。我が主を追い込んだ戦闘能力とカリスマ性、統治能力は侮れない。


 水のワシルは代表者のなかでも屈指の力をもっている。おそらくこちら側で対抗できるのは国呑みだけだけだが、あれはまだコントロールが出来ていない。


 最悪なのは虫。代表者すら判明しておらず、何度かの侵攻はすべて失敗に終わっている。


 いまのところの脅威度が低いのはルーラー・オブ・レイス。移動に難があるから奴の土地に侵入しない限りは問題がない。


 明暗は代表者のなかで最も簡単だ。連携が必要な能力なのに、高すぎるプライドが邪魔して能力を活かしきっていない。あの間抜けな天使はいつでもやれる。


 「それはそうとデルアのキーマンを引き込むと言っていた話はどうなった」

 「うん、竜の人は失敗した。魂が二つあったんだ。人の方の魂は揺れやすくて打たれ弱かったけど、竜の方は強靭だった。あれは無理だろう。でも一人、こちら側に寝返らせることが出来たよ」

 「ほう」

 「いまはまだ向こうに潜伏させている。ここぞという場面で動いてもらうつもりだよ。狙いは偽物のミクリルではなく、本物」

 「狂鳥か」

 「うん。いくら奴がしたたかでも、後ろからの攻撃というのはなかなか防げるものじゃない」

 「奴を殺せば」

 「戦況は一気にこちら側に傾く。そのためには敵を作らなくてはならない。身内に裏切り者がいると考える余裕がないくらい強力な敵を」

 「誰が行く?」

 「君に任せようかと思ってる。充分に戦力を整え、草原の民をひき連れて狂鳥の拠点を襲う」

 「神の土地か」

 「いや、脆弱なデルアだけど、数だけは脅威になりうる。シャム・ドゥマルトからそう距離が離れていないからデルアから援軍が送られる可能性も否定できない」

 「ではどこを?」

 「メロイアン」

 「メロイアンを?」

 「いま狂鳥が拠点にしているのがメロイアンなんだ。君もよく知っているだろうけど、あそこには昔っから強者つわものが集まる。問題は治安が悪すぎて制御できない点だった。狂鳥はそんなメロイアン市民を抱き込み、再生させようとしているようなんだ」

 「ほう」


 こちら側の戦力は申し分ない。


 もし狂鳥がゴブリンの群れを半壊させた魔力の爆発や、病を生み出したとしても……。


 いや。


 「希代の魔術師ル・マウと伝説のラピット・フライ、セルチザハルの剣聖ヨジン、ドルワジの人食いハヴォイ、デルア舞将のリッツ、白銀の壁ガンハルト、そして草原の民。あと草原の剣姫マヤだね。マヤはまだ不確定だけど、味方になればこれほど心強い駒はない。最悪、国呑みも動かせるし、水のハ・ラ・カイも僕の思想に心酔している。これだけの戦力があれば、大抵のことは出来そうだけど、なにせ相手は狂鳥だからね。油断はならない」

 「森の戦力も動かすか?」

 「いや、いい。あれはまだ強くなる。未来の戦力だ。狂鳥に攻められて森を潰されるまえに、奴を仕留めなくてはならない。もし狂鳥を亡き者に出来れば、睨み合いの展開になるだろう。敵の指揮を執るのは獣のフューリーになるはずだ。あの狼は個と群れでの性格がガラッと変わる。個でいる時は恐れを知らぬ勇猛果敢な戦士だけど、群れを指揮すると日和見主義の間抜けに様変わりするんだ。その展開になれば、森の戦力を育てる時間は充分にとれるはず」

 「なるほど」

 「だからメロイアン侵攻、いや、狂鳥の暗殺は確実にやり遂げなくてはならない」


 あと一つ、気になることがある。


 「メロイアン侵攻の時、一番の狙いは狂鳥だ。奴を殺せば勝利の女神は僕たちに微笑むだろう。だけどもう一人気になる人物がいる」

 「誰だ」

 「メロイアン・コネクションのサカ」

 「ん? あの女にお前が警戒するほどの力はないと思うのだが」

 「力じゃない。あの女の周囲でおかしなことが起こってるんだ」

 「とういうと?」

 「僕がそそのかして我が主に忠誠を誓った者がいた。我が主が眠りにつく以前の話だから、かなりの古株だ。それがサカに服従しているみたい。定期連絡のために派遣した仲間がそいつに殺された」

