第180話 種 ノ デザイン
ゴブリン。
小鬼。
成体の体高は100cm〜120cmほどで体重は10Kg〜20Kgのあいだ。野生での平均寿命は半年から一年間。肉質は固く、泥のような臭みがあるために食用には適さない。
武器になるのは棍棒ていどの道具なら使いこなせる知能と、爪、牙であるが、どれも突出して優れているわけではない。生物としてはかなり弱い部類に入るだろう。
だがそれでも不干渉地帯に送られずに生き残っているのには理由がある。肉が不味く、捕食者に狙われにくいというのもあるだろう、だがそれだけでは生き残れない。ゴブリンの種としての強さは繁殖能力と異常なまでの成長速度、なんでも食す雑食性、それと種のサイクルの短さだ。
不干渉地帯に送られたり、絶滅に瀕している生き物とゴブリンの違いはなにか。
それはデザインの違いだ。
ケリュネイア・ムースのように個として強い生物、速すぎて滅多に捕食されないラピット・フライなどは、ちょっとした環境の変化や、新しい捕食者の出現で、一気に個体数が減ってしまう。だがゴブリンはそうはならない。
なぜならゴブリンという種は元々、
体が弱いから、すぐに殺される。狩猟能力が低いから常に飢えの危険と隣り合わせだ。力がないから腐肉や他の生き物の食べ残しを食べたり、安定して水場を確保することも出来ないために皮膚病や内臓の病も多い。だからこの種は、一年生きれば長生きだと言えるレベルで短命。
よってゴブリンは、ネズミなどの小さな生き物のようにわずかな期間で成熟し、繁殖行動をはじめる。
弱いから死んでしまう。だからそれ以上に増える。それがゴブリンという生物の生存戦略なのだ。
その個体がいつ生まれたのかは判然としない。
が、少なくとも【天体衝突】以前には存在していたはずである。マンデイが言うには【天体衝突】を使用する以前にはもう生まれていて、群れのなかに潜んでいたのではないかとのことだ。
【
【天体衝突】により、群れに大打撃を受けたゴブリンは、強烈に生存本能を刺激された。
生き残るために食う。そして増える。いままでもそうやって勝ち残ってきた生物だからだ。
では【女王】から生まれた個体が、さらに同種合成で強化されてしまったのは、どのタイミングなのだろうか。
状況から察するに、ゴブリンの群れがいままさに滅びようとしているその時だろう。
【競技者】や【指揮者】といった個体と【女王】から生まれた個体が、同時期に群れのなかに存在していたのはほぼ確実だ。だが、【女王】から産まれた個体は、二度の同種合成が成功したゴブリンのように特別な身体的特徴があるわけではないから、わかりにくくてはっきりしない。
すべての事実が明るみになったのは、ユキが戦死した三日後だった。
ゴブリンの群れからはぐれた個体を一匹拉致してマンデイと映像を共有。群れの内部の状況を探った。
そこで明らかになったのはゴブリンの序列。
一番下に普通のゴブリン。その一つうえが、一度目の同種合成に成功した【兵士】、一番うえに二度の同種合成に成功した特別な個体【王】や【競技者】、【魔法使い】がいた。そして、その序列から外れたところに【女王】の子供がいたのだ。なぜか彼らは仲間内から尊敬を集めていて、味が悪いゴブリンの死体の肉は食べていなかった。それでマグちゃんの毒を摂取せずに済んだのだろう。
【天体衝突】以前は、だ。
二度の同種合成に成功した個体がことごとく死亡していくなか、生き延びる必要に迫られた彼らは、それまで特別な階級に位置し、尊敬され、下手したら命を落とす合成虫による合成を避けて生きてきていた【女王】の子供たちも共食いをはじめるようになった。
毒入りではなく、安全が確認されたゴブリンの肉を。
そして出現したのだ。
空を飛ぶ飛竜を投石で
ここからは視点を転じる。
主人公は瀕死だったはずのゴブリンの群れの討伐にむかった闘将ユキ率いるデルアの精鋭部隊だ。
最初は一方的な
ゴブリンも抵抗しようとするが、【兵器】のせいで呼吸が苦しく、頭も働かない。そんななか強化術を使用してとても人と思えないような動きをする奴らが襲ってくるのだ。どうしようもない。
場所は平原、身を隠す場所もなければ、逃げる体力もない。ゴブリンは、完全に詰んでいた。
そんな時、妙な音が響いた。
ゴリ、ゴリ、ゴリ、ゴリ。
なにか硬いものをかじるような、食べるような音だ。
デルアの精鋭部隊は、妙な違和感を覚えはじめていた。
ゴブリンが死の間際、兵士たちの足を掴んだり、もたれかかるようにして絶命していくのだ。まるで時間稼ぎをするように。
ゴリ、ゴリ、ゴリ、ゴリ。
そしてゴブリンを蹴散らせながら中央に進むほどに、気味の悪いその音は、より強く響くようになる。
得体の知れない気味の悪さ。
ゴブリン討伐一日目はそのようにして終わった。
耳をすますと聞こえてくるのは、ヒューヒューと苦しそうなゴブリンの呼吸音とうめき声、そして群れの中心部から響くゴリ、ゴリ、という謎の音。
デルア兵は弱りきったゴブリンの出す、苦しそうな音に心を落ち着かせ、そして群れの奥から響く謎の音に無性に不安を掻き立てられていた。
討伐二日目。
ちょうど俺が荷造りをしていた頃だ。
