第183話 自分 ラシサ
双子ちゃんの安全を確保するために、障壁の天井を高く設定しすぎたのが原因かな。
準備に時間がかかりすぎている。
適当に決闘の舞(笑)を踊りながら時間を稼いでいるが、徐々に【皇帝】がイライラが募ってきているのが伝わってきた。
「おい、戦士! いつまで待たせるのだ!」
「もう少しで終わります」
「その妙な動きになんの意味がある! 早く殺させろ!」
うぅん、そろそろ限界かもしれん。戦うしかないか。
「いいでしょう。そろそろ戦いましょうか。ですがそのまえに一つよろしいですか?」
「なんだ!?」
「さっき僕が脱いだ服が戦闘で壊れると悲しい気持ちになるので、端っこに置いてもいいですか?」
「いいだろう。さっさと動け」
「どうもありがとう」
だがしかし俺は最後まで
ちょっとでも時間を稼ぐんだ。せめて初期症状を確認するまでは戦いたくない。
「おい! さっさとしろッ!」
「すみません、この洋服は繊細なんです。あんまり急ぐと壊れちゃう」
「ぐ」
「本当に申し訳ないです。折角ゴブリンの【皇帝】様と決闘できる機会を得たのだから、可能な限り万全な状態で戦いたい。あと少しだけ、待って下さい」
「貴様、本当に戦士なのか? まったく強者の気配を感じないぞ」
「よくそう言われます。ですが、本当にデルアで一番強い男なのですよ?」
「なぜそう言い切れる」
「なぜ? 説明するのに時間がかかりますがいいですか?」
ピキピキと眉間にシワを寄せる【皇帝】。
きてんな。そうとうピキッてんな。
「さっさと説明しろ、そして貴様の言葉が終わった瞬間に、その命が尽きる」
おっ、聞いてくれんのか。優しいな。
バトルマニアだっていう情報もあるし、俺がどれほどの実力者なのかを知っておきたいっていう気持ちはわからないではないよ。だが、その判断が命取りだ。
「いいでしょう。まず僕が最初に大金星をあげたのは希代の魔術師、ル・マウという男が相手でした。ご存知ですか? ル・マウ」
「いや、知らんな」
「世界最強の魔術師でした」
「ほう」
「彼に出来ないことを探すのは難しい。医学、食、自然、膨大な知識と高い知能に裏づけされた魔術の発動は、常に適切な瞬間、適切な場所に置かれる。魔力の保有量も他と比べ物にならないほど大量で、長期戦でもずっとクオリティの高い魔術を使い続けていた。力の方向を操る魔術のせいで、こちらの攻撃はすべて遮断されるし、通路の魔術で距離を詰められるからロングレンジでの攻撃もすぐに対策される。そして厄介なのが、魔力を樹状に伸ばす魔術だった。まるで神経のように伸びた彼の魔術は、触れたものを敏感に感じ取って、異常な範囲索敵を可能にしていた。近、中、遠距離、まったく隙のない男でしたね」
「それで? 貴様はどうやってそのル・マウを倒したのだ?」
「椅子を造りました」
「椅子?」
「えぇ、すごく座り心地のいい椅子です」
「どうやって椅子で戦うというんだ」
「チャームしたんですよ。ル・マウを」
「戦っていないではないか」
「そうですね。戦わずして勝った感じです」
「なんだと!?」
グッと拳を握る【皇帝】。
怒り、呆れ、軽蔑。そんな感情が見て取れる。
しかし短気な野郎だ。カルシウムが足りていないんじゃないか?
