第182話 皇帝

 かつて【エア・シップ】を脱出する場合のことを考えて創造しておいた【ダイバーN1】の失敗作に、戦闘用の新しいギミックを取り付けて、持ち運びがしやすいようにバックパックに詰めた。


 「ねぇファウスト君、本当にやるのかい?」


 心配そうに尋ねてくるワイズ君。


 「うん、やるよ」

 「なぜ? こんなところで君を失いたくない!」


 ワイズ君……。君はずっ友だよ。


 「ユキさんがやられたいまの状態で正面衝突したら絶対にいいことにはならない。一部のデルア兵の士気が低すぎるんだ。負けを確信してる。だから誰かがデルア兵の士気を上げることをやらないといけない。そして、それを出来るのは僕しかいない」

 「でもっ!」

 「大丈夫、必ず勝てる」

 「……。約束してくれるかい? 絶対に帰ってくるって」

 「もちろん、まだまだ死ぬ気はない」


 はっ! フラグの神様の気配!? 違うよー、違いますからねー。


 まぁ今回は死ぬようなことにはならんだろうな。バトルマニアやプライドの高い奴は、俺のオヤツだから。


 とはいえ、油断は禁物。


 最後の一瞬まで全力で叩く、そう学んだからな。


 「オストさん」

 「おー、よくわかったねー。私がオストだって」


 まぁ二択だから。


 「出来る男なんで。ところで上空からの障壁はどうでしたか? 問題なし?」

 「大丈夫だよー」

 「体の具合は?」

 「元気!」


 こっちは問題なし。


 「一つ質問していい?」


 と、ヴェスト。


 「なんです?」

 「なんで空から障壁を張るのー?」

 「障壁を張ってる時は無防備でしょ? 地上にいたら危ないじゃないですか。それに、もし順調にことが進んで僕が【皇帝】を倒すことが出来たとしたら、たぶんゴブリンが一斉に襲いかかってくる。空にいた方が逃げやすい」

 「ん? 決闘方式で正々堂々戦うんだよねー? 命をかけて戦った戦士相手にそんな礼のないことをするかな。あのゴブリンって普通のやつと違って知能が高いんだよねー?」

 「決闘方式は採用するけど、正々堂々かと言われたら賛否両論ありそうなんですよね。だから一応、戦闘後、敵が襲ってくるという前提で動いときたい」

 「よくわからないけど、わかったー」


 しかし無防備の双子ちゃんを空に置いておくのはちょっと気になる。飛竜夫妻はいるが、あの人たちは投石に対する明確な防衛手段をもっていないような気がするんだよな。


 以前ならこういう場合、あぁでもないこうでもないと悩んでいただろうが、もうそんな必要はない。


 だって俺には……。


 「ヨッキさぁーん!」

 「なんだ。気持ちの悪い奴だな」

 「ちょっとお願いがあるんだけどいいですか?」

 「お願い?」


 ヨキがいるから。


 困った所に置いていたら勝手に仕事をしてくれる。不思議な体で移動はスムーズ、反射神経がいいから投石にも対応可能。


 失ってはじめてわかったヨキの能力の高さだ。


 「障壁のうえで双子と竜騎士を守ればいいんだな?」

 「そうそう」

 「任された」


 さっすがヨキだぜッ!


 こんな感じで準備は完了した。


 すべてが順調に進んでいたのだが、出発直前にプチトラブルが。マンデイ先生が持病を発症してしまったのだ。


 「マンデイもいく」


 飛竜が翼を怪我したら飛べなくなるし、護衛は多いに越したことはない。マンデイがいれば、最悪の場合治療も出来るし。


 今回は連れて行くか。


 だが……。


 「メイスそれはもっていくなよ? 重いからね」

 「……、わかった」


 俺が言わなかったらもっていく気だったな、コイツ。


 さぁ、気を取り直してレッツ決闘!


