第149話 哲学
メロイアン再生計画? そんなものは知らん。
いまは生という複雑で不親切な迷宮で迷子になった猫にゃんを救うのが先だ!
俺は光の速度で地熱の貯留層を見つけ、拠点を創造した。いつもなら耐震性や外敵からの襲撃に備えて入念に作業を進めていくのだが、今回は出来るだけ早くしたかっかたからパパパっと造ってみた。
魔力? 水に置いてきた大型の【エアシップ】から引っ張ってきたよ。それじゃあ水の攻略が遅れるじゃないかという意見もあるだろう。そうだな。その通りだよ。だから? にゃんにゃんが優先だオラァ。
とは言ってもこれでも勇者。さすがになんもしなかったら罪悪感が湧くから、【エア・シップ】を取りに行った時に【兵器】の具合は見ておいた。大きな問題はなし。このまま進めていけばいいだろう。
結局、獣に造った拠点、猫を骨抜きにする為の装備を創造するのにかかった期間は三日。断トツで過去最速記録である。拠点の名は【楽園】だ。なぜなら猫ちゃんの楽園になる予定だから。
【クレイ・ドール】の生活圏をフューリーに教えてもらって、レッツ・フライト。俺たちは数々の強敵と戦い、生き残ってきた少数の精鋭部隊。
連携はお手の物だし、【ホメオスタシス】の効果で心も安定している。水の不干渉地帯での黒歴史があるから本当は【ホメオスタシス】は使いたくなかったんだけど、特殊な精神攻撃をしてくる相手にそんなことは言ってられない。
サーモグラスを用いて生き物を探しながら飛行すること五時間ほど。そろそろ休憩でもするかというところで小型の猫っぽい生き物が視界に入ってきた。尻尾の数はわからない。体のサイズは情報通りで小型。だが小型とは言ってもこの世界基準で考えたらの話であって、まえの世界にいたら少し大きめの家猫くらいのサイズではある。
『見つけたかも。その個体の真上を飛ぶから、各自確認してみて』
『うん』『わかっタ』
反抗期真っ盛りのハクは返事なし。あの野郎。
メンバーに位置を教えるために猫の真上を飛んでいるとグワっと視界が歪む。上下左右がちぐはぐになってしまったような感覚。【ホメオスタシス】によってすぐさま正常化されたが今度は深い霧の幻覚。
デ・マウよりも幻覚の精度が高い気がする。デ・マウはいくつかの魔術や魔法を用い、その一つが幻覚であったが、この猫ちゃん、話によると幻覚特化らしい。あるいは幻覚だけならデ・マウより優れているかもしれん。まだ若い個体であるはずなのにナチュラルに強いこの感じ、フューリーが言うように【セカンド】の可能性が高い。
少し待機すると霧も晴れたが、次から次に感覚の異常を覚えた。【ホメオスタシス】が正常化してくれてはいるが、なにかの間違えで落下して怪我をする可能性もあるから慎重にバランスをとりながら高度を落とす。猫ちゃんは何度攻撃しても普通に飛んでいる俺に焦ったのか、幻覚を乱発している。
これはすごい。敵に回したくない気持ちはよくわかる。
猫ちゃんの魔法から恐怖の感情が伝わってきた。そりゃそうだ。普通の生き物ならもうすでに感覚が変になって気を失うか、明後日の方向へ飛んでいってるだろうからね。
『みんな無事?』
『うん』『大丈夫』『gじょlい』
今度はハクからの返事があった。反抗期は反抗期でも俺が本当に心配している時とかは素直になってくれるんだな。
『ターゲットが怯えているからすぐに決着をつけるよ。マンデイとハクはターゲットの注目を集めつつ開けた場所に誘導、マグちゃんは毒で眠らせてくれ』
『うん』『わかっタ』
特殊な攻撃や自衛手段をもっている生き物というのは対策されると一気にキツくなる。例えばうちのマグちゃんのように。千年間一国を守護し続けた最強クラスの魔術師よりも優れた幻覚を見せる【セカンド】であってもそれは変わらない。
俺が猫ちゃんの位置を伝え続けて、マンデイとハクが猫ちゃんを追い込む。その間もバシバシと幻覚を飛ばし続けてきたが【ホメオスタシス】がうまくコントロールしてくれていた。
落下して怪我するリスクを少しでも減らすためにマグちゃんは俺の肩に止まってもらっている。速度が段違いでかつ体も脆いマグちゃんにとって落下は命の危機だ。
しばらくすると俺の指示通りに開けた場所に。ここならマグちゃんが一瞬見せられた幻覚で枝や木に激突する危険性も少ない。
『マグちゃん』
『うン』
呆気ないものだった。
だが、【ホメオスタシス】なし、連携なしだったら捕獲は無理ゲーだ。相手が睡眠中に襲うくらいしかなかっただろう。成功してよかった。
マグちゃんが眠らせた猫ちゃんを観察。
二尾で茶柄。歯は綺麗だ。話通り幼い個体なのだろう。体の肉が薄い。栄養が足りていないのかもしれないな。こりゃいかん、極上のキャットフードを作らなくては。ノミがいるしフケもでてるな。皮膚状態が悪いか、あるいはフューリーが送った使者や俺たちが与えたストレスが原因かもしれない。【楽園】でしっかりメンタルケアやマッサージをしなくては。毛並もよくない。栄養不足かストレスかあるいは両方か。
これだけ質の高い魔法を使うのなら狩には困らないはずだが、顎が小さく、歯も細い。食べられる物が限られているのだろう。親はどうしたんだろうか。この猫の生態がわからないからなんとも言えないが、まだ独り立ちするには早いような気がする。
元気になったら色々と訊いてみるか。魔法を使えるくらいの知能があるなら言語も理解できるだろうし。
寝息をたててい眠る猫ちゃんを起こさないようにゆりかごと毛布を創造し、【楽園】へと飛ぶ。
「さて、とりあえず【ホメオスタシス】を一時解除しようか。連続使用は揺り返しが怖い」
電気を流して【ホメオスタシス】の働きを一時的に解く。するとやはり揺り返しが……。
この可愛い猫にゃんに出会わせてくれた神への感謝や気分の高揚が、一気に俺の心を支配する。
なでなでモフモフしたいという強烈な欲求。だがしかしジェントルマンな俺の心のなかでは、疲れ果てて心も弱っているこの子をなでなでして眠りの邪魔をしてはいけないという理性も働いている。
「マンデイ、俺はどうすべきなんだろう」
「なにが」
「この猫にゃんにゃんをなでなでヨチヨチしたいのだが、眠りを邪魔するわけにはいかない。ノミ取り用の薬も創造する必要があるだろう。見たところ栄養が不足しているようだからキャットフードも造らなくてはならない。しかしにゃんにゃんをにゃんにゃんしたい気持ちが抑えられないのだ。あぁマンデイ、なんと嘆かわしいことだろう。この世界にこんな苦しい
俺の魂の長広舌を受けたマンデイは。
「薬と食事を作ればいいと思う」
と、即答した。あまりにも清々しい返答だ。思考する時間ゼロ、ノータイムで答えてきた。そんなに清々しく言われると……。
「うん、そうだな。すぐにとりかかろう」
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