「当時の僕はまだ子供でしたから、そういう手段しかなかったわけですね。いまみたいに決闘という手段はとりませんでしたが、でも最後はちゃんと殺しましたよ?」
「まぁいいだろう。他には誰を殺した」
「不干渉地帯の主、ムドベベを倒しました。これは正々堂々とやりましたね。実に熱い戦いだった」
「ほう、詳しく聞かせろ」
「ムドべべは不干渉地帯という神の土地に愛された、最恐の怪鳥です。衝撃は羽毛に吸収され、戦闘IQの高さも相まって、致命傷を与えるのにはかなりの工夫がいりました。そして、あまりにも巨大な爪は握るだけで骨を砕き、肉を裂く。大地を揺らす土魔法の規模に比肩するものはなく、天災、自然の怒りのようだった。ムドベベも近距離も遠距離もまったく隙のない性能でした。戦闘能力の高い不干渉地帯の主は伊達ではない」
「で、貴様はその鳥をどのようにして
ん?
【皇帝】がフルフルと頭を振った。眉間のしわも深い。まるで痛みを我慢しているように。
出たか、初期症状。
「どうしたんですか? もしかして、頭が痛いんですか?」
「黙れ。続けろ」
なんか、ちょっとだけ申し訳なくなってきた。
【皇帝】はただのバトルマニアなんだもんな。純粋に強い奴と戦いたいだけ。このまま殺すのは惜しいかもしれない。体臭はちょっと気になるが、味方になれば心強いかも。
障壁の外、周囲を見渡す。
そこには【皇帝】と俺の決闘を見届けようと目を輝かせているゴブリンたちが。
コイツらにはコイツらの生活があり、楽しみがあるんだ。人間とおなじように。
「ムドべべが呼吸できないほど高い場所に誘導し、窒息させました」
「なんだと!? それもちゃんと戦ってはいないではないか! 貴様はそんな勝ち方しか出来ないのか!」
「しょうがないですよ。これが僕の戦い方だから」
そもそもゴブリンと味方になれないと判断した原因となったのは【
【天体衝突】で大半の個体は絶命し、いまは新しい個体も多い。悪魔の集落を襲ったり、破壊の限りを尽くしたゴブリンの罪はもう
味方に……、なれるかな。
「すみません、ゴブリンさん。ちょっといいですか?」
「なんだ! 卑怯者!」
「いま、僕はあなたを毒殺しようとしています。あの双子が発動させる魔術はあらゆるものを遮断する。もちろん空気も。僕は踊りや会話で時間を稼ぎながら空気の比率を変化させ、あなたを中毒死させようとしている。いま、頭が痛いでしょう? 次は目が回る、苛立ち、吐き気。この状態が続けもう助からない。死を待つだけだ」
「ほう、で?」
「僕の味方になりませんか? 生活は保障する。あなたも、あなたの仲間もすべて。だからもう、無駄な
「まったく時間の無駄だった。貴様を殺してこの壁も壊す。これが答えだ!」
ダメか……。
非常に残念だ。
【皇帝】が突っ込んでくる。
図体がデカすぎるせいで動きが遅い。止まっているようだ。
本来の身体能力はもっと高いのかもしれない。だが一酸化炭素で満たされたこの空間では、これくらいのパフォーマンスが限界なのだろう。
ゆっくりと振り下ろされる【皇帝】の拳に合わせてバトルスーツ【紫貽貝】のギミックを一つ、発動した。
【
「なんだ! この感覚は!」
「いいでしょ? 風の魔法を使って衝撃を吸収したんです。動きが鈍くなったあなたの攻撃なら簡単に防御できる」
「貴様……」
と、強がってはみたものの、実際はわりと苦しかったりする。
スーツ自体が防御性能が高いし、【軟殻】で衝撃を吸収、しかも【皇帝】は弱っているという状況。
余裕で防げると踏んだから攻撃を受けてみたが、腕の感覚がない。折れている可能性もある。これは、そう何度も受けられるものではない。
これだけ対策されて、状況が悪いなかで俺を負傷させるか。まったく怖ろしい奴だ。
「この決闘が終わったら僕は、あなたの仲間を殺します。一匹残らず駆逐し、弔いもせずにゴミのように捨てるでしょう。しかし僕の仲間になれば話は別です」
