第197話 戦後

 なんとかゴブリンの群れ、ワト軍を退けたが、課題が多い結果となった。


 強力な兵器は、その余波で思いもよらぬ被害を生み出す。


 今回はデルアの復興まで視野に入れてたから、大量破壊兵器や毒の使用は最低限に抑えた。


 だがもし舞台がデルアでなかったとしても、戦うたびに戦場を更地に変えたり、禁足地にしてしまっていては、さすがに支持者いなくなるだろうし、この世界のためにもならない。


 とはいえ、ちゃんと腰をすえて戦おうとすれば、今回のガイマンみたいなことになるかもしれないから、可能であれば戦闘になる以前に勝負を決めたい感はある。


 ガイマン……。


 自分の持ち場をちゃちゃちゃっと片付けてガイマンのところへ駆けつけたのだけど、ツノは斬られてるし毛皮に血はついてるしで、そんな姿のガイマンを見ていると生きた心地がしなかった。


 ――ヨキさんとマヤさん、ベルさんが助けてくれたんだよ。


 なぜベルちゃんがこんなところに? マヤさんって誰? ていうかガイマンはなぜこんなに傷だらけなの?


 訊きたいことは山ほどあったのだが、俺が疑問を口にするまえに、すべての疑問を吹き飛ばすような発言をヨキがしてきた。


 「今回敵対したゴブリンをレイスとして復活させようと考えている」

 「はぁ?」


 なにを考えているんだ、このアホは。


 簡単に報告を受けただけだから詳しいことはわからんが、奴は剣士なのにヨキ一人じゃ対処不可能なほどの強個体らしい。


 復活させてなにになる。しかも、あの際限なく増える倫理観の欠如した攻撃的な種族だ。意味がわからん。なにを考えていらっしゃるんだろうか、このどアホは。


 「いくら【武神】が強くてもレイスになれば体は使えん。脅威ではない」

 「いや、なら復活させる意味もないでしょ」

 「奴は最初から最後まで、自分の命を守るためだけに戦っていた。群れを救おうとしたのも、群れが崩壊すれば自分の命がないと考えたからだ」

 「うん、だからなんですか?」

 「奴の考えはゴブリンらしくない。命をかけて斬り合ったからわかる。あれは……、ヨナがレイスとして復活すれば、必ず俺たちの助けになるだろう」

 「敵対したらどうするんですか? 物理無効のその体を、初見の技をなんなくコピーする感性と才能を有した化け物が使うんですよ? もし敵になったら誰が止めるんですか?」

 「俺が止める」

 「寝言は寝て言ってください。生前のヨキさんと現在のヨキさんではどちらが強いと思いますか?」

 「……」


 ヨキは賢い男だ。これから俺が言おうとすることを瞬時に理解したのだろう。返事はない。


 物理無効の体。


 砂状になれば体をもっていた頃には考えられなかったようなエキセントリックな動きも可能で、相手の視界を奪うといった絡め手も出来るようになった。筋肉や神経の繋がりが弱いために力がないのがウィークポイントだが、現在ヨキがやっているように技や武器でカバーできるからそう問題ではない。


 砂の体のレイスは、剣士などの物理攻撃を主軸に戦闘をする相手には滅法強いのだ。


 そしてその体を【武神】がもつとどうなるか。ちょっと考えればわかることだ。


 ヨキより体の使い方と剣の才能があるレイスを復活させる? 無理に決まってる。ヨキの戦闘スタイルを一度経験している【武神】はかなり高いレベルで砂の体の戦い方を模倣するだろう。おぉこわい。


 「賢いヨキさんは僕がなにを言いたいのかを理解しているはずです。【武神】の復活は仲間を危険にさらす」

 「レイスは全であり、個でもある。俺が奴と結合すればなんの問題もない」

 「コントロール出来る確証があるのですか? もし性格の主導権を相手に握られたらどうするつもりです? 【武神】の討伐、ヨキさんがいなかったらかなりピンチになっていた。死者が出たかもしれない。もし【武神】に性格を乗っ取られたら僕はレイスとしてのあなたを破壊するでしょう。戦力はガタ落ちだ。一度ヨキさんを失ってみて気付いた。ヨキさんは必要な人材だと」

 「お前の言いたいことは理解できる。だが、戦いのなかで相手と繋がり合う感覚があるというのは確かだ。ヨナと俺は近いものをもっている。即物的だから、思想や感情で剣を振らない。アイツとなら間違いなくうまくやれる」

 「だから確証がないでしょう?」

 「確証などなにもない。お前はなぜリズベットを救った。なぜマンデイとハクを造った。アイツらがお前の味方をする確証がなかったにも関わらず」

 「それは……」


 そう言われれば返す言葉がない。


 その場のノリです、なんて答えたら斬られそうだし。


 「お前の魂がお前を突き動かした。そして俺の魂がヨナを求めている」

 「魂……、なるほど」


 うぅん。


 どうして俺は口論が弱いんだろうか。誰かの話を聞いていると、それが正しいことかのように思えてしまう。


 もしかして俺って感化されやすいのかもしれない。侵略者に呑まれるのも困るし、変な壺とか絵とかを買わされるリスクも……。


 気をつけなくては。


 「わかりました。でも万全を期すために、ヨナ? ゴブリンを復活させる時はヨキさんの体は没収しておきます。かまいませんか?」

 「あぁ」


 しかしヨキと【武神】が一つになるのか。なんだか妙な感じだ。


 俺だったら断固拒否するだろうが、レイス的にはそこまで抵抗がないのかな?


