第159話 救援要請

 一度、高高度にいるマグちゃんに通信が届く場所まで上昇し、指示を出す。


 『マグちゃん、緊急事態だ。すぐにマンデイと合流して、旅の支度を整えるように伝えてくれ。【兵器】を準備して【エア・シップ】に積んでおいて欲しい。大きい方の【エア・シップ】だから間違えないようにね。船のなかでも創造できるようにしておいてくれ。獣に伝書鳩を送るからその準備も始めておいて。水にクラヴァンがいるらしいから、保護したらすぐに戻る』

 『わかっタ』


 しかしなぜクラヴァンがメッセンジャーになったんだろう。


 俺がミクリル王子なら飛竜組を使うはず。


 飛竜組が動けないか他に使ったとすれば話は別だが、そうでなければクラヴァンをメッセンジャーにした理由がわからない。あるいはひどい戦闘でクラヴァン以外がまともに動けないか。


 アレン君が寝返った可能性もある。あれが敵に回ったらかなり苦労するだろう。だがデルアにはユキ・シコウがいるし、飛竜夫婦、ベルちゃんがいる。いくらアレン君が二度の成長をしたからといってデルア屈指の実力者と【セカンド】、飛竜の達人を一方的にやれるとは思えない。


 なにが起こったのだろうか。


 敵の襲撃だと考えるのが自然だろうな。それも個人じゃない。


 アレン君が寝返っていないなら見通しは明るい。


 敵勢力は怪物アレン君、【セカンド】ベルちゃん、百戦錬磨のユキ・シコウ、飛翔能力がなければ詰む飛竜夫婦を相手にすることになる。そのメンバーを一斉に相手にするのは代表者である俺でも辛い。


 個ではないな。なんらかの集団がデルアに攻め入った、もしくは攻め入ろうとしている。こんな感じだろうか。手遅れになっていないといいが。


 俺がこっちにきて得たものは大きい。メロイアンという本拠地、水への介入、獣の【セカンド】の獲得。だが、デルアへのフォローは手薄になった。


 もし俺がデルアに残っていたらどうだ。水は内戦中だが比較的安定しているような印象だが、メロイアンは侵略者に感化された者が台頭し、手遅れになっていた可能性もある。


 手遅れでなければいいが、もしミクリル王子が全滅しててデルアも崩壊していたら今後の展開がすごく苦しくなる。


 判断を誤ったかもしれん。デルアに残るべきだったか。


 たらればを考えたらキリがない。


 「はああ、楽しいなぁ。速く泳いでいるみたいだよ」

 「そうですか、それはよかった。ではもう少し速度を上げます。道案内を」

 「わかった!」


 魚人の指示に従い、カトマトの元へ。


 気が急いる。


 俺の焦りが伝わったのか、カトマトの部屋に到着すると魚人は、余計な口はきかずにすぐ水のなかへ。ありがたい。


 カトマトを待つあいだは、ミクリル王子やデルアのことしか考えられなかった。イライラしてしょうがない。


 前回のカトマトとの面会時と同様に部屋の中央の湖が盛り上がった。


 「カトマト様、クラヴァンを保護したと聞きましたが」


 ……。


 そっか、カトマトは喋れないんだ。


 体を水につけている魚人が通訳をしてくれる。


 「保護した」

 「容態は?」

 「意識はないが、死にはしない」


 まぁとりあえずよかった。


 「クラヴァンを預かりたいのですが、構いませんか?」

 「構わない」

 「それから僕はこの地を離れ、デルアのフォローに向かいます。内戦が激化しないようコントロールして欲しいのですが……」

 「わかっている」

 「いつ戻れるかはわかりませんが、手が空いたらすぐに戻ります。それと以前も言いましたが、空への警戒をして下さい。今回も誰にも邪魔されず簡単に潜入することが出来ました。本当に危険だと思います」

