第92話 閑話 軍靴 ノ 音

 ◇ 軍靴 ノ 音 ◇


    〜農園〜


 「ファウスト、ちょっといいか」


 あら、ミクリル王子。


 「構いませんよ。どうしました?」

 「感謝する。早速本題に入るが、国とは巨大な人である、私はそう考えている。そして、その指針となるのは国王やデイなどの中枢に居る人物だ」

 「えぇ、そうかもしれませんね」

 「個人の内にも二律背反アンビバレンツが生じるように、国にもそういった現象が起こる。デルアの光と陰、良い側面と悪い側面だ」


 うぅん。話が見えてこない。それなりに忙しいんだがな。かといって相手は王子。無下には扱えん。


 「どの集団にもあるでしょうね。後ろ暗い所の一つや二つは」

 「デイがお前にしたことは許されることではない。その上、獣の亀仙が世界の敵となると予知したとなれば、デイはその命をもって罪を償わなくてはならないだろう」

 「そのつもりです」

 「だがファウスト。デイの指示で動いている兵士に罪はない。彼らはただ国を守るために、愛国心からつるぎを手にしただけだ」


 なるほど、そういうことか。


 「仰りたいことは理解しました。ですが兵士の壁を突破しなければデ・マウには辿り着けません。もちろんデルア軍を全滅させるつもりは毛頭ありませんが、ある程度の犠牲は仕方ないでしょう」

 「あぁわかってる。だが俺に機会をくれないか? なんとか戦闘を、いや戦争を回避したいのだ」

 「平和的に話し合ってデ・マウが折れるとは思えません。それにいまミクリル王子を相手方に渡すのは危険です」

 「危険というと?」

 「デ・マウの洗脳です。僕がデ・マウの立場なら、不都合な事実を知ってしまったミクリル王子を放置したりはしないでしょう。洗脳し無理やり言うことを聞かせるか、あるいは……」

 「あるいは?」

 「新しい器にするか、です」

 「いまとなっては、あいつがそんなことをするはずがないと断言できないのが辛いところだ」

 「手段を選ばない人物のようですからね」


 冷たい沈黙が訪れる。


 確かにミクリル王子の言うことも一理ある。というより核心をついていると思う。


 結局のところ、俺たちが討ち取らなくてはいけない相手は二人と一頭だけ。デ・マウ、ドミナ・マウ、ハマド様。極端な言い方をすると、それ以外の人物はは関係ない。が、その三つの個体を攻撃すると無関係な人々を盾にされる。


 「この段階から相手に近づかずに戦争を回避する手段があるとは思えませんが、とりあえず考えてみます」

 「すまない」


 ミクリル王子は傑物だ。


 思考は柔軟で穏やか。常に冷静に行動し、しっかりと先を見据えている。


 「ところでミクリル王子」

 「なんだ?」

 「どうして僕を信じようと思ったのですか?」


 腕を組んで考え込む王子。


 まぁ自分の命を守るために俺を信じたフリをしている可能性もないことはないが。


 「少し恥ずかしい話なのだが……」


 ミクリル王子が知の世界の代表者だと伝えられたのは数年前だ。


 ある日突然、デ・マウから告げられた。ちょうど市民の間では様々な噂が飛び交っていた時期だった。


 虫に代表者と名乗るものが現れ、どこかの国を崩壊させた。


 レイスの数が極端に減ったのはレイスの支配者が生まれたからだ。


 天使と悪魔の戦争は明暗の代表者の力で収束した。


 なにやらこの世界をむしばむ者が現れたらしい。


 ミクリル王子を代表者だと宣言したのは、噂を鎮静化するための手段だったのだろう。


 「初めは喜びに震えた。この私が世界を救えるのだ、と」


 しかし王子は同時にいくつかの疑問ももった。


 まず前世の記憶がないこと。


 伝承によると、他の世界から送り込まれた代表者には、例外なくまえの世界の記憶がある。が、ミクリル王子にはそれがなかった。


 気になった王子は、デ・マウに尋ねてみた。


 すると。


 ——これから出現するのでしょう。


 こう返ってきた。


 王子は続けて、どうしてお前がその事実を知っているのだ、と尋ねた。


 デ・マウは答えた。


 ——わたくしは魔術師でございますから。


 無茶苦茶な答えだ。


 「そんな説明では納得できん」

 「確かに」


 が、しかし一番の違和感はそこではなかった。


 代表者に授けられるという能力。自分にはそれがない。その点が最も引っかかっていた。


 ——王子、あなたには武の才がおありだ。人をまとめ上げる能力も。あるいはそういった側面が神からの贈り物なのかもしれません。ことに他者より親愛の情をもたれ、愛される点に関して言えば、女王アシュリーを彷彿とさせます」