 「で、どうしてベルちゃんがここに?」

 「知り合いなのか?」


 あっ、そうか。ヨキは絶妙にベルちゃんと入れ違ってて面識がないのか。


 「デルアの将です」

 「将だと? どうりで……」


 まぁそういうリアクションになるよな。この子、見た目や性格と、戦闘技術のギャップがヤバすぎるから。


 「ベルちゃん、久しぶり」

 「こ、こんにちは!」


 相変わらずキョドってんな。


 「行方不明になったって聞いてたから心配してましたよ。大丈夫だった?」

 「急に怖くなっちゃって……」


 まぁ、だろうね。


 「とにかく命があってよかった」

 「え? 怒らないんですか?」

 「怒らないよ。怖い時は怖いからね。逃げたくなる気持ちもわかる。でもミクリル王子は立場もあるから、ある程度のお叱りは受けるかもしれないね」

 「お、お、お叱りですかぁ!?」

 「ミクリル王子の性格だから、痛いことをしたりはしないと思うよ。こら、ベルちゃん。くらいじゃないかな? 不安なら僕からもお願いしておくよ。あんまり叱らないであげてって」

 「ファウストじゃんん~~~」


 懐かしい。この子ってこんな感じだったわ。


 「でもよく戻ってきたね。ベルちゃんがいなかったら息子が殺されていたかもしれない。本当にありがとう」

 「いえ、ベルはなにも……。あっ! それよりユキさんは!? ユキさんが死んじゃったって聞いたんです。まさかユキさんが死ぬはずないから……。だからベル、逃げちゃったことを謝らなくちゃって思って戻って来たんだけど……」

 「ユキ……」

 「え?」


 俺は、繊細なベルちゃんの心が傷つかないように、丁寧に、誠意をもってユキの最期を伝えた。ベルちゃんは神妙な面持ちで俺の話に耳を傾けていたが、次第に瞳から大粒の涙がこぼれてきた。


 「ベルが逃げたから……。ベルのせいで……」

 「いや、ユキさんの戦死に関しては、僕の責任です。ベルちゃんのせいじゃない。あの時のゴブリンは弱りきっていたから、なめてかかってしまった。最後まで全力で潰していたらこんなことにはならなかったはず」

 「でもベルがいれば……」

 「たしかにベルちゃんがいればユキさんは死ななかったかもしれない。でもそもそも僕がもっとうまくやっていれば、毒や【天体衝突】で土地を殺す必要もなかったし、ガイマンやデルア兵を傷つけることもなかった。自分を責めたい気持ちはわかるけど、すべてがベルちゃんのせいってわけじゃない」

 「……」

 「僕はこれからの行いで自分の罪をあがなおうと思っている。もしよかったらベルちゃんもそういう考えにシフトしていったらどうだろうか。罪悪感を抱えながら生きるは辛いから」

 「ファウストさんはどうしてそんなに優しいんですか……。あなたはすごく強い、選ばれた人なのに」

 「僕は弱いですよ。心も弱いし、戦闘能力はマンデイやベルちゃんより低い。ただいろんな事情で代表者になってしまっただけだ」

 「ベルも……、弱いです……。誰も守れないから……」

 「今回の反省を生かして次に繋げよう、ベルちゃん」

 「はい……」


 やっぱ抗うつ剤みたいなのを創造した方がいいかもしれない。脳内の伝達物質をいじるのは得意だし、出来ないこともないだろう。


 今後、戦争孤児やPTSD、ベルちゃんみたいに自責の念に押しつぶされそうになってる人と会うことが増えてくるだろう。メンタルが不安定になれば侵略者に感化されるかもしれない。薬で心がすさむのを防げれば、対侵略者のメタファーになる。


 「で、君は?」

 「あっ、私はマヤ。武者修行中の草原の民」

 「草原の民?」


 ってことはヨキと同郷?


 「うん、草原の民」

 「フルネームは?」

 「マヤ・ヨジン・セルチザハル」


 同郷どころかヨキの妹じゃねーか。


 「なるほど、ではそこにいるヨキさんの妹になりますね」

 「え? こんな人、見たことないよ? 戦い方は草原の民っぽいし、若干お父さんに似てるけど、やっぱり見たことがないんだよねぇ。歳的には私とそう変わらないみたいなんだけどなぁ」

 「ヨキさんが生きていた頃、マヤさんはまだ子供だったから記憶がないのでしょう」

 「生きていた頃? なに言ってんの? いまも生きてるじゃん」

 「いや、ヨキさんは死んでるんです。いまはレイスですね」

 「レイスが剣を振れるわけないじゃん」

 「いや、振れるんです。僕が造った体ならね」

 「はい?」


 このくだりはもう数億回は繰り返してるから慣れたもんだ。


 俺は自分が特殊な魔法を使えること、物造りが得意なことを説明。


 「ちなみにどういう因果か、マヤさんが振ってる刀も僕が創造した物ですね。誰も使いこなせなったのですが、マヤさんは問題なく使えているようだ」

 「え? これも造ったの?」

 「そう。ちょっと問題はあるけど、なかなかいい刀ですよ」

 「うん、慣れればこんないい剣はないよ」


 ヨキたちと合流した後、ミクリル王子のところに飛んで被害を確認した。


 ミクリル王子は俺のおかげでゴブリンを討伐できたと感謝の言葉を口にしたが、俺のせいで傷ついたものも多い。素直に喜べない結果となったしまった。


 かなり苦労したが、ゴブリンは全滅したようだ。


 とりあえずは一安心といったところだろう。

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