第100話 ウイニング・ラン
光を失った瞳で虚空を見つめるデ・マウ。
この男を野放しにしておけば、今後また誰かの人生を奪っていただろう。
操られ、壊され、崩れていく人々が生まれていた。
「ファウスト」
「マンデイ……」
この男に、俺は奪われた。幸せだった日々や、大切な人を。だからその報い与えただけだ。
デ・マウは排除されるべきだった。この世界から。
「立派だった」
「立派、か」
自分は正しいことをしたのだ。
この世界を救うために。自分のために。
「なぁマンデイ」
「なに」
「俺もデ・マウとおなじことをしたんじゃないかな。世界のためとか自分のためとかそういう適当な理由をつけてさ」
「それが戦うということ」
「そうだな。なに言ってんだろう」
「ファウストは悩めばいい。いままでもそうやって進んできた」
「食べる目的以外で生物の命を奪うのは苦しいな」
「……ならデ・マウを食べればいい」
……。
…………?
この子いまなんて言った?
デ・マウを食べるとかなんとか。いや、聞かなかったことにしよう。俺はなにも聞かなかった。
「とりあえず勝てて良かった」
「うん」
俺が【
出迎えてくれたのは、命を賭けて戦った仲間。
皆の顔を見てようやく実感する。終わったんだなと。
(知の代表者、ファウスト・アスナ・レイブ)
お、フューリー。なんだなんだ改まって。
(獣の代表者たる我が認めよう。ファウスト、お主が紛うことなき勇者であると)
「勇者っぽくはないですけどね」
(うむ。それもそうじゃのう)
ハァ?
「おい犬っころ。そこはさ、そんなことないですよ、勇者感が溢れて止まらないですよとか言うところじゃないの? ダメだわ〜、お前ダメだわ。ダメな方の犬だわ。空気が読めてない。謙遜って言葉知ってる? いま俺、謙遜したの。け・ん・そ・ん。わかってないわ〜。ほんっとわかってないわ〜」
とか言えたらもっと楽に生きれるんだろうな。
「さて。ざっと負傷兵の治療をしたら、家に帰りましょう。あっ、敵兵の中にはまだ動ける人もいるかも知れないので、気を抜かないように。家に帰るまでが戦争ですよ」
負傷兵の治療は治癒術を使えるマンデイ、生物の怪我を治すための仕掛けをもっているヨキ、アシュリー教の信徒の手によって進められた。
ゲノム・オブ・ルゥとデルアの仲介役になってくれたのはミクリル王子。周囲に敵がいるとか人望がない的なことを言っていたからどんなものかと思っていたが不安な要素はまったくなかった。
知の代表者だと信じられているミクリルは、アシュリー教徒にとっては神の化身のような存在、彼の一声で教団に所属する人々は喜んで動き始める。次いで彼は王を説得し、軍を動かし始めた。
毒や獣という通常ではありえないような傷つき方をし、混乱していた兵士だったが、かなり短い時間で正常な指示系統を復活させた。人望云々以前に彼は、えらく有能な人物であるようだ。
今回の戦いのために生み出された獣はぽっかりとあいた壁の穴の中へひっこんでいった。
フューリーの説明によると、彼らは再度壁に取り込まれ、また不干渉地帯の行く末を見守ることになるそうだ。ご苦労様。
俺たちは敵軍の救護が落ち着いた頃合いを見計らって、不干渉地帯の我が家に帰った。
真っ先にルゥに戦勝報告をしに行ったのだが、調子が悪かったのか彼は目も開けることはなかった。
「今日はかなり調子が悪そうですね」
「そうだねぇ」
「マクレリアさんはどうですか?」
俺の問に答えることなく、ただ微笑むマクレリア。顔色は蒼白で、声にはまったく力がない。
「大丈夫だよぉ」
「そうですか」
たぶん俺の恩人、神の土地の奇妙な二人組に残された時間は、もう数えるほどしかない。
いまのうちに出来ることをやっておきたい。が、自分になにが出来るのかがわからない。
ところで戦後、予想外の事故があった。
いままでの使用で確認できなかった【ホメオスタシス】の副作用である。
デ・マウの魔術対策に造った【ホメオスタシス】をいつまでも体の中に入れておくメリットはない。よって虫下しを用いて駆除したのだが、その時、大きな勝利を手にしても冷静だった我々の抑圧されていた喜びが爆発した。
一種の酩酊か、あるいは歓喜の集団催眠のような状態である。
簡潔に説明しよう。我々は救いようのないレベルのお祭り状態になったのである。
ワイワイと騒いで勝利を祝うくらいの感じだったら問題はなかった。が、ここでマグちゃんがやらかす。
ある毒を生成したのだ。
毒の名は【至高の時間】。効果は気分を高揚させ、判断能力を鈍らせる。水溶性で経口摂取する。即効性、効果時間は半日程度。