 悩む王子に対し、デ・マウはそう口にした。


 「私もバカではない。女王アシュリーは踊ることにより自軍の士気を上げ、無条件に愛されたという。武の才? 笑わせるな。ユキにもリッツに一本もとれない男に才などあるものか。人に愛される? ふざけるな。王宮内は敵だらけじゃないか」


 不安を振り払うため、王子は毎日剣を振った。よく学び、鍛錬し、少しでも代表者に相応しい力を手に入れようとした。


 そんな折、突然現れた【狂鳥】。


 たった二人で拠点を潰した。


 見たこともない武器を使い、やはり見たこともないような服を着ている。


 自分が求めていた、圧倒的な力だ。


 「話を聞いた私は思った。あるいは【狂鳥】こそが真の代表者なのではないかと。奇抜な服を着ているのはなぜか、武器に心当たりがないのはなぜか。あるいは知の世界ではその武器や服が普通に使用されてているのでは? そんなことを考えた。なぁ、ファウスト。お前が以前住んでいた世界では空を飛ぶための服や、魔力を力に変質させる武器があった、違うか?」


 違う。まったく違うけど違うって言い辛い。王子様、すげードヤ顔してるし。


 「はい。ありました」

 「ふっ、やはりな」


 こうやって人って大人になっていくんだろうな。


 そして王子の疑惑がいっそう深まる事件が起こった。


 俺が不干渉地帯の主と言われている怪鳥と行動を共にしていたことだ。


 「神に祝福された者が協力している。これ以上の証拠はあるまい」


 が、ここで新たな疑問が生じる。なぜ【狂鳥】がデルアを攻めるのか。


 王子は過去の文献や聞き取りをして動機となりそうなものを探した。だが納得のいく答えは出ない。


 「そしてお前と出会った」

 「なるほど」


 色々な人から色々な話を聞いてきて思うのだが、デ・マウは他人の気持ちを考える能力が極端に低いのかもしれない。


 普通に考えてわかりそうなことがわかってない。もし逆の立場ならとか、自分ならどう思うか、どう行動するか、とは考えないのだろう。あるいは上に立つ期間が長過ぎたせいで共感とかそういう能力が麻痺しているのかもしれない。