 選択するスーツは【鷹】。戦闘後の逃避、誰かを救出する場合のことを考えて、出力の高いこのスーツを選んだ。


 そしてバックパックのなかには、新しく開発した、対【皇帝】用戦闘スーツ、【 紫貽貝ムラサキイガイ】。防御性能が高いスーツだからバカみたいに重い。


 でも大丈夫! 爆弾を内蔵しているから持ち帰る必要がないんだ! 使い終わったら放置してボンっ!


 行きだけ我慢したら、帰りは手ぶらでもオッケー。創造物はなるべく大切にしたいんだけど、それで命を落としたら意味ないからね。うん、しょうがない。


 【亀】といい【 紫貽貝】といい、防御主体のスーツは悲しい最後を迎える運命のようだ。


 さて、ゴブリンの群れが見えてきた。集中していこうか。


 対【皇帝】打倒作戦その一。


 挑発。


 プライドの高い奴ってさ、シンプルだけどこれが効くんだわ。


 「ワイズ君、僕が言う通りに念話で伝えてくれる?」

 「うん、わかった」


 まずは【皇帝】を引きずり出す。


 「お前たちの軍で一番強い者は誰だ」

 「……、伝えた。……、出てきたよ、やっぱり【皇帝】だ」


 まぁ最悪【皇帝】じゃなくてもよかったんだがな。一番強い奴を倒したという事実さえあればそれで。


 「俺はデルア王国随一の戦士、リザードマンに憧れる漢、アレンだ。お前らのなかでもっとも強い者と決闘がしたい。俺と一対一をしないか?」

 「……、伝えた。……、なぜ戦う必要があるだって」


 そう簡単には釣れないか。


 「じゃあ、戦わないでもいい。ゴブリンというのは数だけの脆弱な種族だから、一対一の正々堂々とした勝負は出来ないわけだな? 恥をかかせるようなことをしてすまなかった。まさかそんな立派な体をして決闘を怖がるとは思わなかったんだ。ではまた後日」

 「……、伝えた。……、怖いわけではないが、必要性を感じない」


 揺れてるか?


 「そうだね、きっと怖いから拒否してるとかそういうわけではないんだろうね。大丈夫、僕だけはよくわかっているよ。怖くない、怖くない。もう決闘しようなんて言わないから安心して休んでいいよ? やっぱりメリットがないと戦いたくないもんね? わかる。わかるよ。リスクを背負ってでも戦おうなんて気概のある生き物は珍しいんだ。たいていの生き物は自分が傷ついたり、負けたりするのが怖いから決闘なんてしないから。あっ、あなたは怖くはないんだったね。僕はわかってるよ? 僕だけはね」

 「……、伝えた。かなりイライラしてるみたいだ。感情の揺れが伝わってくる。……、貴様のような卑小な生き物を恐れるものか!」


 食いついたか。


 プライドってのは本当になんの役にも立たんな。高くていいことなんて一つもない。ただ寿命を縮めるだけだ。


 「わかってますとも。決闘したらあなたが勝つでしょうね。でもやらないんですよね? こわ……、失礼、メリットがないなから。わかりますとも。あなたの気持ちはよーくわかります。それでは失礼しますね」

 「……、伝えた。かなり怒ってる。……、まて! 決闘を受ける!」


 ゴブリンの一本釣り。


 だが、ここで焦ってはいけない。完璧にやるんだ。慢心はしない。


 「やっぱり止めましょう。僕たちデルアの戦士の決闘は手順が面倒なんです。決闘のお面をつけなくちゃならないし、決闘の舞も踊らなくちゃいけない。なんだか申し訳なくなってきました。あなたが僕との決闘に恐怖して逃げたのではないということは、よくわかったので、一対一の決闘はもう止めにしましょう」

 「……、伝えた。……、貴様こそ俺様を怖れているのだろう。御託はいいからさっさと降りてこい」


 ククク、そうか。戦いたくてたまらないか。


 一度抜いた刀をそのまま鞘に納めることなんて出来ないよな。ましてやお前みたいな性格の奴は。


 「降りて行くのは構いませんが、一つ約束して頂けますか? 僕が決闘の面をつけて、決闘の舞を踊り終えるのを待つと」

 「……、伝えた。……、待つらしいよ」


 よし、これでいい。


 奴は俺が決闘の舞を終わるまで待機するしかないだろう。


 なぜなら不意打ちなどをしては周囲の目が気になるから。プライドが傷つくもんなぁ?


