第179話 訃報

 魔王討伐のために再構成された勇者というのは、みな明確なコンセプトがあるように思う。


 例えばフューリー。


 彼はある条件下では不死であり、一度死んでしまえば身体能力が飛躍的に向上する。性格は温和で頼りになり、嫌味なく誰かのうえに立つ。前線に出て戦い、倒されても立ち向かっていくその姿勢は、理想的な指揮官といった感じだろうか。


 水のワシルは、巨大な体で敵を圧倒する。侵略者でも傷をつけることが出来なかった強靭な外皮と、笑えるくらいの質量。コンセプトは最強の兵器といった感じだ。


 では、明暗の問題児、エステルはというと……。


 「ずーっと眠ってたって感じー」

 「疲れたー」


 最高の補助部隊、最高の後衛だ。


 手術が必要なほど筋を破損していたクラヴァンは一瞬で元通りになり、すぐになんの違和感もなく立ち上がれるようになった。エステルは、ほんの少しなにかを詠唱しただけだ。それだけで外科処置が必要だったはずのクラヴァンの傷が癒えた。


 それだけではない。どこを損傷しているのかすら不明で、治る見通しなんてまったくなかった双子ちゃんもクラヴァンとおなじ手順で治癒してしまった。


 おまけにと毒を生成しすぎてダウンしていたマグちゃんも完全に復活。魔力と体液を失っていたはずなのに、なにがどうなったら完全に回復するのだろうか。さっぱりわからん。


 エステルは、治癒魔法に言及すれば確実にチート性能だ。


 「それがエステルさんの能力なんですね」

 「コレ、普通の治癒魔法。あんたが改造したちっこいのとヒトの男は疲れた」

 「は?」


 圧倒的な体を認められたワシル、指揮能力や総合力で選ばれたフューリー、友達だから(笑)の俺、そしてエステルは、他の追随を許さないほどの才能を買われた。


 ルゥの知識に裏付けされた、この世界でも最高峰の治癒魔法を扱えるマンデイが、外科的なアプローチが必要だと判断したクラヴァンを、魔法一本で治してしまった。いとも簡単に。


 そして、前例のない特殊な傷を負った双子ちゃんですら一瞬だった。診察をする素振りすら見せず、ただフラッと現れて、ちょっと眺め、で、治癒魔法だ。それけで終わらせてしまったのだ。


 「じゃあエステルさんの能力は?」

 「貪食グラトニー食糧庫ストレージ、これだけ」

 「どういう能力ですか?」

 「なぜお前のような下賤げせんな者に……」

 「これから共闘するかもしれないからです。エステルさんはしばらくリズさんと行動を共にするつもりでしょう?」


 カーっと、顔お赤らめるエステル。


 「お、お姉さまがいいって仰るなら、そ、そうしたいけど……」


 ククク。


 ダメだなぁ、エステルは。


 そんなに顔を赤らめたらはっきりと理解できるではないか。君の弱みウィーク・ポイントが。


 ククク、ククククク。


 「なんなら僕が口添えして差し上げましょうか?」

 「えっ!?」

 「実は僕、メロイアンという少数派マイノリティに寛容な街の代表なのです」

 「少数派マイノリティ?」

 「そう、性別に混乱した者、一般に差別される仕事を生業にする者や種族、そして、禁じられた恋をする者。例えば女性に恋をした女性、悪魔に恋をした天使のように」

 「ち、違う! 私はお姉さまを敬愛しているのであって、あ、愛などとは……」

 「僕とリズさんが仲良さげに話している時、あなた、嫉妬しましたよね? だから僕の足を踏んだ」

 「……」

 「リズさんと一緒にいる時のあなたの瞳の輝きは、乙女のそれだ。夜空に輝く満天の星空よりも光り輝いている! そしてあなたの体から発せられているその香り!」

 「香り!?」

 「えぇ、虫を誘うような甘くて芳醇な香り、そしてその裏に潜む、誰もが捨て去った青春を具現化したようなわずかな酸味。これがなんの香りがご存知ですか?」

 「し、知らない」

 「教えて……、欲しいですか?」

 「教えて、くれるの?」

 「えぇ、もちろん。それはねエステルさん。恋の、香りです。禁じられた恋に身を焦がす、乙女の香りだ!」

 「そ、そんな!?」

 「恋愛マスターたるこのヴォクが断言するのだから間違いない!」

 「恋愛マスター!?」

 「そう、このヴォクこそが恋愛マスター☆ファウストなのです! いいですか? このことは僕とエステルさん、二人の秘密にしましょう。他にバレれば厄介です」

 「わ、わかった。そうする」

 「僕がバックアップして差し上げます。あなたと! そしてあなたの最愛の女性が幸せを掴みとるその日まで!」

 「ファウスト……」

 「あぁ、なんと美しいのだ、恋をする者は! ヴォクは守りたい! あなたのその、美しさを!」

 「ファウスト!」


 はい、俺の勝ちー。


 あっ、ちなみにエステルは食べ物を食い溜めして、そのストックがある限り死なないし、治癒魔法をバンバン使える能力らしい。


 侵略者が不死だから、勇者側も不死寄り、ディフェンス重視の能力が多いような気がする。不確定要素の塊である創造する力(笑)以外は、ちゃんとコンセプトや戦略が見えてくる素晴らしい能力だ。