 「わかった」


 本当にわかってるんだろうか。


 ワシルにも挨拶していきたいが、生憎と時間がない。あの化物がついてきてくれたらなにが起こっていたとしても万事解決しそうだが、いまワシルが水から抜けたら内戦中の水のパワーバランスが崩れる。フューリーも同様だ。いまの獣の情勢でフューリーが抜けたらどうなるかわかったもんじゃない。こういう時になんの躊躇もなく動けるのが、立場のない俺の強みだ。


 魚人に案内してもらってクラヴァンのところへ。


 重症だと聞いていたからどんなもんかと思っていたら、水の治療器具らしい、薄い黄色の液体のなかに全裸の状態でプカプカと浮いていた。呼吸を補助するような道具はなし。どういう原理からわからん。どうして普通の人間が液体のなかでマスクもなく生きていられるのだろうか。


 「クラヴァンさんを連れて行きたいのですが、この液体のなかから出しても大丈夫ですか?」

 「あぁ、大丈夫だよ。もう咳も出来るはずだから」

 「咳?」

 「そうだよ、この水【始祖水】はあらゆる病魔や傷を治すことが出来るんだけど、エラ呼吸をする生き物には使えないし、肺呼吸をする生き物も出した時に咳ができないと窒息してしまうんだ」


 へぇ。なんか知らんが便利そうだな。今度ちょっと拝借して調べてみよう。


 「クラヴァンさんは咳は出来るのですか?」

 「うん、顔色もよくなってるから大丈夫だよ。咳というのはとても原始的で簡単な反応だからね。相当弱っていない限りは問題ない。本当はもっと【始祖水】に浸けていた方がいいんだけど、急ぐんだろう?」

 「はい、早い方がいいです」

 「わかった。それじゃあ彼を出そう」


 そう言って魚人は【始祖水】のなかに飛び込むと、クラヴァンを抱えて連れてきてくれた。確かに魚人の言う通りに顔色はいいようだが、グッタリとしてまったく力が入っていない。手首から脈をとってみると、トク、トク、と規則的な拍動を感じる。とりあえず生きてはいるようだし、いますぐに死にそうな感じもしない。


 その後、すぐにクラヴァンの背中を叩いて咳をさせたが意識は戻らない。何度か名前を呼んで体を叩いてみるもダメ。


 クラヴァンの口から色々聞きたいんだけど、とても喋れそうな感じじゃない。


 なんとも判断しにくい状態だ。こんなのいままでに見たことがない。睡眠に近いような気はするが、確定するには情報が少なすぎる。


 「【始祖水】使用後の注意点はありますか? これをしたら意識が戻らないとか」

 「いや、特にないよ。彼はもう咳をしたからしばらくしたら目が覚めるんじゃないかな? でも切れた筋だけはどうにもならないよ。彼は立派な生き物だけど、もう泳げない。残念ながらね」