昨日とおなじように残党処理がはじまった。逃げまどうゴブリンの背中に刃物を突き立てていく。それは殺戮というより作業に近かった。
血の臭いと、兵士の汗とゴブリンの体臭、砂埃、怒号、悲鳴。
そんな、この世の地獄のような戦場で、奴らは完成してしまった。
仲間を喰らい、自分たちに指示を出していたワト軍の天使を喰らい、母ですら喰らって発生したのだ。
一体の個体を除いて体のサイズは普通のゴブリンを少し巨大化させたくらいのものなのだが、肉のつき方、落ち着き方がまったく別物。知的であり普通に会話も可能。
戦闘能力に関しては、おそらく、俺がかつて敵対して来た相手のなかで群を抜いて強いだろう。
朱恩寺の武僧が用いる強化術の奥義、使えば人とは思えないほどの力を発揮する代償として、筋をひどく断裂し、体が動かなくなる【廃陣】。これはクラヴァンが使ったものだ。
そして今回、ユキがこの敵には敵わないと知り、仲間を逃すために使用したのが【死陣】と呼ばれるもの。この技は強化術の最終奥義といえる。とても生き物とは思えないほどのパフォーマンスをする代わりに、使い終わったら心臓が破れるという諸刃の剣。
デルア屈指の実力者が命を賭けた最終奥義。それでも奴らには届かなかった。
――大人しく僕たちのエサになってくれたら楽に殺してあげるから。
ユキを殺したゴブリンは、残ったデルア兵の半分食糧にし、半分を逃した。自分たちの存在をデルアに伝えるためのメッセンジャーとして。
確認されている【女王】の子供、かつ同種合成に成功しているのは四個体。
【競技者】や【剣闘士】的な進化をしたと思われるのが、【闘神】と【武神】。
ちなみにこの名前は俺がつけた。剣闘士や競技者の上位に位置しているものはなにかと考えた結果、これになった感じだ。
生存者の話によると、強化術の最終兵器である【死陣】を使用して暴れていたユキ・シコウを止めたのが、この二個体だ。
ユキの切り札を使っても無理だったわけだから、一対一で勝とうと考えるのは現実的ではないだろう。囲んでやる。これしかない。
「なぁ、ファウストさん。俺にやらせてくれないか」
と、申し出てきたのはユキ・シコウの弟弟子にあたるクラヴァンだ。
「あの人はいっつも無茶ばっか言って、わがままで自分勝手だった。嫌な姉貴だったよ」
「気持ちはわかります。ただし、一対一は許しません。囲んで息の根を止めます。これを戦いだと思わないでください。僕たちがするのは狩りです。誰も傷つかず、ターゲットを一方的に
「あぁ、わかってる。もちろん邪魔はしないさ、ただ傍観してもいられないんだ」
【魔法使い】の上位種は【魔神】だ。生存者の話を聞く限りジェイと同程度かそれ以上の魔法を使うらしい。
近接が得意なメンバーで一気に距離を詰めて殴る、あるいは、リズの超遠距離攻撃で一撃で沈めるのがいいだろうと考えていたのだが……。
「生意気ね」
先の戦争で天気を操った者よりも、魔法に熟達しているかもしれない。
その報告がジェイの耳に入ってしまった。
「ジェイさん。今回は相性のいい戦力をぶつけて安全に勝ちたいのです。敵も強いから。ジェイさんは近距離主体の敵に対しての魔法でのはめ殺し要因として考えています。魔法の得意な奴にジェイさんをぶつけるのはもったいない。でしょ?」
「今後、言われ続けるかもしれない。あのゴブリンはもう死んでしまったけど、獣の天災、ジェイよりも強かったと」
「勝った方が強いに決まってる。最終的に勝てばいいんです。無駄なリスクは負いたくない」
「いいわよ、別に。アンタが許さないのなら勝手に戦ってくるから」
「ジェイさん……」
「私より優れた魔法を使う者をみな倒せば、私が魔の道を極めた者になる。なにか反論がある?」
俺みたいに、なんでも中途半端にしてきた人間は、ジェイのように一つの道を極めた者の圧力に対抗するだけの心の強さがない。
まったく困ったもんだ。
そしておそらく【王】の上位だと思われるのが【
体はさらに巨大になり、筋肉も【王】と比べ物にならないくらい発達している。どれだけ強いのかは未知数だ。他の【武神】などはそう巨大ではないが、コイツだけは明らかにデカい。
「ファウスト」
「マンデイ……、大丈夫だ、わかってる」
全体的な数が減り、移動の邪魔になっていた天使が欠けたことで、ゴブリンたちの進軍のスピードは増している。
散布から数日が経過しているから、【兵器】による呼吸器の障害は期待しない方がいいだろう。
強化術の最終奥義ってのがどれくらい運動能力を上げるのかは不明だが、その状態のユキを、肺を病んだ状態で倒してしまったのだから、敵の戦力は……。
「父さん?」
「すまない、ガイマン」
「謝らないでよ。僕は父さんの力になれるのが嬉しいんだ」
「おぉガイマン」
本当は可愛い可愛いガイマンを戦場に立てせたくはない。
だが、もてる戦力はすべてぶつけないと勝てない気がする。
【兵器】をぶつける余裕はもうない。すでに【コメットスーツ】の適用からも漏れてしまっている。
俺に残された手段は一つ。最も原始的な方法、殴り合いだ。
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