 食べ物がある限り負けないってクソほどチートじみてるけど、俺の方が強いからね? だってエステルは俺の言うこと聞くもん。俺の方が格上だもん。


 そうこうしているうちに、マンデイが帰ってきた。


 「首尾は?」

 「悪くない。マグノリアの毒はよく食べるゴブリンを優先的に冒していった」

 「同種合成が成功した個体か」

 「そう。そのうえで【兵器】を散布してきたから、残った個体も数日後には呼吸不全で満足に動けなくなる」


 勝ち確定。もう負ける要素はない。


 「向こうはもうよさそうだな。あとは残党を狩るだけだからデルアの戦力だけでも充分だ」

 「そう。ユキから伝言」

 「なに?」

 「さすがファウストだ。助かった、ありがとう」

 「伝言、確かに受け取った」


 その後、ゲノム・オブ・ルゥの再会を祝して宴会をしたり、ネズミっ子たちと一緒に新しい食糧の開拓をしたりと平和な時間が流れていった。


 戦況が安定したためにシャム・ドゥマルトに残っていたガイマン一行も戻ってきて、空気はすっかり戦勝ムードだ。


 強化、治療、敵軍の弱体化。俺がすべきことは終わった。後は呼吸器不全で苦しむゴブリンの残党を処理して、ワト軍の天使を確保。侵略者の情報を引き出せば終わり。


 メロイアンの情勢は不安定だし、水もなにかのきっかけでバランスを崩したらどうなるかわからん。


 早く帰りたい。俺の本拠地ホームに。




 愚かな俺は、こんなことを考えていた。


 一人、戦場に降り立っただけで状況をひっくり返す勇者。各世界から再構成された代表者。


 俺だってそうなんだ。幼少期こそうまくいかなかったが、ここまで成長した。


 今回の俺は八面六臂はちめんろっぴの活躍をしたじゃないか。敵の数を大幅に減らし、毒によってゴブリンの共食いを阻止、最後に病魔を広げて弱体化。


 俺がいなかったら相当な苦労をしていたであろう敵を、数少ない犠牲で駆逐した手腕。


 うぬぼれ。


 そう、俺はうぬぼれていた。


 不干渉地帯の主、稀代の魔術師のような、圧倒的強者の力を借りたわけではない。生物の大量発生スタンピードのような特殊なギミックも使わなかった。


 俺が造ったスーツで敵を半壊させ、俺の子供の毒が敵を疑心暗鬼にさせ、俺の【兵器】が敵の動きを完全に封じる。俺から始まり、俺で終わったのだ。


 人生がうまく転がっている時というのは大切なものが見えなくなってしまうもの。


 例えばつい最近、ネズミっ子たちからえた教訓とかも、すっかり忘れてしまっていたりする。


 【弱い種族にも、生き残るための武器がある】


 ネズミっ子から学んだことだ。


 どんな生き物が相手でもなめずに、最後までしっかりと叩かないといけなかったのだ。


 ここまでやれば大丈夫だろう、もう勝ちは確定だ。


 そんなことを考えているとやってくる。フラグの神様が。


 マンデイが【兵器】を散布した翌日。


 リズベットを派遣して、同種合成した強いゴブリンがいないかを確認した。


 「子供かな? とにかく小さいゴブリンばかりでした」

 「うん、じゃあ問題ないね」


 この時の俺は、どうしてリズベットの言葉の違和感に気がつかなかったのだろうか。もし、この時に少しでも疑問をもっていれば、未来は変わっていたかもしれないのに。


 子供、どうしてリズベットはそういう表現をしたのだろうか。


 確かにゴブリンは小さい生き物だ。子供と表現してもおかしくはない。


 しかし、リズベットは超感覚の持ち主である。彼女が子供だと感じたのなら、本当にその個体が子供であった可能性を考慮すべきではなかったか。


 子供だと断言しないのは成体と遜色ないサイズがあったから。なのに子供に見えた。


 成体と遜色ないほどのサイズであるにも関わらず、子供、つまり幼体であるならば、まだ成長する余地があるはずだ。危険視するには充分な材料ではあるまいか。


 しかし、俺はうぬぼれていた。


 教訓も小さな違和感にも気づけないほど、盲目になっていた。見えていたのは自分のちっぽけな成功だけだった。


 我ながら下らない人間だと思う。


 だけど弁明させてくれ。いままでの人生で、なにも成し遂げたことのない人間がだ、ある日、国を救ったんだ。それもほとんど自分の力だけで。


 調子に乗るなと言う方が難しくはないだろうか。


 話を戻そう。もうやめだ。


 誰も俺の言い訳なんて聞きたくないだろうから。


 俺たち、ゲノム・オブ・ルゥは帰り支度をしていた。ヨキと、リズ、ゴマ、エステルを加えた完璧なチームだ。


 これでメロイアンの統治も水の攻略も楽になるだろう。なんたってリズとヨキ、ゴマの能力の高さは俺が一番よく知っているから。それに、あの最高の治癒魔法を使うエステルだ。もう怖いものはなにもない。


 ヨキとお互いに離れていた頃の話をしながら、【エア・シップ】に荷物を積んでいると、彼が来た。


 「ファウストさん……」

 「ワイズ君?」


 ワイズ君の顔を見た瞬間に理解した。なにかよくないことがあったのだと。


 「なにかトラブルが?」


 わずかな沈黙。そして。


 「闘将ユキ・シコウが戦死しました」


 なぜ。


 特殊な個体は全滅してたじゃないか。後は呼吸器不全をおこした個体を潰していく簡単な仕事だったじゃないか。


 なにが起こった。


 なにが。


 「ウスト……、ファウスト!」

 「はっ! ヨキさん……」

 「しっかりしろ!」

 「わかってます。大丈夫」


 いくら弱い種族でも生き残るための戦略をもっている。だから生存競争に勝ち、いま、存在している。


 そんな簡単なことを忘れてしまうほど、俺はうぬぼれていた。

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