 「わかりました。クラヴァンさんを救ってくれてありがとう」

 「とんでもない。彼は生きるに値する。それだけだよ」

 「あっ、少し土を貰いますね」

 「土を? 構わないけど」

 「感謝します」


 一握りの土を変質、変形させてネックガードと洋服にする。完全に脱力したクラヴァンのために造るのは普段よりもしっかりした構造のネックガード。


 「さっきも見たけど鳥人は面白い技をもっているんだね」

 「えぇ、まぁ」

 「きっと君もすごい生き物なんだね」

 「かもしれませんね。それじゃあ僕は行きます。どうもありがとう」

 「うん、また会おう」

 「機会があれば」


 マ・カイにも会っておきたかったが、わざわざ探すほどではない。ちんたらしてて間に合いませんでしたなんてことになったら後悔してもしきれないし。


 「あっ、着替えます」

 「あの光るやつだね。どうぞ」



 【シェイプチェンジ・燕】



 もう不意の攻撃に警戒する必要もない。飛ぶならトップスピードが速くて魔力の節約にもなる【燕】だ。


 「クラヴァン、飛びますよ」

 「……」


 返事はなし。意識はなくても声は聞こえているみたいな話を前世で耳にしたような気がするし、一応これからも声かけはしていこう。


 人形みたいにグッタリとしたクラヴァンを慎重に抱えながら【大風車】に飛んだ。


 到着すると、マンデイがテキパキと荷造りをしていた。重い荷物も楽チンに運搬、そう、水のパワードスーツならね。


 ハクはノージョブ、あくびをかましてる。小物なら私もとマグちゃんもお手伝いしているのがなんとも可愛らしい。


 いかん、ほのぼのしてる場合じゃなかった。


 「マンデイ、どうやらデルアが襲われた、もしくは襲われる可能性がある。それにメッセンジャーのクラヴァンが重体だ。ちょっと診てくれるか?」

 「うん」


 と、マンデイが診察している間に荷造りの進捗具合を確認。俺が指示した分はたいてい【エア・シップ】に積んであるようだ。出来る女は違う。仕事が早い。


 【兵器】の進み具合はわからんが、敵が集団なら確実に効果はあるから、大量生産の準備はしておこうか。短時間で【兵器】を運用するなら人手もいる。メロイアンか獣かどちらからか人員を補充しよう。


 「筋肉の破損がひどい。内臓は問題なさそう」

 「助かるか?」

 「筋肉は外科的なアプローチが必要。治癒魔法は筋肉を繋げた後」


 状態が悪いなぁ。


 「敵に襲われて傷ついたの?」

 「可能性は低い。限界を超えた運動をしたと考えるのが自然」


 筋肉が切れるほど動く? 筋肉痛のひどいバージョンみたいなことだろうか。


 「そんなこと出来るの?」

 「普通はできない。でもクラヴァンは強化術の使い手」


 無茶な連続使用をしたのか。またキャラにないことを。


 「意識は戻りそう?」

 「おそらく」


 このままクラヴァンをまつのは冗長。緊急事態だ。無駄になってもいいからデルアに飛ぶ準備を進めていた方が賢い。


 「支度が整い次第、獣に飛ぶ。いまの獣の情勢でフューリーが離れるのは無理だろうけど、誰かが力を貸してくれるかもしれない」

 「わかった」


 ちゃきちゃきと準備を進めながらフタマタのケアをする。


 「フタマタ、俺達は危険な場所へ行かなくてはならない。魔法をコントロール出来ていない現状のフタマタを連れて行くのは仲間を危険にさらす可能性がある。俺が向こうの問題を解決して戻ってくるまで、メロイアンの俺の家族の元でお留守番して欲しい。必ず戻ってくると約束するから」


 ……。


 フタマタの顔に浮かんでいるのは憤怒、そして悲しみ。


 「フタマタ、お前はメロイアンで力をつけてくれ。しっかりと魔法をコントロール出来るようになったらどこにでも連れて行ける。それまでは訓練だ」


 ……。


 葛藤、か。


 「なぁフタマタ、俺との付き合いは浅いからまだわからないだろうが、俺は仲間には嘘はつかんし、一度仲間だと思った奴は最後まで見捨てない。信じてくれ」


 トテトテと近づいてきて頬擦りするフタマタ。きゃわいい奴だ。今度なんか面白いやつか美味しいやつを創造してやろう。


 「マンデイ、【兵器】の進捗具合を教えてくれ」

 「水に順応していない、分裂速度はそこそこ、寿命が短い、中間宿主の過程がない」

 「ワクチンは?」

 「皮下注射なら大量生産できる」

 「充分だ。充分すぎる。特に寿命が短いのはいい。どれくらい生きる?」

 「長くて二週間」

 「完璧だ。パンデミックの危険性がないのがいいな」


 水攻略のために創造していた切り札をこんなところで使用するのは勿体ない気もする、情報が漏れる危険性があるのも辛い、だがデルアを失うよりはマシだ。


 まずは獣で【兵器】運用のための人員確保、それからメロイアンで指示出しまで終わらせてからデルアだな。

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