 俺がルゥや俺自身の復讐のために行動しているという事実に気づいていない可能性すらある。


 人の心も読めない男……。ちょっと敵をリスペクトし過ぎていたかもしれない。


 「デルア軍を説得する手段は考えてみます。そして、無駄に被害を増やすような戦い方はしないと約束しましょう」

 「すまない。助かる」


 ミクリル王子って俺より少し年上くらいだと思うけど、しっかりしてんなぁ。




 ◇ 死ガ 分カツマデ ◇


   〜 飛竜の谷 〜


 谷に戻るとワイズ君はミレドと遊んでいた。


 飛竜相手ならどんな子とでも仲良しになるワイズ君だけど、ミレドとは特に近い。まるで恋人同士のような雰囲気がある。


 「お帰りウェンディさん」

 「あぁ、ただいまワイズ君」

 「浮かない顔だけど」

 「うん、それがね」


 私は自分が見たものを、そのまま伝えた。


 ファウストに協力することは決めていたし、それなりの被害が出るだろうと覚悟を決めていた。が、出された提案は拍子抜けするくらい簡単なものだった。


 現在、ファウストが相手にしてるのは国だ。しかも千年崩れたことのない強国。戦力はいくらいでも欲しいはずだ。なのに言いつけられたのは荷物を運ぶだけ。


 話し合いの後で見せられたのはいくつかの柱と大きな玉。


 かなり重そうだったが数十頭もいれば運べないことはないだろう。たいして難しい注文じゃない。


 「それで、どうしてウェンディさんはそんな顔をしているの? いいことじゃないか」


 ワイズ君は良く言えば純粋だ。ありのまま受け取って、そのまま感じる。それは彼の美質であり、私が好きなのはワイズ君のそういう部分だったりする。


 だけど悪く言えばあまり深く考えない。


 「彼がなにを考えているのかがわからない。どんな目的があるのか。なにをたくらんでいるのかが見えてこない」

 「そんなの簡単だよ」

 「ん?」

 「言葉のままさ。飛竜を傷つけたくないという僕の気持ちをんでくれたんだ」


 まぁ、ワイズ君ならこう考えるだろう。


 「ねぇワイズ君、それをすることで彼になんのメリットがあるんだい? 考えてもみてよ。私たちは脱走兵だ。保有しているのはここにいる飛竜だけ。乗り手もいないし、後ろ盾もない。私たちに親切にしたところで彼にはなんのメリットもないんだ」

 「ファウストさんはそんなこと考えてないと思うけどね」

 「どうして?」

 「僕にはわかる。ファウストさんはミレドと一緒なんだ」

 「ごめん、ワイズ君。私にもわかるように説明してもらえるかな」

 「竜の性格は顔に現れるんだ。ウェンディさんの相棒のデュカはなんかこう、カッコいい感じでしょ? で、ミレドは深い顔をしている。ほら見て」


 さっぱりわからない。


 飛竜の個体の区別くらいは私にもつく。カッコいい顔もなんとなく言いたいことはわかる。だけど深い顔ってなに?


 「ごめんねワイズ君。やっぱりわからないよ」

 「えぇっとね。デュカは子供の頃から強かった。いまも力強いし、心根が優しくて頼りになる。だからそういう顔になるんだ。カッコいい感じに。でもミレドは違う。ウェンディさんは憶えている? ミレドがまだ小さかった頃」

 「本当に申し訳ないんだけど、飛竜の幼体って全部一緒に見えちゃうんだよね。顔がそっくりで……」

 「謝らないでいいよ。みんなそう言うから。ミレドは子供の頃、誰よりも早く空を飛んだんだ。群れの中でも一目置かれていた。その頃のミレドはすっごく輝いてた」


 ワイズ君に喉元を撫でられてクルクルと鳴くミレド。


 「うぅん、やっぱり記憶にないな」

 「周りの飛竜がグングン成長していく中、この子は一頭だけ取り残された。体が大きくならなかったんだ」

 「その辺からはなんとなくだけど憶えているね」

 「うん。体が小さなミレドは種を残すことにも向いていない。輸送も出来ないし、武装した騎士を乗せることも出来ない」

 「だからワイズ君が訓練したんだよね? ずっと」

 「そう。絶対に殺処分なんてさせない。その一心だった。飛行練習を繰り返したミレドは、最も上手に飛べる飛竜になっていた。最も速く、最も機敏に。ある時、ふとミレドの顔が変わっていることに気がついた。深い顔になっていたんだ。喜びも挫折も怒りも失望もそして希望も、全部ゴチャゴチャに混ぜたみたいな顔に」


 なるほどよくわからない。


 「で、ファウストさんとミレドは近いわけ? その……、顔の深さが」

 「そうだね。考えて、苦しんで、挑戦して、そうやって色んなことを乗り越えて、それでも自分を見失わずにしぶとく生き残ってきた生物の顔だ。飛ぶ竜の気持ちがわかる。飛べない竜の気持ちもわかる。仲間に認められる喜びも捨てられる悲しみも。生まれてきたことへの怒りと感謝も。だからこの子もファウストさんも優しいんだ。メリットとかデメリットで動かない。心で動く」

 「とてもそんな風には見えないけどね」

 「そのうちウェンディさんにも理解できる日が来る。そうだ! もしファウストさんを信じるのが怖いのなら、僕を信じるんだって思ってみない? ファウストさんは絶対に悪人なんかじゃない。僕はそう確信している。だからファウストさんを信じる僕を信じてみて。絶対にうまくいく」


 惚れた弱みだなこりゃ。


 「わかったよ」


 ワイズ君のこういう顔を見ていると、どうもダメだ。


 本当にうまく行きそうな気がする。

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