 まったく可愛い奴だよ。


 「ちょっと行ってくるね」

 「ファウスト君、やっぱり君はすごい奴だな」

 「ん? なぜ?」

 「勝利のためなら息を吐くように嘘をつき、なんの躊躇ちゅうちょもなく敵をあざむく」

 「ちょっと言い方は気になるけど、それは僕が弱者だからだよ。ずっと、ずーと弱者だった。一人で部屋で震えて、なにも成せず、なにも得ることが出来なかった。自分がどうしようもないダメ人間で、救いようのないクソ野郎だと自覚してる。だから僕にはないんだ、プライドが。守るべきもののためならば、喜んで敵にひざまづくよ」

 「ふふ、そうか。君はやっぱりすごい奴だ」

 「どうかな。それじゃあ特設リングを張るから、周囲のゴブリンと距離をとるように伝えてもらっていい?」

 「うん、わかったよ」


 ワイズ君が伝えると、【皇帝】の周囲からサーっとゴブリンがいなくなった。


 群れで動く生き物は、こういう時に統率がとれてていいな。


 「じゃ、行ってくる」

 「くれぐれも気をつけてね、ファウスト君」

 「もちろん」


 地面に着陸すると、すぐに双子ちゃんの障壁の魔術が展開された。


 この辺りは打ち合わせ通り。障壁の内側には誰もいない。よし。


 【皇帝】が襲ってくる感じもない。よし。


 「すみません。わがままを言って」

 「いいから早く舞とやらをしないか。貴様をひねつぶしたくてウズウズしてるんだ」


 腹の底にズシンと響くような低い声。


 体のデカさ、筋肉の体積バルクは明らかに周囲のゴブリンと一線を画している。醜悪なゴブリンの特徴にプラスして、敵を圧倒するなにかが、顔から、体から、存在すべてから滲み出ているようだ。そして体が臭い。なんとも形容しがたい臭い。


 魔王。


 とっさに頭に浮かんだ言葉がこれ。


 野生で会ったらオシッコちびって土下座して逃げるレベルの威圧感。圧倒的な強者の雰囲気をかもしている。だがコイツはルゥやムドベベみたいに慈悲を与えたりはしないだろう。こりゃここで確実に仕留めないと後が大変そうだ。そしてマジで臭い。


 絶対にやろう、いま。臭いし。


 フライングスーツ【鷹】を停止させ、バトルスーツ【 紫貽貝】を起動。


 【 紫貽貝】が他のスーツと違う部分は、皮膚が外界に触れない点にある。皮膚だけではない。髪も、目も、耳も、すべてを覆う。


 もちろん感覚は鈍くなるし視野は狭くなり、敵の攻撃を受けやすくなるが、このスーツは攻撃を受けるとか受けないとか、そんな次元に存在している代物ではない。


 「ほう、それが戦士の面か。いままでほふった者にそのような面をつけた奴はいなかったな」

 「いままであなたが戦った者のなかに戦士はいなかったのでしょう」

 「それでは貴様がはじめてになるな。俺様が捻り潰す最初の戦士だ」


 捻り潰す、か。


 「さて、それでは戦士の舞を踊らせてもらいますね?」

 「貴様が踊り終えるまでは我慢してやる。だがその後は制御が効かんぞ?」

 「どうぞどうぞ、その時は是非とも暴れ回って下さい」



 【創造する力】



 その時に、無駄にデカいお前の体が動けばな。

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