 「たしかに不思議ではある」

 「狂鳥の次に狙うのはサカだね」

 「わかった」


 僕の囁きで心変わりした場合、ちょっとした出来事で記憶や人格が戻ることがある。でも感化があの化け物の手にまで及んだ場合、元の人格に戻るのは不可能だ。あの化け物を愛し、アレの思想のために命をなげうつ。


 サカがなにかをしている。あの女、我が主の天敵になるかもしれない。


 「戦力が整い次第、狂鳥に情報をリークする。そしてミクリル遊撃隊と合流するように促し、守りを固めさせるから、君はメロイアンを攻めるポーズをとってもらったらいい。後はデルアに潜伏している我らの同胞が狂鳥の背を刺せば終わりだ」


 本来はゴブリン共にデルアを潰させた後、ミクリルを洗脳して狂鳥なりフューリーを始末させる予定だったのに、まさか合成虫に蝕まれたゴブリンの群れを全滅させるとは……。


 念のために獣のなかで戦えそうな奴を洗脳するべきだろうか。火塵のノーン、天災ジェイ、喧嘩師グジョー。この辺を仲間に出来れば、狂鳥を殺せる可能性は飛躍的に向上するだろう。


 ここ最近、長距離を飛び過ぎて翼の調子が悪い。獣まで飛べるだろうか。


 そろそろ僕の能力が敵方にばれるリスクも考慮するべきだ。


 感覚に優れた獣だ。ガンハルトとネズミを感化しに行った時も、かなり苦労した。


 また出来るだろうか……。


 「ニィル」

 「!」

 「あっ、ごめん。囁く悪魔さん」

 「なんだ」

 「もう危ないことは止めようよ。みんな苦しんで、みんな血を流してる。森の生き物たちだって……。これじゃまるで私たちを傷つけた奴らと一緒じゃないか……」


 愚かだ……。


 なんて愚かなんだ。


 「フィル、愚かなる妹よ。だからこそ僕たちはやるんだ。苦しみからの救済は、痛みの先にしかない。もっと命を燃やして、生を拒絶するんだ。もっと世界をシンプルにして、すべての苦しみをなくしてあげよう」

 「……」

 「もう、誰にも僕たちみたいな経験をさせたくない。わかってくれるか?」

 「この間、森に行った。森の子に殺してくれって頼まれた。毒虫に刺された家族が死んだのを見て、食べ物が手に入ったって喜んでた! アゼザルは暇潰しにネズミを殺して、国呑みがイノシシを潰して遊んでた! それを見た死霊術師が新しいオモチャだって笑って……。あんなの普通じゃないよ! あれがニィルの望んだ世界なの!? 間違ってる! いまならまだ間に合うかもしれない……。狂鳥とか不死王に謝って……、許してもらえるかわからないけど……、私たちが間違ってましたって言って、そしたら……、そしたら……」

 「フィル、もうすぐ終わるんだ。もうすぐ。だからあと少しだけ、我慢してくれないか?」

 「そんなこと……」


 なんとも愚かだ。


 だけど……。


 「僕が僕でいられるのはフィル、お前のおかげなんだ。すべてが終わったらちゃんと自分の罪をあがなう。世界が僕を許さないというのなら、どんな罪でも受ける。だから、もう少し」

 「……」


 フィルがいるから戦える。


 僕は痛む翼を広げた。


 「仕事にいってくるよ、フィル」

 「……、帰ってきて、くれる?」

 「もちろんだ」


 もう少し。もう少しで行ける。誰も僕たちを傷つける奴らがいない世界へ。


 ――男は殺せ! 女は連れて行く!


 この世界は腐ってる。


 ――なんだ? この小さい悪魔は。


 ――はははっ! まだ生き残ってやがったか! コイツらは淫魔だ! 黙って奉仕しておけばよかったものの一丁前に反乱なんぞを起こして駆逐されたんだ。連れて行け! いい夢が見れるぞ。


 誰も傷つけさせない。


 ――ママ!


 ――バカっ! 声を出すな、フィル!


 ――でも……。


 新しい世界を、この手に。


 ――お姉ちゃんも……。


 ――見るな! なにも見るなフィル!


 なにも見るな。なにも聞くな。なにも感じるな!


 この世界は……。


 僕のものだ。

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