「うるさい、黙れ!」
拳を振り上げる【皇帝】。
この拳を受ければ絶対に怪我をする。スーツ自体を硬くする【
【
このスーツは障壁内を一酸化炭素が満たすまでの時間稼ぎをするだけのスーツだ。基本は【軟殻】と【硬殻】で敵の攻撃を受ける。完全に受け切れるとわかればなにも怖くないし、対策は楽だ。
だが今回のように敵の火力が高すぎて、スーツの防御性能を上回った場合は、逃げる方へシフトしなくてはならない。
こういう場合、本来ならシェイプ・チェンジで対策するのだが、時間がなくて既存のスーツを改造しただけの今回では、そんな高度な仕掛けを施すのは不可能だった。だから風の爆発を利用して急加速をするギミックだけを取りつけてみた。
風魔法のコントロールはお手の物。いつもはこれで空を飛んでるんだ。そう簡単には捕まらない。特に弱りきった、このゴブリン相手には。
【皇帝】が激しく嘔吐した。肩で呼吸し、かなり苦しそうだ。目も
「最後の警告です。争う姿勢を変えないのであれば、あなたは確実に死ぬ。そして仲間も全滅する運命を迎えるでしょう。それでも戦いますか?」
「それでも……、おれ、さまは……、殺す。命の……、終わりが……、争いの、終わり……、だ。殺す……、だから、生きるッ!」
「見事」
だが俺の方が強い。
【創造する力】
俺の方が強いんだ。
気持ち良く勝たなくたっていい。俺のやり方で……。
【皇帝】の最後の攻撃は、全体重をかけた右ストレートだった。
おそろしくスローで、おそろしく気持ちの入った一撃。
「負け……、か」
「うん。僕が勝った」
「卑怯……、者、め」
ドスンっ!
ゴブリンの王が、前のめりに倒れた。その衝撃で地面が揺れる。
こんな化け物に真っ向勝負で勝てるわけがなかった。これは遊びじゃないんだ。負けたら食われて死ぬ。
泥臭く勝ったっていいんだ。俺のやり方で勝ってもいいじゃないか。
……。
【皇帝】の死を確認して、体内に毒を注入。
ゴブリンたちのバックに死霊術師がいないとも限らないから、死体は細切れにして、爆薬も仕込んだ。生きた体には効果のない【創造する力】も、死体相手にはめっぽう強い。
俺が逃げる時に、バトルスーツ【紫貽貝】も爆散させる予定だ。
この個体は絶対に同種合成の素材にさせるわけにはいかないから毒は必要。で、死霊術者のケアもしたいから爆破もいる。こういうのは、やりすぎるくらいで丁度いい。
ゴブリンたちが暴れている。あんまり悠長なことをやっていると、障壁の上部にいる双子ちゃんや飛竜夫婦が危ない。
一応、投石などの攻撃はまだヨキとマンデイがさばいているようだ。
ん?
強個体はあと数体のはずだが、双子ちゃんのいる高度まで石を投げ、届かせている個体がけっこうな数いるような気がする。ゴブリン全体の運動能力が上がってる?
いかんな。いよいよ時間がなさそうだ。早く仕事を終わらせようか。
ちゃちゃちゃっと仕事を終え、スーツのお着替えをして空に飛んだ。
よくわからない方法で最強の戦士を奪われたゴブリンの群れは、かなりいきり立っている。
そりゃそうだ。
安全に勝つのが俺の信条とはいえ、今回のはちょっと申し訳なかった。
【皇帝】は正々堂々と闘おうとしていたわけだ。そんな奴に嘘ついて
「繋がった、ファウスト」
「ありがとうマンデイ」
俺の腕はやはり骨が折れていた。命を賭けた【皇帝】の一撃で。
「俺は卑怯な男だな」
「それでもいい」
「カッコよくない」
「ファウストには守るべき家族がある。だから卑怯でもいい。ちゃんと帰ってきたらそれで」
「そうだろうか」
こんな俺でもいつかフューリーみたいな勇者っぽい勇者になれるだろうか。
無理かな。
無理っぽいなぁ。
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