まえの世界にも似たような物が存在していた。酒である。
「ラピット・フライはお祝い二、これヲ飲ム」
【ホメオスタシス】を処理した事による揺り返しで、異常なテンションになっていた我々は、マグちゃんの毒をなんの疑いもなく口にした。
それから、不干渉地帯の家はデ・マウとの戦いよりひどい惨状になった。
ワイワイガヤガヤ。
例えばこんな風に。
「「私たちの出番が
このチンピラみたいなのは双子ちゃんである。
「アハハハハハ、聞いてくださいよファウストさん! ワイズ君ったらもう足が立たなくなって、踊ってるみたいに、あっ! また倒れてるよ。アハハハハハハ」
ミセス・クールのウェンディもこの有様。
たぶんこの状況に一番近いのは、飲み会だろう。前世で
そして、そういう特殊な状況下で致命的な失敗をするのは、経験が浅い人物、そして日頃自分を偽って生活している人物だったりする。
それは誰か。
そう、俺である。
うっすらとしか記憶がないのだが、完璧に酔っていた俺は、ふと戦いがまだ終わっていないことを思い出したようなのだ。
そしてマンデイにこう尋ねた。
「なぁマンデイ。まだ走れるか?」
と。
俺ほどではないが気分が高揚していたマンデイは、素直にこう答えた。
「走れる」
「そうか! じゃあ走るぞマンデイ!」
俺たちは夜に駆け出した。
この時の俺がなにを考えていたかはよく憶えてない。だがなにを感じていたかはハッキリと記憶している。
開放感と歓喜、そして幸福。
俺とマンデイは走った。
不干渉地帯の壁を超え、山をの上を飛び、シャム・ドゥマルへ。
そして城に潜入し、ある物を破壊した。
橙色に輝く、
そりゃもう粉々にした。この魔道具には何度も辛酸を舐めさせられた。積年の恨みとばかりに、木っ端微塵に。
「マンデイ! 俺たちは自由だ!」
「うん!」
「好きな場所に行けるし、好きなことを出来る! もう邪魔する奴はいないんだ!」
「うん!」
城内で騒ぎまくったものだから、当然警備にあたっていた兵士が集まってくる。
そして当然俺たちにこう言う。
「貴様ら! 何者だ!」
大切なことだから何度も言っておく。
この時の俺は【ホメオスタシス】の副作用で気分が高揚していた上、マグちゃんの毒で酩酊状態にあったのだ。
俺はなんと答えたか。
「俺たちはゲノム・オブ・ルゥ。悪人だ!」
とても恥ずかしい問答である。穴があったら入りたい。
だが問題は羞恥とかそういうことじゃない。
俺がデルア王国の国宝【ブルジャックの瞳】を壊してしまったせいで、ゲノム・オブ・ルゥの立ち位置が決まってしまったことだ。
急に戦争をふっかけてきた狂った鳥。デルアの宰相と弓将を帰らぬ者とし、王都シャム・ドゥマルトに甚大な被害を出し、いくつかの都市を陥落させた。
これくらいなら、王子の口添えと今後の交渉次第でどうにでもなった。あくまでも軍事衝突による被害だから。
まえの世界でも戦争の後で仲良しになる国の例はいくつもあった。お互い譲歩できる所まで譲歩し、補償をし、その後は手を取って歩く。なんの違和感もない。
だが、デルア正規軍が投降した、つまり完全に負けを認めているにも関わらず、主人のいない王城に忍び込み、国宝を破壊し、自ら悪人だと名乗るのなら話は変わる。
そんな頭が変な奴と交渉するとなったら国のメンツは立たないし、民は不安で夜も眠れないだろう。
俺は人間が作った最大の国、デルアの全国民を敵に回すような行為をしてしまったというわけである。
「でも酔う毒を生成したのはマグちゃんだし……」
「飲んダのはファウスト」
ぐ。
「【ブルジャックの瞳】を壊した時はマンデイも一緒にいたんだ! マンデイも同罪だ!」
「実際に壊したのはファウスト」
ぐぬぬ。
「ほんっとうに申し訳ありませんでした!」
後日、ミクリル王子に本気で謝罪。伝家の宝刀ジャパニーズ土下座を披露し、大量の魔銀を賄賂として送った。一世一代の謝罪である。
「い、いや、俺は別に構わないのだが……」
と、いうわけで、戦いの終息と共に、俺たちゲノム・オブ・ルゥの世間のイメージと立ち位置が正式に決定した。
【神の土地に呪われて狂ってしまった鳥人が支配する賊。目的のためなら手段を問わず、破壊活動、毒の散布、窃盗、国宝の破壊、王子誘拐、と次々と罪を重ねてきた極悪非道の集団。相手が投降しよう一切の恩赦も与えず追撃する冷血無残な人でなし。極悪人】
……。
そっか。
そっか……。
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